Anthropic社は2025年10月16日、Claude AIアシスタントの新機能「Skills」を発表した。
Skillsは、指示、コードスクリプト、参照資料を含むフォルダを作成し、Claudeが必要に応じて自動的に読み込む機能である。同社は最近130億ドルの資金調達により評価額1,830億ドルとなり、2026年に年間収益を最大260億ドルまで増やす見込みで、現在は年間70億ドルのランレートに近づいている。
楽天では、この機能により従来1日かかっていた財務ワークフローが1時間で完了し、8倍の生産性向上を報告している。CanvaとBoxも導入を計画している。Skillsは、Claude.ai、Claude Code、API、Claude Agent SDKの全てで機能し、Max、Pro、Teams、Enterpriseプランに追加費用なしで含まれる。
From: How Anthropic’s ‘Skills’ make Claude faster, cheaper, and more consistent for business workflows
【編集部解説】
今回AnthropicがリリースしたSkillsは、AI活用における根本的な課題を解決しようとしています。これまで企業がAIを導入する際、各従業員が毎回詳細なプロンプトを書く必要があり、その知見を組織全体で共有する仕組みがありませんでした。Skillsは、この「プロンプトエンジニアリング問題」に正面から取り組んでいます。
技術的に注目すべきは「段階的開示」というアプローチです。Claudeは最初にスキルの名前と説明だけを認識し、必要に応じて詳細情報を読み込みます。これにより、従来のコンテキストウィンドウの制限を超えた大量の情報を扱えるようになりました。RAG(検索拡張生成)とは異なり、Claudeが自律的にファイルシステムをナビゲートし、コードを実行できる点が画期的です。
楽天の事例で示された8倍の生産性向上は、単なる効率化以上の意味を持ちます。これは、AIが企業固有の業務プロセスを学習し、再現できることを示しています。財務レポート作成、異常検知、複数部門間の調整といった複雑な知識労働が、AIによって標準化・自動化される時代の到来を告げるものです。
一方で、セキュリティ面の懸念も見逃せません。SkillsはAIに任意のコードを実行させるため、企業のIT部門には新たなガバナンス課題が生まれます。現状、Anthropicが提供する管理機能は組織レベルの有効化と個人のオプトインという2層構造ですが、どの特定のスキルを誰が使用できるかという細かい制御は限定的です。信頼できないスキルをインストールしてしまうリスクに対して、企業は慎重な運用ポリシーを策定する必要があります。
市場競争の観点では、OpenAIのCustom GPTsやMicrosoftのCopilot Studioとの差別化が明確になってきました。Skillsの最大の強みは、Claude.ai、Claude Code、API、Agent SDKという全プラットフォームで同一のスキルが動作する移植性にあります。企業は一度スキルを開発すれば、組織全体で再利用できるのです。
Anthropicの収益予測も見逃せません。年間70億ドルから2026年に260億ドルへという急成長は、企業のAI採用が本格化していることを示しています。ただし、この数字はあくまで「見込み」であり、Skillsのような新機能が実際にどれだけ顧客獲得に貢献するかは、今後の展開次第です。
長期的には、Skillsが企業の「AIスキルライブラリ」という新しい資産クラスを生み出す可能性があります。製薬会社なら規制対応、臨床試験、分子モデリングといった専門スキルを蓄積し、それらを組み合わせて複雑な業務に対応する。このような専門知識のモジュール化が進めば、AI活用の質は大きく変わるでしょう。
【用語解説】
RAG(検索拡張生成)
Retrieval-Augmented Generationの略。AIが外部のデータベースや文書から関連情報を検索し、その情報を基に回答を生成する技術。Skillsとは異なり、AIが自律的にファイルシステムを操作するのではなく、検索された情報をコンテキストとして利用する。
API
Application Programming Interfaceの略。ソフトウェア同士が相互に機能を利用するための接続仕様。開発者がClaudeの機能を自社システムに組み込む際に使用する。
サンドボックス
セキュリティのために隔離された実行環境。Skillsがコードを実行する際、システム全体に影響を与えないよう分離されたコンテナ内で動作する。
【参考リンク】
Anthropic公式サイト(外部)
Claude AIを開発するAI安全性研究企業。元OpenAI研究者らが2021年に設立し、安全で信頼性の高いAIシステムの構築を目指している
Claude Skills公式ページ(外部)
Skillsの機能詳細、使用方法、技術仕様を解説する公式ページ。開発者向けのドキュメントやサンプルスキルも提供されている
Claude.ai(外部)
Anthropicが提供するClaude AIの公式ウェブインターフェース。個人ユーザーから企業まで、ブラウザ上でClaudeを利用できる
楽天グループ公式サイト(外部)
日本の大手インターネットサービス企業。電子商取引、フィンテック、デジタルコンテンツなど多岐にわたる事業を展開している
Canva公式サイト(外部)
オーストラリア発のオンラインデザインプラットフォーム。テンプレートとAI機能により、専門知識がなくても高品質なデザインを作成できる
Box公式サイト(外部)
クラウドベースのコンテンツ管理・ファイル共有サービス。企業向けにセキュアなコラボレーション環境を提供している
【参考記事】
Anthropic’s Skills for Claude helps AI agents perform certain tasks better than before(外部)
Anthropicが発表したSkillsの技術的特徴と、段階的開示によるコンテキスト管理の仕組みを解説している
Equipping agents for the real world with Agent Skills(外部)
Anthropic公式エンジニアリングブログによるSkillsの技術解説。エージェントが現実世界のタスクに対応するための設計思想と実装方法を詳述
Claude Skills are awesome, maybe a bigger deal than MCP(外部)
技術ブロガーSimon Willisonによる詳細な技術分析。SkillsがMCPよりも実用的である理由と、開発者視点での評価を提供
Anthropic turns to ‘skills’ to make Claude more useful at work(外部)
The Vergeによる報道。企業での実用性に焦点を当て、OpenAIやMicrosoftの競合製品との比較分析を行っている
Anthropic aims to nearly triple annualized revenue by 2026, sources say(外部)
Reutersによる独占報道。Anthropicの年間収益が2026年に260億ドルに達する見込みであることを、複数の関係者情報として伝えている
【編集部後記】
AIが企業の業務プロセスそのものを学習し、再現できる時代が本格的に始まろうとしています。みなさんの職場では、繰り返し行う業務の手順やノウハウをどのように共有されていますか?もしそれが個人のスキルに依存しているなら、Skillsのような仕組みは大きな変革をもたらすかもしれません。
一方で、AIにコード実行権限を与えることへの不安や、誰がどのスキルを管理するのかといった課題も見えてきます。AIとの協働が当たり前になる未来に向けて、私たち自身も変化を見据えた準備が必要なのかもしれませんね。