Canvaが買収したAffinityが「永遠に無料」で統合デザインアプリを発表。写真編集、ベクトルイラスト、ページレイアウトが1つのツールに。月額最大70ドルのAdobe Creative Cloudに対する大胆な挑戦が始まった。

Canvaが2024年に買収したイギリスの企業Affinityが、新しいアプリをリリースした。このアプリは、写真編集、ベクトルイラスト、ページレイアウト機能を1つのアプリケーションに統合している。Affinityは完全に無料で提供される。Adobe Creative Cloudは月額最大70ドルの料金が必要とされる。
Affinityアプリは「スタジオ」と呼ばれる専用の機能領域を持つ。ベクトル、ピクセル、レイアウトの3つのスタジオがあり、ユーザーはUIの左上隅のボタンバースイッチで瞬時に切り替えられる。ユーザーは任意の方法でUIをカスタマイズでき、複数のスタジオのツールを混ぜ合わせたカスタムワークスペースを作成できる。このカスタムスタジオは保存および共有が可能である。
Affinityは完全なGPU加速を備えており、ガウスブラーの適用やピクセルベースのマスク描画などの処理がライブで非破壊的に実行される。数千のレイヤーでもゼロラグでの動作が可能という。
Canvaは、高度なデザイン作業を行う「craft」がAffinity Studioで行われ、そのコンテンツを大量に活用する「scale」がCanvaで行われるという戦略を採用している。エンタープライズチームは、Affinityでブランドアセットやテンプレートを作成し、それらをCanvaにアップロードする。スキルのあるデザイナーではない他のチームメンバーはそこで内容をスケールさせることができる。
新しいAffinityは純粋なクラフトツールであり、生成AIは組み込まれていない。AIで編集したいユーザーは、専用の「Canva AI Studio」パネルから利用できるが、これはオプションのサブスクリプション機能である。Canva Premiumプランが必要で、ジェネレーティブ機能はLeonardoのモデルを使用してクラウドサーバーで実行される。
From:  Canva’s new free Affinity app wants to sink the Adobe flagships
Canva’s new free Affinity app wants to sink the Adobe flagships
【編集部解説】
デジタルクリエイティブツール市場に、パラダイムシフトが起きようとしています。Canvaが買収したAffinityの「完全無料化」は、単なる価格戦略の転換ではなく、プロフェッショナルデザインソフトウェア業界そのものへの根本的な挑戦を意味しているのです。
Adobe Creative Cloudは月額最大70ドル(個別アプリなら月額約38ドル)の定期支払いが必須でした。一方、新Affinityは「永遠に無料」を標榜しています。この対比だけで見ると「Adobeが高い」という単純な結論に至りやすいのですが、背景にはより複雑な市場戦略が隠されています。
Canvaが2024年3月にAffinityを買収した時点から、このシナリオは準備されていました。多くの業界アナリストが「Canvaはなぜ高価な買収をしたのか」と疑問を抱いていましたが、今回の発表で戦略が明確になりました。Canvaの共同創業者兼チーフプロダクトオフィサーであるCameron Adamsは「Craft to Scale」というフレーミングを提示しています。つまり、プロフェッショナルな「制作」の領域をAffinityが担当し、その成果物を「スケール」させるツールとしてCanvaが機能する、という棲み分けです。
このモデルの秀逸さは、エンタープライズユーザーの行動変容を予測している点にあります。高度なデザインスキルを持つクリエイティブチームがAffinityでブランドアセットやテンプレートを作成し、それをCanvaにアップロードすれば、スキルレベルの低いチームメンバーもそれらを活用してコンテンツを大量生成できるようになります。つまり、組織全体のクリエイティブ生産性を飛躍的に高める仕組みなのです。
Affinityの統合アプリケーション設計も注視すべき点です。かつてAffinityは「Designer」「Photo」「Publisher」という3つのアプリに分かれていました。これらをすべて1つのアプリケーション内の「スタジオ」に統合することで、ユーザーは画像編集からベクトル作業、ページレイアウトまでを、ファイルをエクスポート・インポートするといった煩雑な作業を経ることなく、シームレスに実行できるようになります。DaVinci Resolveが動画編集から色補正へ瞬時に切り替わるインターフェイスを採用しているのと同じ発想です。
GPU加速による「リアルタイム・非破壊編集」という技術的側面も見落とせません。数千のレイヤーを扱っていても「ゼロラグ」を実現するというのは、従来のクリエイティブソフトでは難しかった領域です。この技術的優位性があれば、既存ユーザーの乗り換えハードルを大幅に低下させることができます。
カスタマイズ可能なUIという設計思想も興味深いものです。プロフェッショナルなクリエイティブソフトは往々にして「機能が多すぎて使いこなせない」という批判を受けてきました。Affinityは、ユーザーが自分のワークフローに必要なツールだけを抽出し、カスタムスタジオとして保存・共有できる仕様を採用しました。これにより、ソフトウェアの「過剰な複雑性」という長年の課題を、ユーザー側の選択肢拡大で解決しようとしているのです。
生成AIに関する哲学の違いも、Adobeからの決別を象徴しています。Adobeは「Firefly」などの生成AI機能を全面的に統合し、ユーザーの購買決定にAI機能を重要な要素として組み込みました。一方、Affinityは生成AI機能を「Canva AI Studio」という別レイヤーに分離し、オプション選択可能にしました。これは「AIを使いたくない、あるいは信頼できないデザイナーのニーズにも応える」という姿勢を示すものです。プライバシー保護も強調されており、「クリエイティブワークがデバイス上で実行され、AIトレーニングには使用されない」という明確なコミットメントがなされています。
市場への影響という点で考えると、このアナウンスは「買い切り型ソフトウェア」の復権を加速させる可能性があります。Adobe Creative Cloudのサブスクリプション化は、ソフトウェア業界全体に波及していますが、ユーザーから「永遠に料金を払い続ける負担」への不満も根強くあります。Affinityが「永遠に無料」を実現できれば、Adobeを含むサブスクリプション依存企業に対して、代替モデルの存在を示すことになるのです。
潜在的なリスクとしては、Affinityの無料戦略の持続可能性が挙げられます。Canvaは広告ビジネス、Canva Premiumの有料機能、企業向けのCanva Teamsなどで収益を生み出していますが、Affinityの無料化を永遠に維持できるかは不透明です。将来的に、ある程度の制限機能化や有料プランの導入が迫られる可能性も想定しておくべきでしょう。
規制面では、Canvaの市場支配力拡大に対する反競争的懸念が生じるかもしれません。既にCanvaはテンプレート市場やデザイン自動化の領域で圧倒的なシェアを握っていますが、プロフェッショナルツール市場も支配下に置くことになれば、独占禁止法の観点から精査される可能性があります。
長期的には、このムーブメントはクリエイティブ業界全体の民主化を加速させるという見立てもできます。プロフェッショナルなデザイン能力が「高額な投資」を必要としなくなれば、学生、フリーランサー、スタートアップなど、これまで参入障壁が高かった層がクリエイティブ産業へ流入する可能性があります。その結果、市場全体の競争構造が激変し、新しい価値創造の形式が生まれるかもしれないのです。
【用語解説】
GPU加速(Graphics Processing Unit Acceleration)
グラフィックス処理に特化したプロセッサ(GPU)を使用して、複雑な計算処理を高速化する技術。従来はCPU(中央演算装置)が担当していた処理をGPUに委譲することで、数倍から数十倍の処理速度向上が実現される。クリエイティブソフトでは、レンダリング、フィルター適用、リアルタイムプレビューなどで多用される。
非破壊編集(Non-Destructive Editing)
元データを保持したまま、変更内容を追加情報として保存する編集方法。従来の破壊的編集では、フィルター適用後のデータが上書きされるため、後から修正が困難だった。非破壊編集によって、いつでも元の状態に戻すことができ、編集の自由度が格段に向上する。
スタジオ型インターフェイス
タスクごとに異なるツールセットを提供するUI設計。DaVinci Resolveが採用する方法で、ユーザーが作業フェーズ(編集→色補正など)を移行する際に、インターフェイスが自動的に変わり、必要なツールだけが表示される。これにより、画面の複雑さを軽減しながら、高度な機能を提供できる。
Firefly(ファイアフライ)
Adobeが開発した生成AI機能。テキストプロンプトから画像やテキスト効果を生成し、Adobe Creative Cloudの各アプリに統合されている。ユーザーが購読料に含まれる形で提供される。
Leonardo(レオナルド)
Canvaが2024年7月に買収した生成AI企業。ゲーム開発向けのAI画像生成から始まり、現在は広告、ファッション、建築など多岐にわたる業界で利用されている。Phoenixという独自モデルを開発し、1900万人以上のユーザーを抱えていた。
【参考リンク】
Canva(外部)
ドラッグ&ドロップUIを備えたオンラインデザインプラットフォーム。テンプレート、写真、動画編集機能を備える。
Affinity Studio(外部)
Canvaが買収したSerif社による統合デザインソフト。写真編集、ベクトル、ページレイアウトが1つに統合。
Adobe Creative Cloud(外部)
Adobeが提供するサブスクリプション型クリエイティブツール群。月額最大70ドル。
DaVinci Resolve(外部)
Blackmagic Design製の非線形動画編集ソフト。複数ページに分かれたインターフェイスが特徴。
【参考記事】
Canva acquires Leonardo.ai to boost its generative AI efforts(外部)
Canvaが2024年7月にLeonardo.aiを買収。生成AI企業で1900万人以上のユーザーを抱えていた。
Adobe Licensing & Pricing Changes: Comprehensive Analysis of 2025 Updates(外部)
2025年6月・7月のAdobe Creative Cloud全体の改定を分析。値上げとAI機能の拡充が主な内容。
All-New Affinity App for Creative Pros Is Completely Free for Everyone(外部)
Affinityの統合化と完全無料化を報道。GPU加速でゼロラグを実現。数千レイヤー対応。
Introducing the all-new Affinity: Professional design, now free for everyone(外部)
Canva公式ニュースリリース。「Craft to Scale」コンセプトを提唱。プロ向けツールと大量展開ツールの棲み分け。
Affinity’s new design platform combines everything into one app(外部)
The Verge記事。Designer、Photo、Publisherが統合。UIカスタマイズ機能を搭載。
Affinity launches free all-in-one pro design app with Canva AI(外部)
eCommerceNews Australia記事。Canva AI Studio統合とオプション化。デバイスセキュリティ強調。 
【編集部後記】
Adobeの価格戦略に疑問を感じたことはありませんか?あるいは、無料で高機能なデザインツールが本当に存在するなら、使ってみたいと思いませんか?
Affinityの登場は、単なるプロダクト発表ではなく、クリエイティブ業界全体の未来を左右する選択肢が生まれた瞬間かもしれません。これからのデザインツール選びが、個人の仕事のあり方にどう影響するのか。一緒に考えてみませんか。
























