富士通Japan株式会社は、独立行政法人国立病院機構名古屋医療センターの働き方改革および医療の質向上に向けて、生成AIを活用した医療文章作成支援サービスを導入し、2025年10月31日より全診療科で本格運用を開始した。
名古屋医療センターは年間約1万6,000件の退院サマリを作成しており、医師の業務負担が課題であった。2024年12月に整形外科などで試験導入した結果、一患者あたりの退院サマリ作成時間を平均28分から8分に短縮し、7割以上の効率化を実現した。年間約5,000万円以上のコスト削減効果が期待される。
本サービスは電子カルテの診療情報をもとに生成AIが医療文章のドラフトを作成するもので、クラウド型でありながら閉域ネットワークを活用し、診療データを学習に利用せずクラウド上に保存もしない。医療情報共有の標準規格であるHL7 FHIRに対応している。
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富士通Japan、生成AIを活用した医療文章作成支援サービスを名古屋医療センターに導入し退院サマリを対象に本格運用開始
【編集部解説】
今回の富士通Japanによる医療AI導入は、日本の医療現場が直面する深刻な課題に対する実践的な解決策として注目に値します。
退院サマリは、患者が次の医療機関やケア施設へ移る際の「カルテの引き継ぎ文書」とも言える重要なものです。診療録管理体制加算の算定要件では「退院後14日以内」の作成が求められており、病院機能評価においても重視される指標となっています。しかし名古屋医療センターでは年間1万6,000件もの作成が必要で、一件あたり平均28分を要していました。
7割の時間短縮という数字は、単なる効率化以上の意味を持ちます。2024年度診療報酬改定では医療DX推進体制整備加算が新設され、AI活用が診療報酬の評価対象となる方向性が示されました。医師の働き方改革が本格化する中、こうした技術は医療の質を維持しながら労働環境を改善する鍵となるでしょう。
一方で生成AIの「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる誤情報生成のリスクには十分な注意が必要です。医療文書での誤りは患者の生命に直結するため、富士通は医療現場での実証実験を重ね、精緻なチューニングを実施していると説明しています。2025年1月には日本政府も医療用生成AIの開発に着手する方針が報じられ、ハルシネーション対策の研究を進めているとの報道もあります。
技術面で特筆すべきは、閉域ネットワークを用いた安全性確保とHL7 FHIR対応です。FHIRは医療情報交換の国際標準規格で、将来的な医療データの相互運用性を見据えた設計と言えます。これは単一病院での効率化にとどまらず、地域医療連携や全国医療情報プラットフォーム構築という大きな流れの中に位置付けられる取り組みなのです。
【用語解説】
退院サマリ(退院時サマリー)
入院患者が退院する際に医師が作成する医療文書。患者の病歴、入院時の所見や経過をまとめ、他院への情報共有に使う。
ハルシネーション(AI幻覚)
生成AIが事実と異なる情報をもっともらしく出力してしまう現象。医療分野では特にリスク管理が求められる。
HL7 FHIR
医療情報交換のための国際標準規格。異なる医療機関や電子カルテシステム間のデータ連携に適用される。
閉域ネットワーク
外部から遮断された専用回線。医療データの安全管理に用いられる。
【参考リンク】
富士通Japan株式会社(外部)
富士通グループの医療DX・ITサービス基盤。医療AI・クラウドサービス提供。
名古屋医療センター(外部)
名古屋市の国立病院機構傘下、1万6,000件超の退院サマリ作成実績を持つ。
日本HL7協会(外部)
HL7 FHIR規格普及団体。医療情報標準化と教育活動を展開している。
【参考記事】
Automated generation of discharge summaries: leveraging large language models(外部)
大規模言語モデルを用いた退院サマリ自動化。AI導入効果と精度検証について解説。
AI-Assisted Discharge Summaries: Automating Accurate Documentation to Boost Clinician Efficiency(外部)
AIによる医療文書作成の効率化と臨床現場にもたらす影響について取り上げる。
Japan’s Govt Starts Development of Generative AI for Administrative Work(外部)
日本政府による医療用生成AI研究開始とハルシネーション抑制施策について紹介。
【編集部後記】
医療現場でのAI活用は、私たち自身や家族が受ける医療の質に直結する問題です。今回の富士通Japanと名古屋医療センターの取り組みは、医師の負担を軽減するだけでなく、本来医師が向き合うべき「患者さんとの時間」を取り戻すための挑戦とも言えます。
皆さんは、自分が入院した際の退院サマリがAIで作成されることに抵抗がありますか?それとも、より正確で詳細な情報が迅速に次の医療機関へ届くことを歓迎しますか?医療AIの進化が私たちにもたらす変化について、一緒に考えていきたいと思います。
























