キヤノン株式会社とキヤノンマーケティングジャパン株式会社は、インフラ構造物点検サービス「インスペクションEYE for インフラ Cloud Edition」をバージョンアップし、2025年11月27日に提供開始する。
クラウド上のAIを活用して、コンクリートのひび割れやエフロレッセンス、鉄筋露出、はく落、錆汁に加え、鋼材の塗膜剥がれ・腐食、建物外壁のひび割れ、コンクリートのはく離まで合計12種類の変状検知に対応する。
さらに、斜め撮影画像を正面視点に補正する「正対補正」や、検知不要部分をあらかじめ除外できる「非検知エリア設定」など、橋梁・トンネル・横断歩道橋・水管橋といった多様な構造物での実務運用を意識した機能を搭載している。
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「インスペクションEYE for インフラ Cloud Edition」をバージョンアップ 鋼材・建物外壁などを加え合計12種類の変状検知に対象を拡大
【編集部解説】
インフラ点検の現場では、橋梁やトンネルといった社会インフラの老朽化が進む一方で、土木技術者の人手は限られており、「どこを重点的に点検するか」を決めること自体が重い負担になっています。このギャップを埋めるために、インスペクションEYE for インフラ Cloud Editionは、撮影済みの画像をクラウドに送るだけでAIが変状候補を一括抽出し、人が確認すべき箇所を絞り込むフィルターとして機能します。点検員の代わりに全てを判断するのではなく、「見るべき場所」を先に浮かび上がらせる役割を担う設計思想が特徴です。

今回のバージョンアップで重要なのは、検知対象が5種類から12種類へと増えただけでなく、「コンクリート」と「鋼材」の両方をカバーするようになった点にあります。コンクリートの「はく離検知」は、はく落に至る前の浮き状態を画像から察知し、打音点検を行うべき範囲を事前に絞り込むことで、危険箇所に人的リソースを集中させることに貢献します。


一方で、鋼材の塗膜剥がれ・腐食検知は、横断歩道橋や水管橋のような鋼構造物において、腐食の進行度合いを面的に把握するための土台となり、デジタルツイン・DXシンポジウム2025で「デジタルツイン・DX特別賞」を受賞した技術としても位置付けられます。
ドローン点検との組み合わせも、今回のアップデートで現実味を増しています。高所の外壁や橋梁下面のように、足場や高所作業車が必要だった領域は、そもそも近接目視のハードルが高い場所です。ドローンで一気に撮影し、その画像をCloud Editionにアップロードすれば、「建物外壁のひび割れ検知」機能が一次スクリーニングを担い、人がモニター上で1枚ずつチェックしていた作業の大部分をAIが肩代わりできます。斜めから撮った画像を正面視点に補正する「正対補正」と、検知不要なエリアを除外する「非検知エリア設定」によって、誤検知の低減とレビュー効率の向上を同時に狙える構成です。

このサービスは「点検員を置き換えるAI」ではなく、「どこに人の判断力を投下するか」を再設計するためのインフラと言えます。労働人口が8割規模に縮むとされる「8掛け社会」では、従来と同じ頻度・同じ工数の点検を続けることは現実的ではありません。まずクラウドAIで広い範囲の状態を俯瞰し、その中からリスクの高そうな箇所を人が深掘りするという二段構えのワークフローは、限られた人材でインフラを守り続けるための一つのモデルケースになるはずです。
同時に、AIによる変状検知には「映っていないものは検知できない」「学習していないパターンは見落とす」という前提も付きまといます。カメラの解像度や撮影条件、撮影範囲の設計が甘ければ、どれだけ優秀なモデルでも抜けは生じますし、AIの結果だけを信じてしまうと、微細な異常や新しいタイプの劣化を見逃す危険性も残ります。だからこそ、運用側には「AIによる一次スクリーニング」「人によるレビュー」「必要に応じた追加調査」というプロセスを前提にした設計と、AIの限界を踏まえたうえでのリスクコミュニケーションが求められます。
長期的には、こうした画像ベースの点検データが、インフラのデジタルツインや長寿命化計画のための重要な入力値になっていくでしょう。橋梁台帳やトンネル台帳に、AIが検出した変状マップを時系列で蓄積できれば、「どの橋をいつ補修すべきか」「予算をどこに配分すべきか」のシミュレーション精度が高まります。インスペクションEYE for インフラ Cloud Editionのアップデートは、単なる点検コスト削減ではなく、「インフラの状態を継続的にデータ観測するためのOS」をどのように構築するかという、もう一段高いレイヤーの議論につながっていく布石と捉えられます。
【用語解説】
インスペクションEYE for インフラ
インフラ構造物の画像をAIで解析し、ひび割れや錆汁などの変状を検知する画像ベース点検サービスの総称。
はく離
コンクリート表層と内部の間に空隙が生じ、まだ落下していないが内部が浮いた状態になっている劣化現象を指す。
はく落
コンクリート片が実際に剥がれ落ちた状態であり、落下物として第三者被害を招く危険性が高い段階を意味する。
エフロレッセンス(遊離石灰)
コンクリート内部の成分が水分とともに移動し、表面に白い粉状・結晶状として現れる現象で、ひび割れや水の浸入と関連することが多い。
デジタルツイン・DXシンポジウム2025
公益社団法人 土木学会が開催する、インフラ分野のデジタルツインやDX技術の最新事例・研究成果を共有するシンポジウム。
【参考リンク】
インスペクションEYE for インフラ 製品概要(外部)
橋梁やトンネルの画像をAIで解析し、ひび割れなどの変状を検知するインフラ点検サービスの概要ページ。
Cloud Edition レジテック掲載情報(外部)
インスペクションEYE for インフラ Cloud Editionの概要や導入効果を紹介するデジタル庁のRegTech支援サイト内ページ。
道路橋老朽化とインスペクションEYE事例(外部)
道路橋の老朽化課題とインスペクションEYEの活用事例を通じて、現場での点検DXの具体的な姿を解説する読み物記事。
【参考動画】
【参考記事】
キヤノンMJ、AIを活用したクラウド版インフラ変状検知サービスで鋼材や外壁にも対応(外部)
Cloud Editionのバージョンアップ内容や12種類の変状検知、「正対補正」「非検知エリア設定」などの新機能を具体例とともに紹介する技術ニュース。
Cloud Editionに鋼材腐食と外壁ひび割れ検知を追加(外部)
クラウドサービス視点から、鋼材塗膜剥がれ・腐食や外壁ひび割れ検知の追加と、ドローン点検との組み合わせによる省力化効果を解説するニュース記事。
AIがひび割れを自動検知するクラウド点検サービス(外部)
Cloud Edition提供開始当初の背景や、コンクリートひび割れや錆汁検知の仕組み、インフラ点検DXの狙いをコンパクトにまとめた記事。
全12種類の変状検知が可能になったインフラ点検サービス(外部)
12種類の変状ラインナップや水管橋・横断歩道橋への適用、デジタルツインとの接続可能性など、今回のアップデートを俯瞰的に整理した解説記事。
【編集部後記】
社会インフラの点検は、多くの人にとっては日常から少し離れたテーマに感じられるかもしれませんが、毎日渡っている橋や通っているトンネルの安全と直結した話でもあります。
今回のインスペクションEYEのアップデートをきっかけに、「もし身近な橋の点検にAIが入ったら、何が変わるだろう?」と一度イメージしてみてもらえたらうれしいです。危険な高所作業が減るのか、点検の頻度を増やせるのか、それともデータがたまることで将来の補修計画が変わるのか――そうした問いを持って眺めるだけでも、インフラDXというキーワードが少し自分ごとに近づいてくるはずだと感じています。























