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鳥の記憶はデジタルストレージになるか? – YouTubeクリエイターが音声変換で176KBのPNG画像転送に成功

 - innovaTopia - (イノベトピア)

YouTubeクリエイターのBenn Jordanが、鳥を使ったデジタルデータ保存実験の結果を2025年7月29日頃にYouTubeで公開した。Jordanは鳥の線画PNG画像をスペクトラル・シンセサイザーで音声波形に変換し、人間に育てられた若いヨーロッパムクドリに聞かせた。

録音データを解析した結果、ムクドリが元の音声波形を学習・再現していることを発見した。この実験で約176キロバイトの非圧縮データが転送された。Jordanの計算では、仮に10対1のデータ圧縮比を適用する可聴ファイル転送プロトコルであれば、理論上毎秒約2メガバイトのデータ転送速度に相当するとされる。実験に使用されたムクドリは、巣から早く離れ赤ちゃんの時に道端で発見された個体であった。

From:
 - innovaTopia - (イノベトピア)Yes, you can store data on a bird — enthusiast converts PNG to bird-shaped waveform, teaches young starling to recall file at up to 2MB/s

【編集部解説】

この実験の背景を理解するためには、まず鳴禽類の驚異的な音響能力について知る必要があります。ヨーロッパムクドリのような鳴禽類は、「鳴管」と呼ばれる気管と気管支の接合部にある特殊な器官を持っています。この器官は複数の筋群によって独立して制御され、周波数や速度を精密に調整できるため、極めて複雑な音響パターンを生成可能です。

実験で使用されたムクドリは、特殊な環境で育てられた個体です。線路の近くの巣から落ちた雛の状態で発見され、人間の環境で育てられました。このため、通常の野生個体とは異なり、カメラのシャッター音や人間の声など「人工的な」音響パターンを学習・再現する能力を発達させています。

この実験が示すのは、生物学的記憶システムとデジタルデータの境界線の曖昧さです。従来のデータストレージは物理的媒体に情報を記録しますが、鳥の場合は神経回路に音響パターンとして記憶されます。約176キロバイトという数値は決して大きくありませんが、生体がデジタル情報を保持・再現できるという概念実証として重要な意味を持ちます。

技術的観点から見ると、この実験は音響による情報伝達の新しい可能性を示唆しています。仮説として、10対1の圧縮比を適用すれば毎秒2メガバイトのデータ転送が可能とされますが、実際には鳥の学習能力、環境ノイズ、再現精度など多くの制約が存在します。

この研究の影響範囲は意外に広範囲に及びます。まず、生物学的データストレージという全く新しい分野の可能性を開きました。DNA情報保存技術はすでに注目されていますが、動物の学習能力を活用したデータ保存は前例がありません。また、動物の認知能力研究においても新たな視点を提供し、鳥類の音響模倣能力の精密さを定量的に測定する手法として注目されています。

一方で、この技術には明確な限界も存在します。生体による情報保存は本質的に不安定で、動物の生理状態や環境要因に大きく左右されます。また、データの正確性や持続性についても疑問が残ります。実用的なストレージシステムとしては現在のところ全く現実的ではありません。

規制面では、動物を情報保存媒体として使用することの倫理的問題が議論される可能性があります。野生動物の保護法や動物実験規制との関係で、今後議論が必要な分野となるでしょう。この実験では保護された個体が使用されており、動物への害はありませんが、商業利用を考えた場合は別の検討が必要です。

長期的視点では、この研究は人工知能と生体知能の融合という未来技術の方向性を示しています。脳とコンピューターのインターフェース技術が進歩する中で、動物の学習能力を活用したバイオコンピューティングの可能性を探る基礎研究として価値があります。

【用語解説】

鳴管(シリンクス)
鳥類固有の発声器官で、気管と気管支の接合部に位置する。哺乳類の声帯とは異なり、数対の鳴管筋によって精密に制御され、左右の鳴管で別々の発声を行うことで複雑なさえずりを可能にする。

スペクトラル・シンセサイザー
音の倍音成分を周波数スペクトラム上で編集できる加算合成シンセサイザー。画像をスペクトログラムとして音声波形に変換する機能を持つ。

ホシムクドリ(ヨーロッパムクドリ)
学名Sturnus vulgarisで、北米に生息する個体は1890年代にヨーロッパから持ち込まれた100羽の子孫である。優れた模倣能力と複雑な鳴き声で知られ、繁殖期には黒い光沢のある羽毛、冬季には星状の白い斑点が特徴的である。

PNG画像
Portable Network Graphicsの略で、可逆圧縮による静止画像ファイル形式。この実験では鳥の線画が使用された。

Mark Tyson
Tom’s Hardwareの記者。テクノロジー関連の記事を執筆している。

【参考リンク】

Benn Jordan(YouTube チャンネル)(外部)電子音楽アーティストの公式チャンネル。音楽と科学を融合した実験的コンテンツを配信

【参考動画】

I Saved a PNG Image To A Bird
Benn Jordan公式チャンネル。鳥にPNG画像を保存する実験の詳細を32分間にわたって解説。17分頃から実際の実験シーンが始まる。

【参考記事】

Songbirds use spectral shape, not pitch, for sound pattern recognition(外部)ムクドリの音響パターン認識に関する2016年PNAS論文。実験の理論的背景を提供

【編集部後記】

この記事を読んで、皆さんはどう感じられましたか?

データストレージといえばSSDやクラウドが当たり前の時代に、まさか鳥の記憶を使うなんて想像もしていませんでした。技術の進歩が加速する中で、私たちが「常識」だと思っていることが、実は全く違う角度から覆される可能性があるということを改めて実感します。

生物学とデジタル技術の境界線が曖昧になっていく未来について、皆さんはどんな可能性や懸念を感じますか?また、身の回りにある「当たり前」の技術で、実は全く違うアプローチが可能なものがあると思いますか?ぜひコメント欄やSNSで、皆さんの率直な感想や発想をお聞かせください。

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乗杉 海
新しいものが大好きなゲーマー系ライターです!

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