セマグルチドが食への執着を62%から16%に減少|GLP-1薬の脳内作用メカニズム

[更新]2025年10月5日16:29

セマグルチドが食への執着を62%から16%に減少|GLP-1薬の脳内作用メカニズム - innovaTopia - (イノベトピア)

セマグルチド開発元のNovo Nordiskが、2025年9月にオーストリアのウィーンで開催された欧州糖尿病学会年次総会で、Ozempicなどのセマグルチド薬が脳内の「フードノイズ」を静める効果についての調査結果を発表した。

減量目的でセマグルチドを服用している米国の550人を対象とした調査では、平均年齢53歳、大半が女性、81パーセントが少なくとも4ヶ月間服用していた。治療前に食べ物について絶え間なく考えていた人は62パーセントから16パーセントに減少し、食べ物について考える時間が長すぎると報告した人は63パーセントから15パーセントに減少した。

また、別の研究ではオーストリアとドイツの研究者がセマグルチドや類似薬を服用している成人411人を調査し、60パーセント以上が食べ物への渇望の減少を報告した。

From: 文献リンクDrugs Like Ozempic Quieten ‘Food Noise,’ in Our Brains, Study Finds

【編集部解説】

今回の研究が注目される理由は、Ozempicをはじめとするセマグルチド薬が単なる減量薬ではなく、人間の認知プロセスそのものに介入する可能性を示している点にあります。「フードノイズ」という概念は、食べ物について繰り返し考えてしまう侵入的思考を指し、これまで心理学や摂食障害の文脈で語られてきました。しかし今回の研究により、GLP-1受容体アゴニストがこうした思考パターンを生物学的に調整できることが示唆されています。

セマグルチドは元々2型糖尿病の治療薬として開発されましたが、減量効果が注目され、近年は肥満治療薬として急速に普及しました。この薬剤が作用するのは腸のGLP-1受容体だけでなく、脳内の報酬系や食欲制御を司る領域にも及びます。味蕾細胞への作用により味覚の知覚そのものが変化し、甘味や塩味の感じ方が強まることで、自然と食べ物への欲求が低下する可能性があるのです。

ただし、いくつかの重要な留意点が存在します。今回の調査は自己報告に基づくものであり、プラセボ対照試験ではありません。さらに長期的な脳への影響については、まだ十分なデータが蓄積されていないのが現状といえます。

この技術が社会に与える影響は多岐にわたります。肥満や摂食障害の治療において新たな選択肢を提供する一方で、認知機能に作用する薬剤の使用には慎重な議論が必要でしょう。食欲や味覚といった人間の根本的な感覚を薬剤でコントロールすることの倫理的側面や、依存性の有無、投薬中止後のリバウンド効果なども今後の研究課題として残されています。

人間の進化において、食欲は生存に直結する極めて原始的な欲求です。その欲求を分子レベルで調整する技術は、人間と食の関係性を根本から変える可能性を秘めています。

【用語解説】

GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)
腸で分泌されるホルモンで、インスリンの分泌を促進し、食欲を抑制する働きを持つ。血糖値の調整と消化の遅延にも関与する生理活性物質である。

受容体アゴニスト
特定の受容体に結合して、その受容体が本来反応する物質と同様の生物学的効果を引き起こす化合物。セマグルチドはGLP-1受容体アゴニストとして作用する。

フードノイズ
食べ物に関する絶え間ない侵入的思考を指す概念。食事について過度に考え続けることで、日常生活や精神的健康に悪影響を及ぼす状態を表す。

セマグルチド
GLP-1受容体アゴニストの一種で、2型糖尿病治療薬として開発され、後に肥満治療薬としても承認された。週1回の皮下注射で投与される。

欧州糖尿病学会(EASD)
ヨーロッパを中心とした糖尿病研究者や臨床医の国際学会。毎年秋に年次総会を開催し、最新の研究成果が発表される。

【参考リンク】

Novo Nordisk(外部)
デンマークに本社を置く製薬会社で、Ozempic(セマグルチド)の開発元。糖尿病治療薬や肥満治療薬の開発で知られる

European Association for the Study of Diabetes (EASD)(外部)
欧州糖尿病学会の公式サイト。糖尿病研究の最新動向や年次総会の情報を提供している

Diabetes, Obesity and Metabolism(外部)
糖尿病、肥満、代謝に関する査読付き国際学術誌。今回の関連研究が掲載されている

【参考記事】

Semaglutide may silence the food noise in your head(外部)
2025年9月のEASD年次総会での発表を基に、550人の調査データと具体的な数値変化を詳しく報告している

Ozempic Quiets Food Noise in the Brain—But How?(外部)
GLP-1薬が脳内でどのように作用してフードノイズを抑制するのか、その神経科学的メカニズムを詳細に分析

New study finds semaglutide safe for brain health(外部)
オックスフォード大学の研究チームによる、セマグルチドの脳への安全性と認知機能への潜在的効果に関する研究報告

A new era of weight loss: Mental health effects of GLP-1(外部)
アメリカ心理学会によるGLP-1薬のメンタルヘルスへの影響に関する包括的な分析記事

【編集部後記】

食べ物について考えることをやめられない。この感覚に心当たりはありませんか。フードノイズという概念は、多くの人が密かに抱えている悩みかもしれません。今回の研究が示すのは、私たちの食欲や思考が、想像以上に生物学的なメカニズムに支配されているという事実です。

薬剤で認知を調整できるということは、自己管理の問題として片付けられてきた課題に、別の角度からアプローチできる可能性を意味します。一方で、人間の根源的な欲求に介入する技術は、倫理的な議論も必要でしょう。みなさんは、食欲と思考のコントロールについて、どのように考えますか。

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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