精密発酵でチーズの未来を変える – Nutropy810万ドル調達、2030年の牛乳不足に対応

[更新]2025年10月28日08:24

精密発酵でチーズの未来を変える - Nutropy810万ドル調達、2030年の牛乳不足に対応 - innovaTopia - (イノベトピア)

フランスのバイオテック企業Nutropyが810万ドルの資金調達を完了した。このラウンドはBig Pi VenturesとZero Carbon Capitalが主導し、サウジアラビアのディープテック投資家Beta Lab、Wyngate、チーズ生産者Paul Dischamp、Desai Ventures、PVS Investments、Axel JohnsonのNovaxが参加した。

Nutropyは精密発酵技術を用いて牛乳に含まれるものと同一のカゼインタンパク質を製造し、チーズの溶けやすさや伸びる性質を再現する。同社は微生物を遺伝子改変してカゼインを生産させ、植物性原料と組み合わせてプラグアンドプレイ型の粉末ソリューションを提供する。

調達資金は事業規模の拡大と食品製造業者へのサンプル提供に充てられ、2027年までに欧州、北米、アジア、中東の食品生産者向けに商用製品を発売する計画だ。世界的な乳製品需要の増加と酪農家の減少により、2030年までに3000万トンの牛乳不足が予測される中、Nutropyは動物を使わずに本物のチーズの味と食感を再現することを目指している。

From: 文献リンクSaudi’s Beta Lab Joins USD 8.1M Round for French Biotech Startup Nutropy

【編集部解説】

精密発酵技術によるカゼイン生産は、単なる代替食品の開発にとどまらず、食料システム全体の構造転換を示唆しています。

国際酪農連盟(IDF)が2025年に発表した「2030年までに3000万トンの牛乳不足」という予測は、気候変動による生産量の減少と新興国の中間層拡大による需要増加が同時進行する現実を映し出しています。猛暑日が増えることで乳牛の生産量が数%~十数%減少するというデータもあり、従来の畜産モデルでは需要を満たせなくなる可能性が高まっているのです。

Nutropyが注目されるのは、チーズの本質的な機能を担うカゼインタンパク質の生産に成功している点にあります。カゼインには複数の種類があり、チーズの溶けやすさや伸びる性質を決定する重要な要素となっています。従来の植物性チーズ代替品が消費者に受け入れられにくかった最大の理由は、まさにこの機能性の欠如でした。

技術的な観点から見ると、精密発酵は微生物を「細胞工場」として活用し、牛乳由来と同一のアミノ酸配列を持つカゼインを生産します。この手法自体は医薬品製造で30年以上使われてきた確立された技術ですが、食品分野への応用は2020年頃から急速に投資が集まり始めた比較的新しい領域です。

興味深いのは、大手乳製品企業Bel GroupとStanding Ovationが2025年10月に発表した事例で、チーズ製造の副産物である酸性ホエイを原料に精密発酵でカゼインを生産する循環型モデルを工業規模で実現しています。これは廃棄物を高付加価値タンパク質に変換する「アップサイクル」の好例と言えるでしょう。

サウジアラビアのBeta Labが今回の資金調達に参加している点も見逃せません。中東地域は気候条件から酪農に適さず、乳製品の大部分を輸入に依存しています。精密発酵技術は地理的制約を超えてタンパク質を生産できるため、食料安全保障の観点から戦略的投資が進んでいると考えられます。

一方で、技術的課題も残されています。タンパク質の収率は原料によって変動し、生産規模の拡大時の問題、精製プロセスでのタンパク質分解など、商業化に向けてクリアすべきハードルは少なくありません。また、各種カゼインを独立して生産できる特性は、従来にない配合の実験を可能にする反面、最適な組み合わせの探索には時間を要します。

規制面では、精密発酵で生産されたタンパク質の安全性評価や表示方法について、各国で議論が進行中です。Nutropyが2027年の商用化を目指す背景には、こうした規制環境の整備を見据えたタイムラインがあると推測されます。

【用語解説】

精密発酵(Precision Fermentation)
遺伝子組み換えした微生物(酵母、菌類、細菌など)を用いて、特定のタンパク質や分子を高純度で生産する技術である。従来の発酵と異なり、単一の目的分子のみを生産する点が特徴だ。医薬品製造では1980年代から使用され、チーズ製造に必要なレンネット酵素などがこの手法で生産されている。微生物のDNAに目的タンパク質の遺伝情報を組み込み、バイオリアクター内で培養し、最終的に微生物から分離・精製して粉末状の製品を得る。

バイオリアクター(Bioreactor)
微生物を培養するための制御環境装置である。温度、pH、照明などの条件を最適化し、微生物が効率的に目的の物質を生産できるようにする。精密発酵プロセスにおいて、遺伝子組み換えした微生物を大量培養する中核設備となる。

【参考リンク】

Nutropy公式サイト(外部)
フランスのバイオテック企業の公式サイト。精密発酵でカゼインを生産し動物性不使用チーズの開発を行う。

Beta Lab公式サイト(外部)
サウジアラビアのディープテック投資会社。3億ドル規模の資金でバイオテックなど先端技術企業を支援。

Zero Carbon Capital(外部)
欧州気候テック専門ファンド。CO2削減に貢献する科学技術企業への投資を行う。

Good Food Institute Europe – 精密発酵の解説(外部)
非営利組織による精密発酵技術の包括的解説ページ。技術の仕組みや持続可能性への貢献を説明。

【参考記事】

Global Milk Shortage Could Reach 30 million Tons by 2030(外部)
国際酪農連盟の報告に基づき、2030年の牛乳不足問題を報じる記事。気候変動の影響を詳述。

Exclusive: France’s Nutropy Gets $8M In Funding for Precision-Fermented Casein(外部)
Nutropyの810万ドル資金調達の独占記事。投資家情報や2027年商用化計画を詳しく報じる。

Researchers Recreate Key Milk Protein for Game-Changing Cheese(外部)
カゼインミセルの再現成功を報じる記事。チーズの食感や機能性を再現する技術進展について解説。

Saudi’s Beta Lab Launches $300M Fund for Deeptech Startups(外部)
Beta Labの3億ドルファンド設立を報じる。中東と東南アジアのディープテック協力促進を説明。

【編集部後記】

私たちが日常的に食べているチーズやパンは、何千年も前から微生物の力を借りて作られてきました。精密発酵は、その延長線上にある技術です。もし、環境への負荷を大幅に減らしながら、同じ味と食感のチーズが食べられるとしたら、どう感じるでしょうか。

2030年には世界で3000万トンの牛乳が不足すると予測される中、この技術は私たちの食卓を守る選択肢の一つになるかもしれません。動物性か植物性かという二択ではなく、科学技術が第三の道を示しつつあります。みなさんは、どんな未来の食を選びますか。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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