スペースデータとIHI協業、衛星コンステレーションとデジタルツイン融合で社会基盤革新を目指す

 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社スペースデータと株式会社IHIは、衛星データの利活用および衛星データを活用した新事業の創出を目的とした協業に関する覚書(MoU)を締結した。

スペースデータは衛星データや3DCG技術を活用し、物理世界を精密に再現したデジタルツインにAIの解析・学習能力を組み合わせたフィジカルAI基盤を開発している。

IHIは小型衛星コンステレーションの構築を進めており、光学センサ、SAR、VHFデータ交換システム(VDES)、電波収集(RF)、赤外線(IR)、ハイパースペクトルなど複数種類の衛星で構成される予定である。

今回の協業を通じて、IHIの小型衛星コンステレーションから得られる衛星データとスペースデータのデジタルツイン技術を融合し、衛星データの新たな価値創出とユーザニーズに合致したサービスの創出を目指す。

From: 文献リンクスペースデータとIHI、衛星データの利活用および衛星データを利活用した事業の創出に向け覚書(MOU)を締結

【編集部解説】

今回のスペースデータとIHIの協業は、日本の宇宙産業において極めて戦略的な意味を持つ提携です。この協業が注目される理由は、単なる技術提携にとどまらず、衛星データ活用の次世代モデルを構築する試みだからです。

スペースデータは、メタップスを創業し東証マザーズに上場させた佐藤航陽氏が2017年に設立したテクノロジースタートアップです。同社は衛星データから地球全体のデジタルツインを自動生成するAI技術を開発しており、2022年には14.2億円の資金調達を実施しています。佐藤氏は「テクノロジーで新しい宇宙を作る」というビジョンのもと、衛星データ、AI技術、3DCG技術の三つを軸に研究開発を進めています。

デジタルツインとは、現実世界をデジタル空間に精密に再現する技術です。スペースデータはこれにAIの解析・学習能力を組み合わせることで、予測・最適化・自律制御を実現する「フィジカルAI基盤」を構築しています。この技術により、都市開発、防災、安全保障など多様な分野でシミュレーションが可能になり、現実では困難な検証を仮想空間で繰り返し実施できます。

一方のIHIは、1853年創業の日本を代表する総合エンジニアリング企業です。同社は2025年に小型衛星コンステレーション事業を本格化させており、フィンランドのICEYEと提携して最大24基のSAR衛星構築を進めています。2026年度から順次運用を開始し、2029年度までに全24基体制を完成させる計画です。

IHIが構築する衛星コンステレーションの特徴は、その多様性にあります。SAR(合成開口レーダー)だけでなく、光学センサ、VDES(次世代船舶自動識別装置)、RF(電波収集)、IR(赤外線)、ハイパースペクトルなど、複数種類のセンサーを搭載した衛星群を展開する予定です。これにより、天候や昼夜を問わず、陸上・海上の状況を多角的に把握できるデータ取得が可能になります。

今回の協業の核心は、このIHIの衛星コンステレーションから得られる多様なリアルタイムデータと、スペースデータのデジタルツイン技術を融合させる点にあります。この組み合わせにより、単なる衛星画像の提供を超えた、予測・分析・最適化を含む包括的なソリューションの提供が可能になります。

日本では社会インフラの老朽化が深刻な問題となっています。高度経済成長期に集中的に整備された道路橋や河川管理施設の多くが、2033年には建設から50年以上経過すると予測されています。従来の事後保全型メンテナンスから予防保全型への転換が急務とされる中、衛星コンステレーションとデジタルツインの組み合わせは、広域インフラの効率的な監視と予測保全を実現する有力な手段となります。

また、激甚化する気象災害への対応においても、この技術の活用が期待されます。リアルタイムの衛星データとデジタルツイン上でのシミュレーションを組み合わせることで、災害の予測精度向上や、災害発生時の迅速な状況把握、最適な避難経路の提示などが可能になります。

安全保障分野においても、衛星コンステレーションは重要な役割を果たします。IHIが提携するICEYEは、ウクライナなど実戦環境での運用実績を持ち、その信頼性が高く評価されています。高頻度での情報収集能力は、日本の防衛戦略において「スタンド・オフ防衛能力」の構築に不可欠な要素となります。

今後、IHIは自社で2030年頃に100基体制の衛星コンステレーション構築を計画しており、宇宙事業を成長ドライバーと位置づけています。スペースデータとの協業は、この壮大な計画の重要な一歩となるでしょう。両社の技術とビジョンが融合することで、衛星データ活用の新たなエコシステムが日本から生まれる可能性があります。

この協業は、日本の宇宙産業が「打ち上げ」から「データ活用」へとバリューチェーンを拡大していく転換点を象徴しています。宇宙からのデータ収集と地上でのデジタルツイン技術を組み合わせることで、社会課題の解決に直結するサービスが次々と生まれることが期待されます。

【用語解説】

デジタルツイン
現実世界(フィジカル空間)の物体やシステムをデジタル空間に精密に再現する技術。IoTセンサーなどからリアルタイムでデータを収集し、仮想空間に双子(ツイン)のような環境を構築する。従来のシミュレーションと異なり、対象全体を俯瞰的に再現し、現実とのフィードバックループを形成することで、予測・最適化・異常検知などに活用される。

フィジカルAI
現実世界の物理法則を学習し、周囲の環境変化に応じて自律的に行動できるAI。デジタルツインと組み合わせることで、仮想環境で精度の高いシミュレーションを行い、ロボットやシステムが現実世界で最適な動作を実現できるようになる。予測・最適化・自律制御を実現する次世代AI技術である。

衛星コンステレーション
特定の方式に基づいて複数の人工衛星を協調動作させるシステム。コンステレーション(constellation)は星座の意味で、衛星を星座のように配置して運用する。高頻度での観測が可能となり、通信・観測・測位などの用途で従来の単一衛星では不可能だったレベルのサービスを提供できる。

SAR(合成開口レーダー)
Synthetic Aperture Radarの略。マイクロ波を地表に照射し、反射波を受信・解析して画像を取得するレーダー技術。光学センサーと異なり、夜間や悪天候下でも観測が可能で、地表の変化検出や構造物の識別に優れる。防災・防衛・インフラ監視など幅広い分野で活用される。

VDES(VHF Data Exchange System)
次世代船舶自動識別システム。従来のAIS(船舶自動識別装置)を進化させたもので、VHF帯を使用して船舶の位置情報や航行データを衛星経由でやり取りする。海洋状況把握の精度向上に貢献し、海上安全保障や海運効率化に活用される。

ハイパースペクトル
高い波長分解能を持つセンサー技術。通常のカメラが可視光の3つの波長帯(RGB)を捉えるのに対し、ハイパースペクトルセンサーは数十から数百の波長帯でデータを取得する。これにより、物質の識別や植生の健康状態、鉱物資源の探査など、肉眼では判別できない情報を得ることができる。

【参考リンク】

株式会社スペースデータ 公式サイト(外部)
衛星データとAI、3DCG技術を活用して地球・宇宙環境のデジタルツインを構築する宇宙スタートアップ企業

株式会社IHI 公式サイト(外部)
1853年創業の日本を代表する総合エンジニアリング企業。航空宇宙、エネルギー、社会インフラなど幅広い事業を展開

IHI×ICEYE 地球観測衛星コンステレーション整備事業(外部)
IHIとフィンランドICEYEの提携による最大24基のSAR衛星コンステレーション構築計画の詳細

    【参考記事】

    スペースデータ>>No.1 衛星データと3DCG技術を活用し、地球デジタルツインを自動生成(外部)
    佐藤航陽氏が語る、衛星データから地球デジタルツインを自動生成する技術と宇宙の正体を解き明かすビジョン

    世界最大級の小型SAR衛星コンステレーションで防衛・防災を支援する「ICEYE」、地球観測衛星コンステレーション構築においてIHIと正式契約を締結(外部)
    IHIとICEYEの正式契約締結の詳細。2029年度までに全24基体制を完成させる計画で初期費用は3桁億円規模

    IHI、ICEYEと衛星コンステレーション構築に向け衛星調達契約を締結(外部)
    IHIがICEYEをパートナーに選んだ理由として、ウクライナなど実戦環境での運用実績と信頼性を高く評価

    コモンズとしてのメタバースをつくるという挑戦:連載 The Next Innovators(1) スペースデータ 佐藤航陽(外部)
    佐藤航陽氏のコンピューター上にゼロから宇宙をつくるという壮大なプロジェクトとデジタルツインはその副産物という考え

      【編集部後記】

      宇宙からのデータと地上のデジタル技術が融合することで、私たちの社会はどのように変わっていくのでしょうか。今回の協業は、衛星が単なる「観測手段」から「予測と最適化を可能にする社会基盤」へと進化する転換点を示しています。インフラの老朽化、激甚化する災害、安全保障の強化といった課題に対して、リアルタイムの衛星データとAIによるシミュレーションがどのような解決策をもたらすのか。日本発の技術が世界の宇宙データ活用の新しいスタンダードを創り出す可能性に、私たちも大きな期待を寄せています。

      投稿者アバター
      Satsuki
      テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

      読み込み中…
      advertisements
      読み込み中…