中国科学院が発見した海底水素源、年間100万トン放出で従来理論を覆す

中国科学院が発見した海底水素源、年間100万トン放出で従来理論を覆す - innovaTopia - (イノベトピア)

中国科学院海洋研究所(IOCAS)の研究チームが太平洋西部のムサウ海溝西側約80キロメートル、カロライン構造プレート内の海底深度3,000メートル以上で「崑崙熱水フィールド」を発見した。

この新発見のシステムは11平方キロメートル以上にわたり、大西洋の「失われた都市」ベントシステムの100倍以上の規模である。有人潜水艇「奮闘者号」とラマン分光法を用い、研究チームは拡散熱水流体中の水素濃度5.9から6.8ミリモル毎キログラムを測定した。

年間水素放出量は4.8×10¹¹モルと推定され、これは約100万メートルトンの分子状水素に相当する。この量は世界の海底自然水素流出総量の約5%を占める。研究論文はScience Advances誌に8月8日に掲載された。

現在のグリーン水素価格で計算すると、崑崙の年間生産量は市場価値約50億ユーロに相当する。研究は孫衛東教授が責任著者を務めた。

From: 文献リンクMysterious Structures at 3,000 Meters Beneath the Pacific May Emit Over €5 Billion in Hydrogen Each Year—No Drilling Required

【編集部解説】

今回発見された崑崙熱水フィールドは、既存の海洋地質学の常識を覆す画期的な発見です。従来、大規模な水素生成は中央海嶺でのみ起こると考えられてきましたが、この発見により海洋プレート内部でも同様のプロセスが可能であることが証明されました。

最も注目すべきは、この自然現象が持つエネルギーポテンシャルの巨大さです。年間100万トンという水素生成量は、現在の工業的水素製造と比較しても相当な規模を誇ります。電解による工業的水素製造には大量の電力と淡水が必要ですが、崑崙システムは地球の自然プロセスによって炭素フリーの水素を生み出している点で革命的といえるでしょう。

崑崙熱水フィールドの構造的特徴も注目に値します。このシステムは20個の大型円形/楕円形クレーターで構成され、直径は数百メートルに及びます。その中の4つの大型クレーターは最深部で130メートルの深さを持ち、キンバーライトパイプに類似した急峻な壁面を形成しています。

しかし、このポテンシャルを実際のエネルギー利用に転換することには複数の課題があります。海底3,000メートルという極限環境での採掘技術は現在存在しません。また、海洋生態系への影響も慎重に検討する必要があります。研究チームが「これは海底掘削への招待状ではない」と明言している通り、環境保護と資源利用のバランスが重要な議題となるでしょう。

この発見が示すもう一つの重要な側面は、生命の起源に関する新たな手がかりです。崑崙で発見された化学合成生態系は、太陽光に依存しない生命体の存在を実証しており、地球外生命探査の方向性にも影響を与える可能性があります。

技術的な観点では、今回使用されたin situラマン分光法による深海での化学分析技術の進歩も見逃せません。この技術により、これまで困難だった深海現場での精密な水素濃度測定が実現されています。

長期的には、類似のシステムが世界中の海底に存在する可能性が高く、今後の海洋探査において新たな探索ターゲットとなることが予想されます。エネルギー安全保障の観点からも、各国の海洋資源戦略に大きな影響を与える発見といえるでしょう。

【用語解説】

蛇紋岩化(サーペンタイナイゼーション)
海水とオリビンを含む岩石が反応して蛇紋石を生成する化学プロセス。この過程で水素ガスが副産物として放出される。生命の起源に関わる重要な地球化学反応とされている。

中央海嶺
海底で海洋プレートが分岐する場所。地球のマントルからマグマが上昇し、新しい海底を形成する。これまで大規模な水素生成はここでのみ起こると考えられていた。

化学合成(ケモシンセシス)
太陽光を使わず、化学反応から得られるエネルギーで有機物を合成する生物プロセス。深海の熱水噴出孔周辺で見られる生態系の基盤となっている。

in situラマン分光法
物質の分子構造を現場で直接分析する技術。今回の研究では海底での水素濃度測定に使用された。

プレート内環境(イントラプレート)
構造プレートの境界から離れた、プレート内部の地質環境。従来、大規模な地質活動は起こりにくいとされていた。

炭酸塩補償深度
海水中の炭酸塩鉱物が溶解する臨界深度。この深度以下では通常、炭酸塩の形成が困難とされる。

【参考リンク】

中国科学院海洋研究所(IOCAS)(外部)
中国科学院傘下の海洋研究機関。今回の崑崙熱水フィールド発見を主導した研究チーム所属機関

Science Advances(科学雑誌)(外部)
アメリカ科学振興協会が発行するオープンアクセス科学誌。今回の研究論文が2025年8月8日に掲載

【参考記事】

希少な深海熱水系を西太平洋で発見、大量の水素を放出(外部)
崑崙熱水フィールドがムサウ海溝西方約80キロメートルに位置し、20個の大型クレーターで構成

Scientists Uncover Vast Hydrogen-rich Hydrothermal System(外部)
年間水素放出量4.8×10¹¹モル、世界の海底水素流出量の約5%を占めると報告

Rare Deep-Sea Hydrothermal System Discovered(外部)
生命の起源に関する意義と、エウロパやエンケラドスなど地球外生命探査への応用可能性を解説

Rare Deep-Sea Hydrothermal System Uncovered(外部)
崑崙システムの11平方キロメートルの規模と、失われた都市ベントシステムの100倍以上の大きさを詳述

【編集部後記】

崑崙熱水フィールドの発見は、私たちが地球について知っていることを根本から見直すきっかけかもしれません。太陽光に依存しない生命体が、地球の内部エネルギーだけで何十億年も繁栄し続けてきたという事実に、皆さんはどのような可能性を感じるでしょうか。

この発見が示唆するのは、エネルギーの未来だけではありません。もしかすると、私たちが想像もしていないような生命の形が、地球の深海や他の惑星に存在するかもしれないのです。
技術が進歩し、こうした極限環境を探査できるようになった今、地球外生命の発見は思っているより近い将来の出来事なのかもしれませんね。

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TaTsu
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