核融合炉の盲点を解消するAI技術「Diag2Diag」センサー故障でも安定運転可能に

[更新]2025年10月7日07:35

核融合炉の盲点を解消するAI技術「Diag2Diag」センサー故障でも安定運転可能に - innovaTopia - (イノベトピア)

プリンストン大学と米国エネルギー省のプリンストンプラズマ物理学研究所が主導する国際協力チームが、Diag2Diagと呼ばれる人工知能システムを開発した。

このシステムは核融合炉内のプラズマ診断データを分析し、高解像度の合成データストリームをリアルタイムで生成する。トカマク型核融合装置で使用されるトムソン散乱診断を強化し、従来捉えきれなかったプラズマ外層のペデスタル領域を詳細に観察できるようにする。Diag2Diagは高価な新規ハードウェアを必要とせず、センサー数を削減しながら制御の堅牢性を向上させる。

研究チームはこのシステムを用いて、ELM抑制に使われる共鳴磁場摂動がペデスタルに磁気島を形成し、温度と密度を平坦化することを確認した。このAI技術により、商業核融合炉の24時間365日連続運転に必要な信頼性とコスト削減が実現可能になるとされている。

From: 文献リンクAI breakthrough transforms fusion systems into reliable power

【編集部解説】

核融合発電の実用化において、プラズマ制御は依然として最大の技術的ハードルとされています。今回プリンストン大学が開発したDiag2Diagは、単なるセンサーのバックアップ機能ではなく、核融合炉の設計思想そのものを変える可能性を秘めた技術です。

このシステムの革新性は、「実在のセンサーが提供できる以上の詳細なデータ」を合成できる点にあります。従来のトムソン散乱診断では、測定頻度の限界から急速に変化するプラズマの不安定性を捉えきれませんでした。特にプラズマの外層部であるペデスタル領域は、核融合の性能を左右する最重要エリアでありながら、測定が極めて困難な場所でした。

Diag2Diagが実現するのは、複数の診断装置からのデータを相互に関連付けることで、単一のセンサーでは決して得られない包括的な情報を構築する仕組みです。

商業核融合炉の実現には、24時間365日の無停止運転が不可欠とされています。現在の実験炉ではセンサー故障は実験時間の損失を意味するだけですが、商業運転ではダウンタイムは許容できません。Diag2Diagによる診断の冗長性確保は、この課題への直接的な解決策となります。

さらに注目すべきは、このAIが既にELM(エッジ局在モード)抑制メカニズムの解明に貢献している点です。共鳴磁場摂動がペデスタル領域に磁気島を形成し、温度と密度を同時に平坦化する現象を詳細に観測できたことで、従来の理論が裏付けられました。これは基礎科学的な発見であると同時に、より安全な核融合炉設計への道筋を示すものです。

コスト面での影響も見逃せません。実験炉は現在、数十種類もの診断装置で埋め尽くされていますが、商業炉ではよりコンパクトな設計が求められます。Diag2Diagによって物理的なセンサー数を削減できれば、メンテナンスコストの低減、エネルギー生成コンポーネントのためのスペース確保、システム全体の信頼性向上が期待できます。

応用範囲は核融合に留まりません。宇宙船の監視システムやロボット手術など、センサー故障が致命的となる高リスク環境での活用が期待されています。劣化したデータを復元し、信頼性を確保するこの技術は、広範な産業分野で価値を発揮する可能性があります。

訓練データとして使用されたのは、米国エネルギー省のDIII-D国立核融合施設での実験データです。プリンストン大学、韓国の中央大学、コロンビア大学、ソウル大学などの国際協力により開発され、論文はNature Communications誌に掲載されました。この成果は、AI技術が核融合研究の加速に実質的に貢献し始めたことを示す重要なマイルストーンと言えるでしょう。

【用語解説】

トカマク
ドーナツ型の磁場閉じ込め方式を用いた核融合実験装置。強力な磁場によって超高温プラズマを容器壁から離して保持し、核融合反応を持続させる仕組みである。現在、商業核融合炉の最有力候補とされている。

トムソン散乱
レーザー光をプラズマに照射し、電子による散乱光を測定することで、プラズマの電子密度と温度を診断する手法。高速測定が可能だが、時間分解能に限界がある。

ペデスタル
トカマク型核融合装置におけるプラズマの外層領域。この部分の温度と密度の勾配が核融合性能を大きく左右するため、精密な制御が求められる。測定が困難な領域として知られている。

ELM(エッジ局在モード)
プラズマ周辺部で発生する突発的なエネルギー放出現象。短時間に大量のエネルギーが炉壁に衝突するため、装置の損傷リスクが高い。商業炉では抑制が必須とされている。

RMP(共鳴磁場摂動)
プラズマを閉じ込める磁場に意図的に小さな乱れを加える技術。ELMを抑制する有効な手段として研究されており、磁気島の形成によってELMのような不安定性を抑制する。

磁気島
プラズマ中に形成される閉じた磁力線の構造。温度や密度の分布を変化させ、プラズマの安定性に影響を与える。RMPによって意図的に生成される。

【参考リンク】

Princeton Plasma Physics Laboratory (PPPL)(外部)
米国エネルギー省が運営するプリンストン大学付属の研究機関で、核融合エネルギー研究の世界的拠点としてプラズマ物理学研究を展開している。

DIII-D National Fusion Facility(外部)
米国カリフォルニア州にある世界最大級のトカマク型核融合実験装置で、各国の研究者に実験機会を提供している施設。

Nature Communications(外部)
オープンアクセスの学術誌で、自然科学と工学分野の高品質な研究成果を掲載し、今回のDiag2Diag研究論文が発表された。

【参考記事】

New AI enhances the view inside fusion energy systems(外部)
プリンストンプラズマ物理学研究所の公式発表で、Diag2Diagの開発背景と技術詳細を解説している。

Princeton’s AI reveals what fusion sensors can’t see(外部)
Science Daily誌による報道で、ELM抑制メカニズムの解明への貢献と商業核融合炉への影響を解説。

New AI Technology Revolutionizes Visualization Inside Fusion Energy Systems(外部)
Diag2Diagによるコスト削減効果と核融合以外の高リスク環境への応用可能性について言及している。

【編集部後記】

核融合発電が「夢のエネルギー」と呼ばれ続けてきた理由の一つに、プラズマ制御の難しさがありました。今回のDiag2Diagは、AIが単なる補助ツールではなく、人間の目では捉えきれない現象を「見える化」する存在になりつつあることを示しています。

この技術が他の科学分野や産業にどう波及していくのか、そしてAIと人間の協働がどんな未来を切り拓くのか。皆さんはどのように感じられるでしょうか。核融合炉が実際に稼働する日が近づいているとしたら、私たちの生活やエネルギー観はどう変わっていくのでしょう。

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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