韓国の研究者たちは、むずむず脚症候群(RLS)とパーキンソン病の関連性を調査するため、2002年から2019年の韓国国民健康保険サービスサンプルコホートのデータを用いてコホート研究を実施した。
RLS患者9,919人と対照群9,919人を年齢、性別などで照合し、最長15年間追跡した。平均年齢は約50歳で、女性が62.8%であった。その結果、RLS群のパーキンソン病発症率は1.6%(158人)で、対照群の1.0%(99人)より高かった。
さらに、ドーパミンアゴニストによる治療を受けなかったRLS患者(6,842人)の発症率は2.1%(143人)であったのに対し、治療を受けた患者(3,077人)では0.5%(15人)であった。
研究者たちは、RLSはパーキンソン病の早期症状ではなく潜在的なリスク要因として解釈する方が合理的であり、両疾患の関連性にはドーパミン作動性経路以外のメカニズムが関与している可能性があると結論づけた。本研究はJAMA Network Openに掲載された。
From: Restless Legs Treatment Slashes Increased Risk of Parkinson’s Disease
【編集部解説】
この研究が注目される理由は、むずむず脚症候群(RLS)とパーキンソン病という2つの神経疾患の関係性について、これまでの仮説を覆す可能性があるからです。従来、両疾患はドーパミン作動性経路の異常という共通点から、RLSがパーキンソン病の前兆症状ではないかと考えられてきました。
ところが今回の韓国での大規模研究は、異なる解釈を示しています。ドーパミンアゴニストという薬剤で治療を受けたRLS患者では、パーキンソン病の発症率が0.5%まで低下し、治療を受けなかった患者の2.1%と比べて約4分の1になりました。もし単純にドーパミン神経の衰えが両疾患の原因なら、薬でこれほどリスクが下がることは説明がつきません。
一方で、この結果を解釈する上では注意が必要です。現在のむずむず脚症候群の治療ガイドライン(米国睡眠医学会など)では、ドーパミンアゴニストは長期使用によりかえって症状が悪化する「オーグメンテーション」という現象のリスクがあるため、第一選択薬としては推奨されていません。現在はα2δリガンド(ガバペンチンなど)が第一選択とされ、ドーパミンアゴニストは第二選択薬と位置づけられています。また、鉄欠乏が確認された場合は鉄剤の補充が基本的な治療となります。
したがって、本研究はRLSとパーキンソン病の生物学的な関連性を解明する上で非常に重要ですが、RLS治療の第一歩が必ずしもドーパミンアゴニストではない点は、読者が知っておくべき重要な文脈と言えるでしょう。
研究チームは、睡眠の質の低下や鉄欠乏といった別の共通因子が存在する可能性を指摘しています。RLSによる睡眠障害が長期的に神経系にダメージを与え、それがパーキンソン病の発症につながっているのかもしれません。鉄は脳内でドーパミン合成に不可欠な要素であり、その欠乏が両疾患に影響している可能性も考えられます。(
統計的な差は小さく見えるかもしれませんが、世界中で数百万人がパーキンソン病と共に生きている現実を考えると、予防的介入の可能性は極めて重要です。RLSの適切な治療が、将来のパーキンソン病リスクを減らせる可能性が示されたことで、早期発見と治療介入の重要性が高まったと言えるでしょう。
ただし、RLS患者全員がパーキンソン病になるわけではなく、逆にパーキンソン病患者の多くはRLSの既往歴を持ちません。あくまでリスク要因の一つとして捉え、過度な心配は不要です。
【用語解説】
むずむず脚症候群(RLS)
正式名称はウィリス・エクボム病。下肢に不快な感覚が生じ、じっとしていられなくなる神経疾患である。夜間や安静時に症状が悪化することが多く、睡眠の質に大きな影響を与える。
パーキンソン病
脳内のドーパミン神経細胞が減少することで起こる進行性の神経変性疾患。手足の震え、筋肉のこわばり、動作の緩慢さなどの運動症状が特徴である。
ドーパミンアゴニスト
脳内でドーパミン受容体に結合し、ドーパミンと同様の作用を示す薬剤。パーキンソン病やむずむず脚症候群の治療に用いられる。
ドーパミン作動性経路
脳内でドーパミンが神経伝達物質として機能する神経回路。運動制御、報酬系、意欲などに関与している。この経路の異常が多くの神経疾患と関連している。
コホート研究
特定の集団を長期間追跡し、疾患の発症や要因との関連を調べる観察研究手法。因果関係を検証する上で信頼性が高い研究デザインである。
【参考リンク】
JAMA Network Open(外部)
米国医師会が発行する査読付きオープンアクセス医学誌。幅広い医学分野の研究を掲載し、高い学術的信頼性を持つ。今回の研究もここに掲載された。
Mayo Clinic – Restless Legs Syndrome(外部)
米国の名門医療機関メイヨークリニックによるむずむず脚症候群の解説ページ。症状、原因、診断、治療法について患者向けにわかりやすく説明している。
Parkinson’s Foundation(外部)
パーキンソン病患者支援を行う米国の非営利組織。疾患の統計情報、教育リソース、研究支援などを提供している。
【参考記事】
Risk of Parkinson Disease Among Patients With Restless Legs Syndrome(外部)
JAMA Network Openに掲載された原著論文。韓国の研究チームによる9,919人のRLS患者を対象としたコホート研究の詳細分析。
Common condition could be key risk factor for Parkinson’s disease: study(外部)
ニューヨーク・ポストによる報道。同研究について、RLS患者の約62.8%が女性であることや詳細な統計データを交えて解説している。
Restless leg syndrome’s connection to Parkinson’s disease(外部)
Medical Xpressの記事。研究結果を踏まえ、RLSとパーキンソン病の関連メカニズムについて専門家の見解を詳述している。
【編集部後記】
夜、脚がむずむずして眠れない経験はありませんか?もしかしたらそれは単なる疲れではなく、RLSのサインかもしれません。今回の研究が示すのは「適切な治療を受けることの大切さ」です。
症状を我慢せず、早めに専門医に相談することが、将来のリスクを減らすことにつながる可能性があります。また、睡眠の質や鉄分の摂取といった日常的なケアも、私たちの神経系の健康にとって思っている以上に重要なのかもしれません。気になる症状があれば、ぜひ一度チェックしてみてください。