三菱電機が鉄道向け長距離LiDAR開発 – 600m先の人や障害物を検知、2027年度製品化へ

[更新]2025年11月21日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

三菱電機株式会社は、600メートル先の人や障害物を検知可能な鉄道向け長距離LiDARを業界で初めて開発した。

ガルバノスキャナを適用し、レーザー光の視野角を小さく設定することで点群密度を高め、遠方でも高精度な検知を実現した。鉄道車両に搭載した場合は600メートル先の人を検知でき、沿線に定点設置した場合は600メートル先の20センチメートル程度の落下物を検知可能である。

1.5メートル以上の大きな物体であれば900メートル先でも検知できる。物体検出AIにはグラフニューラルネットワークを活用し、人・車・自転車といった障害物の種類を識別する。

2027年度の製品化を目指す。デモンストレーション機は第9回鉄道技術展2025(11月26日~29日、幕張メッセ)に出展される。

From: 文献リンク業界初、600メートル先の人や障害物を検知可能な鉄道向け長距離LiDARを開発

【編集部解説】

三菱電機が開発した鉄道向け長距離LiDARは、鉄道の自動運転化における長年の技術的課題を解決する可能性を秘めた画期的な技術です。

鉄道車両は自動車と比較して重量が大きく、制動距離が格段に長いという特性があります。国土交通省の省令解釈基準では、新幹線以外の鉄道における非常制動による列車の制動距離は600メートル以下を標準とすることが定められています。これは、日本の在来鉄道に踏切が多く、運転士の肉眼で物体を確認できる距離の限界が600メートルだったことに由来する、いわゆる「600メートル条項」と呼ばれる安全基準です。

この制動距離の長さが、鉄道への自動運転技術の適用を困難にしてきました。従来のLiDAR技術では、距離が増すにつれてレーザー光の間隔が広がり、取得できる点群の密度が低下するため、遠方での検知精度が不十分でした。

今回開発されたLiDARは、ガルバノスキャナと呼ばれる反射鏡制御装置を採用し、レーザー光の水平・垂直方向の視野角を小さく設定することで点群密度を高めています。これにより、鉄道車両に搭載した場合に600メートル先の人を検知できるようになりました。さらに、縦・横・高さがそれぞれ1.5メートル以上の大きな物体であれば、900メートル先でも検知可能です。

特筆すべきは、用途に応じた柔軟な運用が可能な点です。車両搭載時の前方監視だけでなく、沿線に定点設置した場合には、視野角をさらに小さく設定することで600メートル先の20センチメートル程度の小さな落下物まで検知できます。台風後の線路上の安全確認作業など、従来は人手で行っていた作業の効率化に大きく貢献するでしょう。

もう一つの技術的革新は、グラフニューラルネットワークを活用した物体検出AIです。点群データを点間の距離・角度・相対位置などの関係を明示的に表現できるグラフ構造に変換することで、人・車・自転車といった障害物の種類を高速かつ高精度に識別できます。単に障害物を検知するだけでなく、それが何であるかを判別できることで、より適切な対応が可能になります。

LiDARは1550ナノメートルの波長のレーザーを使用しており、人の目に安全なクラス1Mに準拠しています。重量は7.0キログラム、外形サイズは300×160×150ミリメートルと、鉄道車両への搭載を考慮した設計となっています。

労働人口の減少により鉄道の運転手不足が深刻化する中、この技術は鉄道の自動運転化を実現する上で重要な役割を果たすでしょう。三菱電機は2027年度の製品化を目指しており、将来的には高速道路における障害物検知など、多様な用途への適用拡大も図る計画です。

鉄道業界にとって、安全性を確保しながら自動運転化を進めることは喫緊の課題です。600メートル先の人を検知できるこの技術は、まさにその課題解決への大きな一歩となるでしょう。

【用語解説】

LiDAR(Light Detection and Ranging)
光による検知と測距を行う技術。レーザー光を対象物に照射し、反射光が戻るまでの時間や強さから対象物までの距離や形状を点群データとして取得する。自動運転技術における重要なセンサーとして注目されている。

ガルバノスキャナ
反射鏡を制御することでレーザー光を任意の方向へ精密に照射する装置。レーザー光の本数を保ったまま視野角を調整できるため、長距離検知において点群密度を高めることが可能。

点群データ
3次元空間上の多数の点の座標情報の集合。LiDARがレーザー光を照射して得られる距離情報を3次元座標として表現したもので、対象物の形状や位置を詳細に把握できる。

グラフニューラルネットワーク(GNN)
深層学習モデルの一種で、グラフ構造を持つデータを処理する技術。点間の距離・角度・相対位置などの関係を明示的に表現でき、点群データから物体を識別する際に有効。

制動距離
車両がブレーキをかけてから完全に停止するまでに走行する距離。鉄道車両は自動車と比較して重量が大きいため、制動距離が長くなる。

600メートル条項
日本の鉄道安全基準で、新幹線以外の鉄道における非常制動による列車の制動距離を600メートル以下を標準とする規定。国土交通省の省令解釈基準に定められている。

【参考リンク】

三菱電機株式会社(外部)
1921年創業の総合電機メーカー。社会システムから家電まで幅広い事業を展開。

三菱電機 – 社会システム(交通)(外部)
三菱電機の鉄道・交通システム事業の情報ページ。列車制御システムや車両機器を紹介。

国土交通省(外部)
日本の国土交通行政を担う省庁。鉄道に関する技術基準や安全規制を所管する。

三菱重工業 – MIHARA試験センター(外部)
三菱重工業が所有する総合交通システム検証施設。今回のLiDAR検知実証を実施。

【参考記事】

三菱電機、600m先の人も検知できる鉄道向け長距離LiDAR ’27年度製品化(外部)
マイナビニュースによる詳細報道。ガルバノスキャナ技術や物体検出AIの仕組みを解説。

【図解】信号技術で広がる鉄道の自動運転、自動車との違い(外部)
日立製作所による鉄道自動運転技術の解説。制動距離と自動運転の関係を図解で説明。

LiDAR Solutions for Rail Safety – Neuvition(外部)
鉄道安全におけるLiDAR活用事例。600メートル長距離検知を実現する製品を紹介。

600メートル条項 – Wikipedia(外部)
日本の鉄道安全基準である600メートル条項の歴史的背景と現行規定を解説。

Lidar technology to enhance rail freight operations(外部)
欧州における鉄道貨物運用でのLiDAR技術活用事例を紹介する記事。 

【編集部後記】

鉄道の自動運転化は、単なる技術革新ではなく、少子高齢化社会における公共交通の維持という切実な課題への回答です。600メートル先を見通す「目」を持つことで、鉄道は初めて真の自動運転に近づけるのかもしれません。皆さんが日常的に利用される鉄道が、数年後には無人運転になっている可能性もあります。安全性と利便性のバランスをどう取るべきか、私たち一人ひとりが考えるべきテーマではないでしょうか。技術の進化が社会インフラをどう変えていくのか、ぜひ一緒に見守っていきましょう。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、皆さんと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…