思考読み取りBCIが実現、スタンフォード研究チームが麻痺患者で実証

[更新]2025年8月26日10:44

思考読み取りBCIが実現、スタンフォード研究チームが麻痺患者で実証 - innovaTopia - (イノベトピア)

スタンフォード大学を中心とした研究機関の研究者らが開発した脳コンピューター・インターフェース(BCI)システムが、思考をテキストや音声に変換することに成功した。

重篤な麻痺を患う4名のボランティアでの試験において、このデコーダーは思考を音声に変換する精度で最大74パーセントを達成した。システムはフォネーム(音素)に関連するパターンを検出するインプラントに基づいており、機械学習により脳信号と単語を結びつけるよう訓練された。

研究対象は運動皮質部分で、話そうと試みる際の脳パターンと単語を想像する際のパターンに重複があることが判明した。確率計算を加えることで、内なる言葉のみで最大12万5千語を認識できる。スタンフォード大学の神経科学者ベンヤミン・メシェーデ=クラサ氏とフランク・ウィレット氏が研究に参加した。

プライバシー保護のため、デコーディング開始・停止用の特別なパスワード思考機能が98パーセントの精度で実験された。研究はCell誌に掲載された。

From: 文献リンクThis Incredible Brain Implant Can Decode Inner Thoughts Into Speech

【編集部解説】

この研究の意義を理解するには、従来の脳コンピューター・インターフェースが抱えていた根本的な制約を知る必要があります。これまでのシステムでは、麻痺患者が実際に発話を試みる動作が必要でした。つまり、声は出なくても口や舌を動かそうとする意図的な努力が求められていたのです。今回の技術は、そうした物理的な努力を一切必要としない点で革命的と言えるでしょう。

注目すべきは、研究チームが発見した脳信号の重複パターンです。発話を試みる際の脳活動と、頭の中で言葉を思い浮かべる際の活動には共通部分があることが判明しました。これは神経科学的にも興味深い発見で、私たちの「内なる声」が実際の発話メカニズムと密接に関連していることを示唆しています。

しかし、この技術の最も深刻な課題はプライバシーの問題でしょう。研究中、参加者が形や色を数える作業をしていた際、意図していない内心の呟きまでシステムが検知してしまったケースが報告されています。これは「思考の透明化」という新たな倫理的フロンティアを私たちに突きつけています。

研究チームが開発した「chitty chitty bang bang」というパスワード機能は98パーセントの精度で動作しましたが、これだけでは不十分かもしれません。将来的にコンシューマー向けBCIが普及した場合、AppleやMeta、Googleといった企業が思考データにアクセスする可能性も指摘されています。

技術的な限界も明確にしておく必要があります。現在の精度74パーセントは最大値であり、多くの場合はそれを大幅に下回ります。また、MITの認知神経科学者エヴェリーナ・フェドレンコ氏が指摘するように、人間の思考の多くは言語化されておらず、「記録される内容の大部分はノイズ」というのが現実です。

それでも、この技術がALS患者や脳卒中患者にもたらす恩恵は計り知れません。眼球の動きでしかコミュニケーションできなかった患者が、12万5千語の語彙から自然な速度で意思疎通できる可能性は、医療分野における大きな希望となるでしょう。

規制面では、FDAが外科的インプラントBCIを監督する立場にありますが、ウェアラブル型BCIについては規制の枠組みが不明確です。この技術の急速な発展を考えると、思考プライバシーを新たなカテゴリーとして保護する法整備が急務と言えるかもしれません。

【用語解説】

脳コンピューター・インターフェース(BCI)
脳の電気的活動と外部装置を直接接続し、脳信号をコンピューターや機械で読み取って制御するシステム。1973年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校のジャック・ヴィダルによって概念が提唱された。

フォネーム(音素)
言語における音声の最小単位。同じ言語内で意味の違いを生み出す最小の音の区別。英語では約44個、日本語では約30個程度の音素が存在する。

運動皮質
大脳皮質の前頭葉にある脳の領域で、身体の随意運動を制御する。一次運動皮質(ブロードマンエリア4)、前運動皮質、補足運動野から構成される。

機械学習
コンピューターがデータから自動的にパターンを学習し、予測や分類を行うAI技術。神経科学では脳信号の解析、パターン認識、予測モデル構築に広く活用されている。

【参考リンク】

Stanford University(外部)
1885年創立の私立研究大学。シリコンバレーに位置し、20名のノーベル賞受賞者を輩出。今回の研究を主導した研究機関

Cell Journal(外部)
1974年創刊のライフサイエンス分野における世界最高峰の学術雑誌。Nature、Scienceと並んで三大科学誌の一つ

BrainGate(外部)
今回の研究に参加したベンヤミン・メシェーデ=クラサ氏とフランク・ウィレット氏が所属する脳コンピューター・インターフェース研究コンソーシアム

【参考記事】

Brain implants that decode a person’s inner voice may threaten privacy(外部)
NPRの記事で、BCIのプライバシー問題について詳細に解説。研究中に参加者の意図しない内心の呟きが検知されたケースや、98パーセントの精度で動作するパスワード機能について報告

New brain implant can decode a person’s ‘inner monologue’(外部)
Live Scienceによる技術的詳細の解説。74パーセントの最大精度や12万5千語の語彙対応について具体的数値とともに報告

Brain Implant Translates Silent Inner Speech into Words, But Critics Raise Fears(外部)
ZME Scienceの記事で、技術の社会的影響と倫理的課題を包括的に分析。MITの認知神経科学者エヴェリーナ・フェドレンコ氏のコメントを含む専門家の見解を紹介

A mind-reading brain implant that comes with password protection(外部)
Nature誌による学術的視点からの解説。プライバシー保護機能の重要性と将来的な規制の必要性について詳述

【編集部後記】

内なる声が音声として外部に出力される──これは私たちが子どもの頃に夢見た「テレパシー」に近い体験かもしれません。でも同時に、頭の中の独り言まで読み取られてしまう技術には、少し背筋がひやりとしませんか?
この研究は医療分野での可能性を大きく広げる一方で、私たちのプライバシーという概念そのものを根底から問い直すきっかけにもなりそうです。

みなさんは、もしこの技術が普及した未来で生活するとしたら、どんなルールや仕組みがあれば安心して使えると思いますか?
それとも、思考の自由を守るために、あえて使わない選択をするでしょうか?

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TaTsu
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