京都大学と広島大学の研究チームが、量子もつれの一種であるW状態を識別する新しいもつれ測定方法の開発に成功した。
対応著者の竹内繁樹氏によると、GHZ状態のもつれ測定に関する最初の提案から25年以上を経て、3光子W状態に対する真の実験実証を初めて実現した。研究チームはW状態の循環シフト対称性の特性に着目し、任意の光子数のW状態に対して量子フーリエ変換を実行する光学量子回路を使用する方法を理論的に提案した。
高安定性光学量子回路を使用して3つの光子に対するデバイスを作成し、能動制御なしに長期間安定して動作させることに成功した。この成果により量子テレポーテーション、新しい量子通信プロトコル、多光子量子もつれ状態の転送、測定ベース量子コンピューティングの新しい方法への道が開かれる。
From: New quantum breakthrough could transform teleportation and computing
【編集部解説】
京都大学と広島大学の研究チームが成し遂げたW状態の測定技術は、量子コンピューティング分野における長年の課題を解決した画期的な成果です。
量子もつれには主にGHZ状態とW状態という2つの代表的な形があります。GHZ状態の測定技術は既に25年前から確立されていましたが、W状態については理論的提案すら存在しませんでした。この技術的ギャップが、量子通信や量子コンピューティングの実用化における大きな障壁となっていたのです。
W状態の最も重要な特徴は、その「頑健性」にあります。3つの量子ビットのうち1つが失われても、残りの2つの量子ビットは依然としてもつれ状態を維持します。一方、GHZ状態では1つの量子ビットを失うと完全に分離してしまうため、実用的な量子ネットワークでは信頼性の面でW状態が有利とされてきました。
今回の技術革新により、量子テレポーテーションの効率性が飛躍的に向上する可能性があります。特に測定ベース量子コンピューティング(MBQC)と呼ばれる分野では、この成果が直接的な影響を与えるでしょう。MBQCは従来のゲートベース量子コンピューターと異なり、事前に準備したもつれ状態に対する測定を順次実行することで計算を行う手法です。
実用化への道筋を考えると、この技術は既存の光ファイバー通信インフラと組み合わせることで、量子インターネットの基盤技術となる可能性を秘めています。2024年には実際の通信網を使った量子テレポーテーションの実証実験も成功しており、研究チームの成果はこうした実用化研究に新たな選択肢を提供します。
潜在的なリスクとしては、W状態測定技術の高度化により、既存の暗号化システムに対する新たな脅威が生まれる可能性があります。量子暗号通信の発達は情報セキュリティを強化する一方で、従来の暗号技術を無効化するリスクも内包しているからです。
長期的な視点では、この技術は量子センサーネットワークや分散量子コンピューティングシステムの実現に不可欠な要素となるでしょう。特に2025年が国連により「国際量子技術年」に指定されている中で、この成果のタイミングは極めて戦略的といえます。
【用語解説】
量子もつれ(量子エンタングルメント)
複数の粒子が古典物理学では説明できない特殊な相関関係を持つ量子力学的現象。一方の粒子の状態を測定すると、遠く離れた他方の粒子の状態が瞬時に決定される。
W状態
3つの量子ビットが特定の形で量子もつれした状態。1つの量子ビットが失われても残りの2つがもつれを維持する頑健性を持つ。2000年にウォルフガング・ダー(Wolfgang Dür)らによって初めて提案された。
GHZ状態
グリーンバーガー・ホーン・ザイリンガー状態の略称。3つ以上の粒子による量子もつれの一形態で、1つの粒子が失われると完全に分離してしまう特性がある。
量子フーリエ変換
量子コンピューティングにおける基本的な数学的操作の1つ。古典的なフーリエ変換の量子版で、量子状態の重ね合わせを別の基底に変換する技術。
量子トモグラフィー
量子状態を完全に特定するために必要な測定の集合。光子数の増加に対して測定回数が指数関数的に増加するスケーラビリティの問題がある。
測定ベース量子コンピューティング(MBQC)
事前に準備した多粒子もつれ状態に対して順次測定を実行することで計算を行う量子コンピューティング手法。従来のゲートベースとは異なるアプローチ。
【参考リンク】
京都大学 竹内研究室(外部)
京都大学大学院工学研究科電子工学専攻の竹内繁樹教授が率いる研究室。光量子情報、光量子センシング、ナノフォトニクスの研究を行う
広島大学 量子光学物性研究室(外部)
広島大学先進理工系科学研究科の角屋豊教授らが主宰する研究室。テラヘルツ技術、量子光学、メタマテリアルの開発研究を実施
Science Advances – W状態もつれ測定に関する研究論文(外部)
今回の研究成果を詳述した学術論文。W状態の循環シフト対称性を活用した新しいもつれ測定手法について解説
【参考記事】
W state – Wikipedia(外部)
W状態の基本的な特性と数学的記述について詳述。GHZ状態との違いや、1つの量子ビットを失っても残りがもつれを維持する頑健性の説明
Measuring the quantum W state: Seeing a trio of entangled photons – Phys.org(外部)
今回の研究成果を技術的観点から解説した記事。高安定性光学量子回路を用いた3光子W状態の実験実証について詳述
Three-Qubit W-States on a Quantum Computer – Wolfram Demonstrations(外部)
W状態の量子回路実装とGHZ状態との特性比較を視覚的に説明。W状態の頑健性とベルの定理における役割についても解説
Entangled measurement for W states – PMC(外部)
研究論文の詳細な技術解説。W状態の循環シフト対称性を利用した測定手法の理論的背景と実験結果を提示
Measuring the quantum W state – EurekAlert!(外部)
研究成果の概要と意義について分かりやすく解説。量子コンピューティングと量子通信への応用可能性について説明
【編集部後記】
今回の研究成果を知って、量子の世界の不思議さに心が躍った方も多いのではないでしょうか。25年という長い年月をかけて解決された技術課題が、私たちの日常にどんな変化をもたらすのか、一緒に考えてみませんか。
特にW状態の「頑健性」は、将来の量子ネットワークの信頼性を大きく左右する特性です。皆さんはこの技術が実用化されたとき、どんな分野での応用を最も期待されますか?量子テレポーテーションから始まり、私たちの情報社会がどう進化していくのか、ぜひご一緒に見守っていきましょう。