NVIDIA Jetson Thor一般提供開始、ヒューマノイドロボットにリアルタイム推論能力を実装

[更新]2025年8月26日11:41

 - innovaTopia - (イノベトピア)

NVIDIAは新しいロボティクスコンピューター「Jetson Thor」の一般提供を開始した。前世代のJetson Orinと比較して7.5倍のAIコンピュート、3.1倍のCPUパフォーマンス、2倍のメモリを提供し、ロボットがリアルタイムで視覚的推論(visual reasoning)を実行できるようにする。

Agility RoboticsとBoston Dynamicsが採用を発表し、それぞれヒューマノイドロボット「Digit」と「Atlas」に統合する。スタンフォード大学、カーネギーメロン大学、チューリッヒ大学の研究室も活用を開始している。

生成的推論モデル向けに最適化され、大規模トランスフォーマーモデルや視覚言語モデルをエッジでリアルタイム実行可能にする。外科手術アシスタント、配送ロボット、産業用マニピュレーターなど幅広い用途に対応する。

developer kitは3,499ドル、製品モジュールは1,000台単位で2,999ドルで販売される。

From: 文献リンクNVIDIA Jetson Thor Unlocks Real-Time Reasoning for General Robotics and Physical AI

【編集部解説】

Jetson Thorの技術的側面から見ると、BlackwellアーキテクチャのFP4とFP6という新しいデータ形式が重要な役割を果たしています。従来のJetson Orinが最大275 TOPSだったのに対し、Jetson Thorは1,035 FP8 TOPSと2,070 FP4 TOPSを達成しており、これは単なる性能向上ではなく、データ処理の精度と効率性の根本的な改善を意味します。

業界への影響範囲は、現在のロボティクス市場717億8,000万ドル(2025年)が1,508億4,000万ドル(2030年)に成長する予測と密接に関連します。特に重要なのは、Amazon、Meta、Boston Dynamics、Caterpillar、Analog Devicesなどの大手企業が早期採用者として名乗りを上げていることで、これがネットワーク効果を生み出し、標準化を促進する可能性があります。

この技術により可能になる具体的な応用は多岐にわたります。医療分野では、リアルタイムでマルチカメラストリームを解析し外科医を支援するスマート手術室、製造業では非構造化環境での複雑な操作タスクを実行するヒューマノイドロボット、さらに作業員安全監視のための視覚AIエージェントなどです。カーネギーメロン大学の研究では、医療トリアージと捜索救助を行う自律ロボットへの応用も進んでいます。

一方で潜在的なリスクも存在します。3,499ドルという高価格設定により、小規模開発者やスタートアップのアクセスが制限される可能性があります。また、サードパーティ製造業者への依存は品質管理と納期の不確実性をもたらします。さらに重要なのは、エッジでのAI処理能力向上が、データプライバシーとセキュリティに新たな課題を提起することです。

規制への影響については、現時点では具体的な規制議論は限定的ですが、Physical AIの急速な発展は労働市場への影響と安全基準の見直しを必要とする可能性があります。特にヒューマノイドロボットが倉庫や工場で人間と協働する環境では、新しい安全プロトコルの策定が急務となるでしょう。

長期的な視点では、このプラットフォームは「物理世界のオペレーティングシステム」としてのNVIDIAの地位を確立する戦略的変曲点となる可能性があります。CUDAエコシステムとの統合により、開発者のロックイン効果が強化され、競合他社(Intel、AMD、Tesla等)に対する競争優位性が維持される見込みです。ただし、この技術的優位性が持続するかは、継続的なイノベーションと市場の受容度に依存します。

【用語解説】

NVIDIA Jetson Thor:NVIDIAが開発したロボティクス用コンピューターモジュール。BlackwellアーキテクチャGPUを搭載し、前世代比7.5倍のAI性能を実現する。

Physical AI:物理世界で動作し、現実環境と相互作用するAIシステムの総称。従来のソフトウェア上のAIとは異なり、センサーとアクチュエーターを通じて現実世界に働きかける。

Agility Robotics:2015年にオレゴン州立大学の研究成果をもとに設立されたヒューマノイドロボット開発企業。商業化されたヒューマノイド「Digit」を製造している。

Boston Dynamics:30年以上にわたり業界最先端のロボットを開発してきた企業。現在はHyundai Motor Groupの子会社で、ヒューマノイドロボット「Atlas」で知られる。

Blackwellアーキテクチャ:NVIDIAの最新GPU設計で、2つのダイを1パッケージに封入したチップレット構造を採用。2080億個のトランジスタを搭載し、生成AIとアクセラレーテッドコンピューティング向けに最適化されている。

CUDA:NVIDIAが開発したGPU向け汎用並列コンピューティングプラットフォーム。専用のC/C++コンパイラやライブラリを提供し、GPU計算の業界標準となっている。

Tensor Core:NVIDIAが開発したAI処理専用のプロセッサコア。BlackwellのTensor Coreは第5世代に進化し、前世代比2倍以上の性能向上を達成している。

Jetson T5000:Jetson Thorファミリーの製品モジュール名。2560個のCUDAコア、96個の第5世代Tensor Core、128GB LPDDR5Xメモリを搭載し、40-130Wの可変電力設計を採用する。

【参考リンク】

NVIDIA公式サイト(外部)
NVIDIAのAI、ロボティクス、GPU技術の最新情報と製品詳細。人工知能コンピューティングのリーディングカンパニーとして、GPU発明からPhysical AIまで幅広い技術を提供。

NVIDIA Jetson Thor製品ページ(外部)
2,070 FP4 TFLOPS、128GB メモリ、40-130W可変電力設計などの技術仕様と、Physical AIアプリケーションの開発者向けリソースを提供。

Agility Robotics公式サイト(外部)
ヒューマノイドロボット「Digit」の開発・製造企業。世界初のヒューマノイドロボット工場「RoboFab」を運営し、年間10,000台の生産能力を持つ。

Boston Dynamics公式サイト(外部)
ヒューマノイドロボット「Atlas」と四足歩行ロボット「Spot」で知られるロボティクス企業。30年以上の研究開発実績と商用展開の経験を有する。

NVIDIA BlackwellアーキテクチャページJA(外部)
Blackwellアーキテクチャの技術詳細と特徴。AI推論時代のAIファクトリーを支えるエンジンとして、画期的な性能と効率性を提供。

【参考記事】

NVIDIA Blackwell-Powered Jetson Thor Now Available(外部)
Jetson Thorの一般提供開始とBlackwellアーキテクチャの技術的優位性について報じる記事。Amazon、Meta、Boston Dynamicsなど大手企業の採用状況を詳述。

NVIDIA’s Jetson Thor and the Dawn of Physical AI(外部)
Jetson ThorがPhysical AI時代の戦略的変曲点となる可能性を分析。717億8,000万ドルから1,508億4,000万ドルへのロボティクス市場成長予測と関連付けて解説。

NVIDIA Jetson AGX Thor Developer Kit Hardware(外部)
Jetson AGX Thor Developer Kitのハードウェア構成と性能を詳細分析。Blackwellアーキテクチャの技術仕様と前世代からの改善点を解説。

Amazon, Meta Among Early Adopters Of Nvidia’s Jetson Thor(外部)
Amazon、Meta、Caterpillar、Boston Dynamicsなど主要企業のJetson Thor早期採用について報告。業界への影響とネットワーク効果の可能性を分析。

NVIDIA Jetson Thor: Redefining AI and Humanoid Robotics(外部)
Jetson ThorがPhysical AIとヒューマノイドロボティクスに与える革命的影響を解説。技術的ブレークスルーと将来的な応用分野について詳述。

NVIDIA Jetson Thor: New SoC Features Guide(外部)
Jetson Thorの詳細な技術仕様を解説。2560 CUDAコア、96個の第5世代Tensor Core、14コアArm Neoverse V3AE CPU、128GB LPDDR5X、273GB/s帯域幅などの完全スペックを網羅。

【編集部後記】

Jetson Thor の発表で改めて感じるのは、Physical AI の「エッジ革命」が本格化したということです。7.5倍の性能向上という数値も興味深いですが、むしろ3,499ドルという価格設定が、ヒューマノイドロボット開発の民主化をどこまで進めるのでしょうか?一方で、Amazon、Meta、Caterpillarなどの大手企業が早期採用を表明する中、中小企業や個人開発者のアクセスは制限される構図も見えてきます。また、FP4という超低精度演算による2,070 TFLOPSという性能がどの程度実用的なのか、従来のFP16との品質差はユーザー体験に影響するのでしょうか?医療トリアージや捜索救助への応用可能性は人道的観点から見ても注目すべき点ですね。

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乗杉 海
新しいものが大好きなゲーマー系ライターです!

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