NASA協力の4脚登攀ロボット「Loris」、DIG制御で宇宙探査の新時代へ

 - innovaTopia - (イノベトピア)

カーネギーメロン大学のロボティクス博士課程学生ポール・ナダン氏が率いるチームが、数年間にわたってLorisロボットを開発している。IEEE Spectrumが新しい動画を公開した。

Lorisは急峻な表面を登攀できるロボットで、昆虫や爬虫類の登攀能力を模倣した生体インスパイア型マイクロスパイングリッパーを使用する。マイクロスパインは表面の小さな突起に強力なグリップで引っかかる仕組みだ。ナダン氏はマイクロスパインを「岩の表面にある微細な凹凸すべてを捉える、たくさんの鋭い小さなフック」と説明している。動画では、Lorisが様々な垂直面を登攀する様子が示されている。このロボットは軽量でエネルギー効率が高く、インテリジェントセンシングと制御システムによってバランスと安定性を保つ。地球上や月、火星などでのアクセス困難な地形の探査、倒壊した建物での捜索救助任務、環境監視や点検への応用が期待される。

From: 文献リンクThis amazing climbing robot comes with claws

【編集部解説】

カーネギーメロン大学が開発したLorisロボットについて、まずその技術的な革新性を理解しておきましょう。これまでの登攀ロボットには大きく2つの課題が存在していました。受動型マイクロスパイングリッパーは軽量で高速ですが、平らな壁面での使用に限定されがちです。一方、能動型は不規則な岩面にも対応できるものの、重量が大きく動作が遅いという問題を抱えていました。

Lorisの最大の技術的ブレークスルーは、昆虫の登攀行動にヒントを得た「Directed Inward Grasping(DIG)」という制御戦略にあります。これは対角線上に配置された脚のグリッパーが同時に表面を掴み、内向きの張力を維持することで安定性を確保する手法です。この仕組みにより、わずか3.2kgという軽量でありながら、地球の重力下で不規則な垂直岩面の登攀を実現しています。

論文によると、研究チームがコンクリートブロック壁での登攀テストを実施した結果、DIG制御システムを使用した場合の成功率は10回中6回、未使用の場合は10回中1回という顕著な差が示されました。また、歩行失敗率もDIG使用時には6.4%から2.3%まで改善されています。

この技術の応用範囲は極めて広範囲に及びます。地球上では倒壊建物での捜索救助活動、アクセス困難な環境での点検作業、環境監視などが想定されています。さらに注目すべきは、NASAとの共同開発であることです。月面や火星などの極限環境での探査ミッションへの適用が本格的に検討されており、従来のローバーではアクセス不可能な急峻な地形の科学的調査を可能にする可能性を秘めています。

ただし、現段階では実用化に向けた課題も残存しています。現在の信頼性レベルでは、実際のミッション環境での運用には不十分とされています。特に4脚構造では、1つのグリッパーが失敗すると回復不可能な状況に陥るリスクがあり、研究チームは6脚構造への移行も検討課題として挙げています。

長期的な視点では、このような生物模倣型ロボティクス技術は、ロボットの適応能力向上における重要なマイルストーンとなるでしょう。自然界の生物が何千万年もかけて獲得した効率的な移動メカニズムを工学的に再現する取り組みは、ロボット工学の新たな可能性を切り開いています。

【用語解説】

マイクロスパイングリッパー

魚釣り針のような小さな鋭いフックを多数配置した把持機構。表面の微細な凹凸に引っかかることで強力な把持力を発揮する。受動型と能動型に分類され、受動型は軽量だが平坦な面に限定される一方、能動型は不規則な面に対応するが重量とエネルギー消費が大きいという特性がある。

Directed Inward Grasping(DIG)

昆虫の登攀行動を模倣した制御戦略。対角線上に配置された脚のグリッパーが同時に表面を掴み、内向きの張力を維持することで安定性を確保する手法。この制御により、4脚ロボットでも垂直面での安定した登攀が可能になる。

受動的手首関節

外部からの力や脚の動きに応じて自由に動く関節構造。能動的な制御を必要とせず、地形に応じてグリッパーが自然に適応することを可能にする。これにより機構の簡素化と軽量化を実現している。

ICRA(International Conference on Robotics and Automation)

IEEE Robotics and Automation Societyが主催するロボティクス分野最高峰の国際会議。毎年開催され、世界中の研究者が最新の研究成果を発表する場として知られている。2024年は横浜で開催された。

【参考リンク】

  1. Carnegie Mellon University Robotics Institute(外部)
    世界有数のロボティクス研究拠点として、自律走行車からヒューマノイドロボットまで幅広い分野で先端的な研究開発を行っている。
  2. IEEE Robotics and Automation Society(外部)
    ロボティクスと自動化分野における世界最大の専門学会。技術標準の策定、国際会議の開催、学術誌の発行を通じて分野の発展に貢献している。
  3. NASA Jet Propulsion Laboratory(外部)
    火星探査機や深宇宙探査ミッションを担当するNASAの研究開発機関。宇宙探査用ロボティクス技術の開発において世界をリードしている。

【参考動画】

Carnegie Mellon University公式チャンネル – Lorisロボットの実際の登攀動作を詳細に記録した公式動画。コンクリートブロック壁や不規則な岩面での登攀テストの様子が確認できる。

【参考記事】

  1. LORIS: A Lightweight Free-Climbing Robot for Extreme Terrain Exploration – Carnegie Mellon University(外部)
    カーネギーメロン大学が公開した公式論文。Lorisの技術詳細、DIG制御システム、実験結果の具体的数値データを含む最も重要な一次資料。
  2. Rock-climbing robot scales rough walls with bio-inspired grippers – New Atlas(外部)
    技術系メディアによる詳細解説記事。ロボットの重量、マイクロスパインの構造、NASAとの共同開発に関する背景情報を提供している。
  3. Lizard-like robot climbs walls with insect-inspired passive grippers – Interesting Engineering(外部)
    工学系専門メディアによる技術分析記事。4脚構造の限界と6脚構造への改良提案、現在の信頼性課題について詳細に言及している。
  4. Passive gripper: robotic lizard climbs rough, vertical surfaces – heise online(外部)
    ドイツの技術系メディアによる解説。1メートル高壁面での登攀テスト結果の具体的数値データを報告している。

【編集部後記】

生物の動きを模倣したロボティクス技術は、私たちが想像する以上に身近な課題解決につながる可能性を秘めています。災害現場での人命救助や、老朽化したインフラの点検など、人間がアクセスできない場所での活動は今後ますます重要になってくるでしょう。

こうした極限環境で活躍するロボット技術が、将来どのような分野で最も価値を発揮するのか。テクノロジーの進歩と自然界の知恵の融合から生まれる新たな可能性について今後の技術革新に期待していきたいと思います。


読み込み中…
advertisements
読み込み中…