Gamescom 2025において、ASUSマルチメディア事業部のコーポレート・バイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーであるKent Chien氏がインタビューに応じた。
Chien氏は2007年からASUSのグラフィックスカード関連事業を担当し、GPU業界で30年の経験を持つ。ASUSは現在グラフィックスカードの30周年を祝い、ROG Matrix GeForce RTX 5090 ASUS Graphics Cards 30th Anniversary Editionをリリースしている。
Chien氏によると、30年前のVGAグラフィックスカードは30ドルだったが、現在の最新GPUは3,000ドル弱となっている。メモリサイズは32MBから12GB、16GB以上に増加した。解像度は800×600から大幅に向上し、2Dから3Dへと進化している。コンピューティングパワーの需要は数十万倍に増加し、必要なパワーは約100万倍増加したが、価格は30倍の上昇にとどまっている。
Chien氏は現在の価格を「異常」と表現し、製造業者が100ドルで価格設定してもエンドユーザーには200ドルから300ドルで販売されると説明した。ASUSは価格をコントロールできず、サードパーティ製造業者はコストについて発言権がないと述べた。
From: Asus VP reveals that is has no control over ‘crazy’ GPU pricing
【編集部解説】
今回のASUSのKent Chien氏による証言は、グラフィックス業界の構造的な問題を浮き彫りにした非常に興味深いものです。これは単なる価格設定の話を超えて、現代のテクノロジー産業が抱える根本的な課題を示しています。
GPU価格の歴史的変遷と技術進化の代償
Chien氏が語った30ドルのVGAから現在の3,000ドル近いGPUへの変遷は、まさにムーアの法則が示すテクノロジーの急激な進歩と、それに伴うコストの複雑化を象徴しています。32MBから16GB超への記憶容量の増加、800×600から4K以上への解像度向上は、文字通り「百万倍」の処理能力向上を必要とし、これが価格に反映されているのです。
特に注目すべきは、コンピューティングパワーの需要が100万倍に増加したにも関わらず、価格上昇は30倍に留まっているという点です。これは技術革新による効率化と大量生産効果が、価格抑制に大きく貢献していることを示唆しています。
AIB(Add-In Board)パートナーが直面する構造的ジレンマ
今回の証言で最も重要なのは、ASUS自身がGPU価格を「異常(crazy)」と認識しながらも、その価格決定権を持たないという現実です。製造業者が100ドルで設定した価格が、エンドユーザーには200-300ドルで届くという実態は、GPU産業の複雑なサプライチェーンを物語っています。
この構造は、NVIDIAやAMDがチップ設計とコア技術を握り、ASUSやMSIなどのAIBパートナーが実際の製品化を担当する分業体制に起因します。しかし近年、NVIDIAが自社のFounders Editionで直接競合することで、AIBパートナーのマージンはさらに圧迫されています。実際、最新のRTX 50シリーズでは、AIBパートナーの利益率が極めて低く「MSRPで販売するのは慈善事業のようだ」という状況が報告されています。
市場の需給バランスと消費者心理の影響
Chien氏が指摘した「美しい画質に消費者が興奮し、より多く支払う意欲を示す」という観察は、GPU市場の独特な動態を表しています。これは単純な需給関係を超えて、ゲーマーやクリエイターの「最先端技術への渇望」が価格形成に大きな影響を与えていることを示唆しています。
今後の展望と産業への影響
この状況は、GPU産業全体にとって持続可能性の問題を提起しています。EVGAのようなAIBパートナーがGPU事業から撤退した例もあり、今後は市場の寡占化が進む可能性があります。また、AIブームによってデータセンター向けGPUに注力するNVIDIAにとって、ゲーミングGPUの価格設定はより複雑な戦略的判断となっています。
消費者にとっては、この構造的問題が解決されない限り、GPU価格の高騰は続く可能性が高く、アップグレードサイクルの長期化や、中古市場への依存度増加といった影響が予想されます。同時に、IntelやAMDによる競争激化が、この状況を改善する唯一の希望となっているのが現実です。
【用語解説】
VGA(Video Graphics Array)
1987年にIBMが策定したコンピュータディスプレイ標準。640×480ピクセル、16色表示が可能で、1990年代まで主流だったグラフィックス規格である。
AIB(Add-In Board)パートナー
NVIDIAやAMDからGPUチップを購入し、独自の冷却システムやPCB設計を加えてグラフィックスカードを製造・販売する企業。ASUSやMSI、Gigabyteなどが代表的である。
Founders Edition
NVIDIAが自社で設計・販売するリファレンス仕様のグラフィックスカード。GTX 10シリーズから採用された呼称で、AIBパートナー製品との差別化を図っている。
MSRP(Manufacturer’s Suggested Retail Price)
メーカー希望小売価格。実際の市場価格とは異なることが多く、特にGPU市場では需給バランスにより大幅に上回ることが頻繁にある。
BOM(Bill of Materials)キット
GPUメーカーがAIBパートナーに提供する部品一式。GPUチップだけでなく、VRAM、電源回路部品なども含まれることが多い。
DLSS(Deep Learning Super Sampling)
NVIDIAが開発したAI技術を用いた画質向上技術。低解像度でレンダリングした画像を機械学習によって高解像度に変換することで、性能向上と画質維持を両立する。
【参考リンク】
【参考記事】
【編集部後記】
今回のASUS副社長の証言を読んで、皆さんはどう感じられましたか。GPU価格の高騰は多くの方が実感されているところかと思いますが、実は製造業者自身も「価格統制力の欠如」に悩んでいるという事実は意外だったのではないでしょうか。
普段、新しいグラフィックスカードを前に「なぜこんなに高いのか」と感じることがありますが、その背景にはこうした複雑な業界構造があったというわけです。GPU選びの際には、どのような点を重視されるでしょうか。性能重視か、コストパフォーマンス重視か。それとも、この業界の構造変化を待つという選択肢もあるかもしれません。
グラフィックスカード業界の動向については今後も注視し、追っていきたいと思います。