TSMCは、米国製AI製品への需要増加に対応するため、アリゾナ工場における先進プロセスノードの展開を加速している。
同社は現在、アリゾナのFab 21でN4(4ナノメートル)プロセス技術によるチップを生産しており、2024年第4四半期より量産を開始してAppleとNvidia向けのチップを製造している。計画されている6工場のうちN3ノードを導入する第2工場は2028年の稼働開始を予定している。
N2ノードは当初2020年代末まで米国工場への導入が予想されていなかったが、C.C.ウェイCEOは第3四半期決算説明会で、顧客からの強力なAI関連需要を理由に、このタイムラインを加速させると明らかにした。Apple、Nvidia、AMDといった主要顧客が、同工場での生産を計画している。
From: TSMC hurrying to bring advanced chip tech to Arizona fab
【編集部解説】
このニュースで注目すべきは、TSMCが従来の戦略を大きく転換している点です。台湾のファウンドリ最大手は長年、最先端プロセス技術を台湾本土に留保し、海外工場には一世代以前の技術を展開する方針を貫いてきました。それが今回、AI需要の急拡大という市場環境の変化により、米国工場への最新技術導入を前倒しする決断に至っています。
この戦略転換の背景には、地政学的要因が深く関わっています。トランプ政権下で強化された関税政策と「米国製造」への圧力が、AppleやNvidiaといった大手顧客の調達戦略に影響を与えています。特にAI向け半導体は今後数年間で市場規模が飛躍的に拡大すると予測されており、これらの企業は供給網の安定化とリスク分散を重視せざるを得ない状況にあります。
技術的な観点から見ると、N2プロセスノードは従来のN4やN3と比較して、トランジスタ密度とエネルギー効率で大幅な改善が期待されています。特にAIワークロードでは演算密度の向上が性能に直結するため、最新プロセスへのアクセスは競争力の要となるでしょう。
もう一つ見逃せないのが、Intelの動向です。記事で言及されている18Aプロセスは、バックサイド電力供給という革新的な技術を採用しており、既に米国内で製造が可能となっています。TSMCにとって、技術面でも地理的優位性でもIntelに先を越されるリスクが現実味を帯びてきたことが、今回の計画加速の一因と考えられます。
ただし、この急速な展開にはリスクも伴います。最先端プロセスの立ち上げには膨大な投資と高度な技術人材が必要です。米国での製造コストは台湾の数倍に上るとされており、収益性の確保が課題となるでしょう。また、予定を前倒しすることで品質管理や歩留まりの面で問題が生じる可能性も否定できません。
長期的には、この動きが半導体産業の地政学的再編成を加速させる可能性があります。最先端半導体製造が特定地域に集中するリスクへの認識が高まる中、主要市場での現地生産能力の確保は業界全体のトレンドとなりつつあります。TSMCの今回の決断は、その流れを決定的なものにするかもしれません。
【用語解説】
プロセスノード
半導体製造における微細化技術の世代を示す指標。N4は4ナノメートル、N3は3ナノメートル、N2は2ナノメートルを意味し、数字が小さいほど回路の微細化が進んでおり、性能向上と消費電力の削減が可能となる。
バックサイド電力供給
トランジスタの裏面から電力を供給する技術。従来の表面配線と比較して、信号線と電源線の干渉を減らし、トランジスタ密度の向上と性能改善を実現できる革新的なアプローチである。
Fab 21
TSMCがアリゾナ州に建設した半導体製造工場の名称。同社初の米国本格生産拠点として、2024年第4四半期に量産を開始した。
18A
Intelが開発中の1.8ナノメートルクラスのプロセス技術。同社のファウンドリ事業における重要なマイルストーンとして位置づけられている。
【参考リンク】
TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)(外部)
世界最大の半導体ファウンドリ企業。Apple、Nvidia、AMDなど世界トップ企業向けに最先端チップを製造している。
Intel Foundry Services(外部)
Intelの半導体受託製造部門。18Aや14Aといった先進プロセス技術を活用し、外部顧客向けのチップ製造を展開。
NVIDIA(外部)
AI向けGPUおよびアクセラレータの世界的リーダー。TSMCの主要顧客の一つであり、先端プロセスノードを活用中。
Apple(外部)
iPhoneやMacなどに搭載される独自設計チップの製造をTSMCに委託。最先端プロセス技術の最大級ユーザー。
AMD(外部)
CPUおよびGPUメーカー。RyzenやEPYCといった製品でTSMCの先進プロセスノードを採用している。
【参考記事】
TSMC to spend $42 billion on expansion in 2025 – Tom’s Hardware(外部)
2025年のTSMCの大規模拡張計画と9つの製造施設建設予定
TSMC to Begin 3rd Fab Construction in Arizona by Mid-2025, One …(外部)
2025年半ばにアリゾナで3番目のファブ建設開始予定
Intel Panther Lake technical analysis: CPU, SoC and 18A(外部)
Intelの18Aプロセス技術とPanther Lakeの技術解析
【編集部後記】
半導体製造の最前線では、技術力だけでなく地政学や経済政策が複雑に絡み合い、業界地図が目まぐるしく変化しています。TSMCの今回の決断は、私たちが日常使うスマートフォンやAIサービスの未来にも直結する出来事です。
皆さんが使っているデバイスの中のチップが、どこで、どのような技術で作られているのか。そして、それが今後どう変わっていくのか。こうした視点を持つことで、テクノロジーニュースの見え方が変わってくるかもしれません。半導体産業の動きを一緒に追いかけていきませんか。