私たちが身につけるものには、それぞれの個性や価値観が表れます。ハートモチーフのアクセサリーを愛用する人、シンプルなシルバーリングを好む人、お気に入りのバンドのTシャツを着る人——ファッションは、まさに自分らしさを表現する手段の一つです。
近年、科学をテーマにしたファッションアイテムが注目を集めています。2025年が国際量子年に制定されたことを背景に、AsicsのGEL-QUANTUMシリーズのような量子という名を冠したスニーカーが人気を博し、「化学屋」やcorvusといったブランドからは、カフェインやニコチン、DNAの塩基対(アデニンとチミン、グアニンとシトシン)など、化学構造式をモチーフにしたアクセサリーが登場しています。「科学雑貨Scientia」については特に注目を集めており、日本のファッションの最先端の街である原宿のラフォーレにて出店が行われています。
https://www.asics.com/jp/ja-jp/gel-quantum/c/ja12301000
(ACICS公式サイトより)
これらのアクセサリーは、高校や大学で理系の学問を専攻していた人にとって身近な構造式をデザインに落とし込んで、日常使いできるアイテムにしたものです。科学への深い理解と愛情に基づいてデザインされており、「科学好き」のためのファッションが確実に広がりを見せています。
そんな中、日本の科学研究の中心地である茨城県つくば市のふるさと納税返礼品としても採用された、「ファインマンダイアグラム」をモチーフにしたネックレスが話題を呼んでいます。
https://www.satofull.jp/products/detail.php?product_id=1413562
(さとふるHPより)
このユニークなアクセサリーを手がけたのは、青木優美(ゆーみるしー)さん。今回は、科学とファッションの融合という新しい分野に挑戦する青木さんにお話を伺いました。
【取材者】
野村貴之 アナリシス株式会社 データサイエンスチーム所属
【取材協力者】
青木優美 博士(理学)

青木さんってどんな人?
野村「本日はよろしくお願いします。早速ですが青木さんご自身について教えてください」
青木「よろしくお願いします。今現在は国立研究機構で広報の仕事をしていて個人としてもサイエンスコミュニケーターをしております。ファインマンダイアグラムをモチーフにしたネックレスは、『粒や』というブランドを立ち上げてからですので…ちょうど博士後期課程に上がってすぐに制作しました」
野村「……すごいですね。博士後期課程って死ぬほど忙しいですよね。本当に熱量を持って取り組まれていたんですね!」
青木「実は結構気楽でした。というのも、私が通っていた総研大は博士前期課程と後期課程は一貫制だったので、認定研究論文はありましたけど、ドクターの試験とかもなかったんです」
野村「なるほどです。たしかにそこはいいところですね。入試を受けて修論も書いて、D進するってなったら忙しいですし、一貫制ならではの良さですね」
野村「子どものころから青木さんは科学が好きだったんですか?」
青木「両親が二人とも小学校の先生をしていて、幼いころに実験教室に通っていたこともありましたが、高校で理系選択をしたのは…本音はネガティブな理由からなんです。社会科の暗記が苦手なので、中学生までは暗記シートとか作って頑張ってたのですが、高校になると選択を迫られたときに消極的な理由で理系選択にしました。あと、昔から料理が好きでパティシエになりたくて、栄養学とかも知っておいた方がいいと言われたので化学分野について積極的に学びたいという気持ちもありましたね」
野村「そこから博士まで取ったんですね。ちなみに博士号をとるビジョンってどのぐらいからありましたか?」
青木「正直、ビジョンとかは特になくて、修士が終わった段階で2年間で素粒子物理学を自分が満足できるレベルに修めた気がしなくて、せめて5年間は研究したいなって思ったんですよね。だから、ビジョンとかはなく『やりたいことを積み重ねてきただけ』という気持ちがあります。ただ、一つのやりたいことをやり遂げた証として博士号を取りたいと思ったんです。正直、D論を書いていた時は1日12時間以上ずっと研究してて、その時の記憶とか頭に残ってないですね笑」
野村「好きなことを好奇心に突き動かされて、とことんまでやり遂げる方なんですね」
ファインマンダイアグラムネックレスについて
野村「ファインマンダイアグラムネックレスが生まれるまでのことを教えてください」
青木「今いる、Tsukuba Place Labでやっていた出資ピッチイベントに参加させてもらうことができ、その時に色々プレゼンして資金援助をしていただいて、それを元手に製作をしました。
最初は針金やレジンを使って自分の中で満足できるものが作れないのか、試行錯誤していたのですが、どうしても針金やレジンだと自分の欲しい質感が得られなくて…でも今のように作ると金型を作ったりしないとなので10万円ぐらいかかってしまうという悩みがあり、なので出資ピッチイベントは自分にとって大きな契機でした。
プレゼンについては全くの素人だったので、プレゼン中はずっと『ファインマンダイアグラム可愛くないですか!?』って話をしてました。そうしたら出資者が現れて、販売ルートを確立するという条件で合計15万円の資金を援助してくださりました」
野村「なるほど、確かに金型を特注するのってすごいお金かかりそうですもんね。出資イベントまでにはどのような準備をされていましたか?」
青木「出資イベントの参加なんてしたことなくてすべてが試行錯誤でした。ただ、Tsukuba Place Labで知り合った人たちの中に3Dプリンターを使える方がいて、一緒に試作したりする機会がありました」
野村「本当に素敵な出会いとめぐりあわせと、青木さんの『作りたい!』という熱量で生まれたアクセサリーなんですね!」
野村「そもそも、ファインマンダイヤグラムって何ですか?学生時代に場の量子論の勉強をした時にちらっと出てきた気がするのですが、実はいまいちわからなくて…」
青木「ファインマンダイヤグラムはすごく簡単に言ってしまうと、線と線の形とくっつき方で粒子の移り変わりを表現した図のことです。しかもこの図のすごいところは、図にそれぞれ計算が対応していて、ファインマンルールと呼ばれるものにしたがって数式に”翻訳”すると実際に計算できて粒子の崩壊率や散乱断面積を計算できたりする点です。単なる図式ではなく計算ができるところが美しいんです」
野村「へえ~!単なる模式図じゃなくて具体的な計算もできるんですね。すごいですねこれ!」
青木「結構、アクセサリーを見ていると、波線や直線のデザインが多くでそれならファインマンダイヤグラムもネックレスにしたらいけるんじゃないかって気持ちがありました。もっと言えば構造式のネックレスやアクセサリーがある中あんまり物理ってないから、ないなら私が作ろう!と思ったのもきっかけですね」

野村「他にどのようなアクセサリーを制作されたのですか」
青木「他にもいろいろ作りました。最初は缶バッジをつくって、そこから受注生産で素粒子の飛跡の描かれているスマホケースを作ったりですね」
野村「いろんなものを作られたんですね」
青木「日常生活でもそういう材料を探してて、ずいぶん前に100均に行ったときにたまたま花文字のLとHのレジンの型を見つけて『これ!ラグランジアンとハミルトニアンじゃん!』って思って作ったりしてました」
野村「多分、100均でラグランジアンとハミルトニアンを感じているのは青木さんだけだと思います(笑)」
青木「他には、例えばイヤリングも、ゲージ粒子は波線で物質粒子は直線で構成するみたいにシンプルなアイテムに物理学を盛り込んだりしています」


野村「ちょっと意地悪な質問していいですか?ヒッグス粒子ってどうやって表現するんですか?(上の図の通りヒッグス粒子は点線)」
青木「そこが!本当に悩んでるんですよ!自分のD論はちょうどヒッグス粒子に関係してたので作ってみたくて色々試行錯誤したのですがいまいちインスピレーションが湧かなくて」
野村「奇しくも素粒子研究に似てますね。ヒッグス粒子が最後まで残るというのは」
アクセサリとしてのファインマンダイヤグラム
野村「今日一番聞きたかったことなんですが、ファッションとしてどのようなお洋服とファインマンダイヤグラムって合わせやすいんですか?」
青木「シンプル目な服に合うと思います。夏は白いTシャツに合わせたり、とかですかね」
野村「形が特徴的なのでファインマンダイヤグラムが主役のコーデになりそうですよね。ボディは真鍮製ですか?」
青木「そうですね。真鍮製です」
野村「なるほど、上品なくすんだ金色で素敵ですよね。あからさまに金色だったり銀色だったりしないのもアイテムの形が特徴的な分、あまり主張しなくて素敵だなと思います」
青木「冬はタートルネックやシンプルなニットに合わせるのもおすすめです。黒か白が個人的には金が映えて素敵だと思います。ただチェーンの長さが45 cmしかないのでタートルネックだとちょっと長さが足りないかもですね」
野村「確かにタートルネックとかニットってキレイ目ですし、そこに真鍮製の上品なアイテムがあるとおしゃれですね」
青木「結構何にでもあって、アクセントになるのでいいアイテムですね。私はよく青や緑の服と合わせています」
野村「ちなみに…商品化してから実際に身につけられている人を見かけたことはありますか?」
青木「巷ではまだないですが、イベントに来ると着けてきてくださる方がいたりはします。知り合いのカフェにおいてもらったりしているのですが、女性の方が購入者には多い印象があります。理系の恋人へのプレゼントに選ばれたりすることもあって、幅広い方が物理学の枠を超えてアクセサリーとして親しんでくれています」
野村「想像以上にいろんな方からの反響もあるんですね。例えばなのですが、私たちのメディアでこのファインマンダイアグラムネックレスを読者プレゼントとかにしたらもっと幅広い方に身に着けてもらえたりしないですかね?」
あとで読者プレゼントの告知があります。皆様是非参加してください!

身に着けるサイエンスコミュニケーション
青木「素粒子の世界ってきっかけがないと一生触れない分野だと思うのですが、例えばお母さんがこのファインマンダイアグラムのネックレスをつけていたりしたら、きっと『全く知らない』から、『聞いたことはある』になると思うんですよね。そうやってあらゆる人が素粒子に触れる機会になってくれたらうれしいなと思います。0→1をつくりたいんです」
野村「種まきみたいですね。確かに触れる機会が多いものってどうしても興味を持ちやすいですよね」
みる研について
野村「実験教室をされているとお伺いしましたが、どのような実験教室を運営されているのですか」
青木「卒業してからTsukube Place Labを運営する、しびっくぱわーに入社し、会社の事業として運営していました。月に4回で1回あたり6人でやっていました。コンセプトとしては何でもやってみる心を大事にしようというところでやっています」
野村「そうなんですね。なぜ6人なのですか?」
青木「一人で見れるのがそのぐらいだからですかね。どうしても参加者の一人一人が実験をして自分のワークをしている状態を大事にしたいので人数は限っています」
野村「どのぐらいの年代層の方が来られるんですか?」
青木「そうですね…大人から5歳の子どもまで幅広い年代の方が来ますが、中心になるのは小学校中学年ぐらいの子たちです」
野村「一人一人が自分の実験をしていろんなことを試してたりできる空間って素敵だと思います」
青木「私自身もみんなが何か実験をしていてそれを見守っている時間が好きなので楽しくやらせていただいています」
誰でも科学できる実験教室?

野村「子どもたちが実験をしていく中でハッとするようなことをする子とかいましたか?」
青木「そうですね、いっぱいあります。基本的に私は道具だけを用意して『好きに使って!』ってスタンスなんですが、結構前スライムを作った時に色を付けるのに絵具を使うか食用色素を使うかでスライムの硬さが変わることに気づいて、染料の量を調整して硬さを変えたりする子がいて、その時染料=色を変えるためだけの物だと私は思っていたので、少しハッとさせられましたね」
野村「なるほど…私も子どものころスライムを実験で作ったことはありましたが、確かに話を聞いてその発想はなかったってなりました」
青木「あと、ガウス加速器を作ったことがあるのですが、その時に何も言ってないのにみんなが全員分のレールをつなげてどこまで加速出来るのかを工夫したりとかしてましたね。この時はあまりに球を加速させすぎちゃって速度を測れなかったので、後日ちゃんと測れる速度計を買ってきました(笑)」
野村「子どもからしたら素敵な思い出ですね。測れなかったらそれまで、じゃなくて大人がちゃんと自分の好奇心に応えてくれるという経験は何物にも代えがたいと思います」
青木「この前は2歳のお子様が来てくれたことがあって、ダイラタンシーと呼ばれる片栗粉と水を混ぜたものをみんなで作ったのですが、大人も2歳のお子様も楽しんでくれて、すごくいいなって思ったりしてました」
青木「疑問に気づける子が増えるといいなって思います。日常生活でいろいろなことを疑問に持ってワクワクすることって何かしらの原動力になってくれるじゃないですか」
二つのサイエンスコミュニケーション

青木「大学院生の頃を振り返ると、少し視野が狭かったなと感じることがあります。物理学って非常に抽象的な学問で、数学的な要請を受け入れたり、抽象的な定義に納得したりしなければならない場面が必ずあるんです。でも、身近な現象に目を向けてみると、とても興味深いことに気づきます。ある日、コーヒーの表面にゆらゆらと浮かぶ白いものを見つけて『これは一体何だろう?』と疑問に思いました。その疑問を周りの人と話し合ううちに、身近なところから考える科学の重要性を実感するようになったんです。」
野村「そうなんですね。確かに日常を科学するのはサイエンスコミュニケーションとしてすごく響きます」
青木「サイエンスコミュニケーションって、2つの矢印があるんです。一つはさっきのネックレスみたいに難しい科学を日常にあるものにするという、科学→日常というもので、もう一つが日常を科学的に考える、日常→科学って考え方です」
「じゃあやってみよう!」を言える世界
野村「青木さんは自分の活動を通して、どんな世界を作りたいですか?」
青木「最終的には誰もがやりたいことを実現できる世界を作りたいです。やりたいことをいっぱいやらせてきてもらった方なんです私は。自分でこれをやりたいって口に出してそれを助けてもらうことが多かったんですね。でもまずは自分が口にそれを出さなきゃいけなくて」
野村「なるほど、そうなったら本当に素敵な世界だと思います。誰しもやりたいことがあっても金銭的なことや周囲の理解で苦しむことはありますし、そもそも本当に心からやりたいことなんて人生の中で出会えたらそれだけで幸福ですしね」
青木「多分私は人よりも、心を動かされることが多いんです。自分で曲を作ったり、今は茶道をしてたり、やりたいことがいっぱいあって。だから周りにもそうあってほしいという願いが土台としてあって、心が動く体験として実験教室をやってていると思うんです。例えば、思いもよらない物理現象を見た時の心の動きが一番残るのかなって思うんです」
野村「感動を伝える実験教室なんですね。どうしても理科の実験というと教科書の知識を現場で体験するというものが多いですが、そうではないのですね」
青木「知識を教えても意味はなくて、私は子どもと一緒に実験してワクワクすることができるので一緒にワクワクして子どもに感動が残ればと思うのです」
野村「例えばなのですが、自分の子どもがいたとしてどのような教育をしたいと考えていますか?」
青木「もう好きにやらせたいですね。いろんなことを体験させたいです。どんな道に進んでも体験はやっぱり根っこにはあるので、いろんなものに心を動かされたらなとは思います」
野村「確かに…何かしら感動したものがあってそこから好きな道につながってほしいですね。青木さんはどんな未来が自分の活動から生まれたら素敵だなと思いますか?」
青木「誰もが自分の夢をかなえられるようになったらいいなって思うんです。私がやってることって、種をまく活動だと思ってるんですよ。科学的な思考って、なんで?って疑問に思ったら調べたくなるじゃないですか。好奇心の種を蒔くようなものなんです。科学を教えたいっていうよりも、子どもに『なんでだろう』って思ってもらいたくて。
基礎科学って、すぐには何の役に立つのかわからないじゃないですか。何の役に立つかはわからないけど、確実に将来のためになるものだと思ってるんです、科学って。どんな花が咲くかはわからないけど、好奇心の種をもらった子どもがいつか花を咲かせてくれるって信じてます。
『未知の未来を作る』ことができるのが科学で、私自身もそういうマインドで活動してるから、関わってくれた子たちには好奇心に従って行動してほしいですね」
青木「やりたいって思うことが一番大事だと思うんです。一番人生で楽しい時ってワクワクしているときですよね」
Tsukuba Place Labで培ったもの
野村「青木さんのマインドとして、このTsukuba Place Labで培ったものが大きかったと感じています。最後にTsukuba Place Labについて教えてください」
青木「この空間の理念に『あらゆる挑戦を応援する』というものがあり、私の中でも、ここに行けばやりたいを応援してくれるのでありがたいんです」
野村「確かに、『いいじゃんそれ!』って言ってくれる人がいるだけで違いますよね。周りに応援されているとやってみよう!って思えますし」
青木「ファインマンダイアグラムネックレスを作るときも出資イベントも、ここがきっかけでしたし、サンプルを作る際にも3Dプリンターを貸してくれた人と出会ったのもここでした。こうやって人と人をつないで何かをする場所なんです」
野村「確かに、人が一人で行ける場所ってどこかで頭打ちになりますし、こういう空間って大切ですね。知識を持ち寄って大きなものを作るといいますか…」
青木「みる研も元々は『ゼロケン』と呼ばれる朝活イベントでいろいろ試してみたことが原点ですね。いろんな人がいるといろんな化学反応が起こるんです」
野村「なるほどです。これは楽しそうですね。大人になってわざわざ調べたくて一人でやるのも材料が…ってなりますしいろんなことを試したりして遊べる空間って素敵だと思います。青木さんは色々なことを思いついていろんなことを具現化してその燃料として人を巻き込むということがあるんですね」
青木「自分の想像をすべて形にするまでは死にたくないんです。形にしたい欲のようなものがあって、これが残るか残らないかではなく私が形にしたいから形にしたい。そしていろんな人の知識が混ざり合って一緒に形にできる素敵な場所だと私は思っています。

読者プレゼント!
今回は読者プレゼントとして「ファインマンダイアグラム」を企画します。応募方法はこの記事をSNS上で共有かRTしてinnovaTopiaのXアカウントをフォローしてください。その後DMにて「今後粒やのどんなアイテムが欲しいか?(ネックレス、アクリルキーホルダー、ノート、実験キットなど)」を送ってくださった方から抽選で2名様にプレゼントいたします。
※僕はアクリルキーホルダーが、アクセサリーほど身近でもなく手軽に使うことができるのでそれがいいです。

実際に野村も買って日常使いしているのですが、夏の時期だと薄着でどうしても服装がさみしくなりがちなのでいいアクセントだなと思って重宝しています。真鍮製で重厚感もあり、Tシャツ1枚で出社するときに身に着けたり結構いろんな場面で使わせてもらっています。