8月26日【今日は何の日?】NASAはなぜコンピュータより人間を信頼した?AIの未来を拓くヒント

8月26日【今日は何の日?】NASAはなぜコンピュータより人間を信頼した?AIの未来を拓くヒント - innovaTopia - (イノベトピア)

8月26日。この日は、後に大統領自由勲章を受章し、映画『ドリーム』の主人公としても知られることになるNASAの天才数学者、キャサリン・ジョンソン(1918年生まれ)の誕生日です。彼女の功績を振り返る上で欠かせないのが、1962年に起きたある出来事でした。

アメリカ初の有人地球周回飛行を目前にした宇宙飛行士ジョン・グレン。彼の命運は、NASAが導入したばかりの最新鋭IBM製メインフレームコンピュータに託されていました。しかし、発射直前、管制室に響いたグレンの一言は、技術者たちを驚かせます。

「あの娘に計算させろ。彼女がOKと言えば、俺は行く」

この象徴的なシーンは、単なる美談ではありません。AIが社会のインフラとなりつつある現代において、私たちが直面する「ブラックボックス問題」と、その解決策である「説明可能なAI(XAI)」の重要性を浮き彫りにする、最高のケーススタディなのです。


天才の片鱗を見せた少女時代

そもそも、キャサリン・ジョンソンの驚異的な計算能力は、どのように培われたのでしょうか。ウェストバージニア州の小さな町で教師と用務員の娘として育った彼女は、幼い頃からあらゆるものを数えるのが好きな子供でした。兄が「お皿を洗っておいて」と言えば、彼女は皿の数、銀食器の数、それらを洗う手順の数を数え上げたといいます。

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その才能はすぐに開花し、わずか10歳で高校に入学。当時、彼女の住む地域ではアフリカ系アメリカ人が8年生(日本の中学2年生に相当)以降に通える高校がなかったため、父親は家族を120マイル(約190km)離れた高校のある町へ移住させるという大きな決断をしました。彼女の才能を信じ、家族ぐるみで支えたこの決断が、後のNASAの歴史を動かす第一歩となります。彼女は18歳という若さで大学を首席で卒業しました。


映画『ドリーム』が描いたNASAでの現実

大学卒業後、教師や主婦として過ごしていたキャサリンに転機が訪れたのは1952年。NASAの前身であるNACA(アメリカ航空諮問委員会)が、数学に強いアフリカ系アメリカ人女性を「計算手」として募集していることを親戚から聞きます。翌年、彼女はその門を叩き、映画『ドリーム』でも描かれた「ウェスト・エリア計算部門」に配属されました。そこは、有色人種専用に隔離された部署でした。

そこで彼女は、後にNASA初のアフリカ系アメリカ人女性管理職となるドロシー・ヴォーンや、NASA初の黒人女性エンジニアとなるメアリー・ジャクソンといった、才能あふれる同僚たちと出会います。映画では三人は親友として描かれていますが、実際には職場は広く、常に一緒にいたわけではありませんでした。しかし、同じ志を持ち、人種と性別の壁に挑む同志として、互いの存在が大きな支えであったことは事実です。特にドロシー・ヴォーンは、管理職としてキャサリンら部下の能力を強く信じ、彼女たちのキャリアを後押しする重要な役割を果たしました。

物語の重要な転換点となるのが、IBMの巨大な電子計算機の導入です。ドロシーは、自分たちの仕事が機械に奪われる未来を予見し、誰にも頼らずプログラミング言語「Fortran」を独学で習得。部下の女性たちと共に「機械を動かす側」へと転身を遂げます。これは、新しいテクノロジーを恐れるのではなく、理解し、乗りこなすことの重要性を示しています。


「説明可能性」を求めた歴史的瞬間

物語のクライマックス、ジョン・グレンの飛行計画で、この「人間と機械」の関係性が試されます。IBMコンピュータは完璧な着水予定座標を弾き出すが、誰もその計算プロセスを完全に理解できず、100%の信頼を置けずにいました。それはまさに「ブラックボックス」だったのです。

極限のプレッシャーの中、グレンが求めたのは、ただの「検算」ではありません。彼が信頼したのは、キャサリン・ジョンソンの計算プロセスそのものでした。彼女の計算は、数式と物理法則に基づき、一つ一つのステップが追跡可能で、誰の目にも「なぜその答えになるのか」が明らかだったのです。映画の中で、彼女が巨大な黒板にチョークで数式を書き連ねていくシーンは、その透明性説明可能性を象徴しています。

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結果、彼女の計算はコンピュータの正しさを証明し、ミッションは成功を収めました。この瞬間、キャサリンは機械の能力を人間が保証する、究極の検証者となったのです。


AI時代の“キャサリン・ジョンソン”:「説明可能なAI(XAI)」

この逸話から60年以上が経過した今、私たちはローン審査、採用判定、医療診断など、生活のあらゆる場面でAIというブラックボックスと向き合っています。ディープラーニングのような高度なAIは、驚異的な精度を誇る一方で、その判断根拠を人間が理解することはますます困難になっています。

そこで脚光を浴びるのが、「説明可能なAI(XAI)」という技術分野です。

XAIは、AIの判断根拠を人間が理解できる形で提示します。例えば、AIが「このレントゲン写真には病気の疑いがある」と判断した場合、画像のどの部分に注目したのかを可視化する。これにより、医師はAIの判断を鵜呑みにするのではなく、その根拠を吟味した上で、最終的な診断を下すことができます。

これはまさに、IBMの計算結果をキャサリン・ジョンソンが検証したプロセスと同じです。XAIは、AI時代の“キャサリン・ジョンソン”として、人間とAIとの間に信頼の架け橋を築く役割を担っています。


計算の先に描く、人間とAIの未来

映画『ドリーム』が私たちに伝える最も重要なメッセージは、「人間は機械に勝る」という単純な精神論ではありません。ドロシー・ヴォーンがコンピュータをマスターしたように、キャサリン・ジョンソンがコンピュータを検証したように、テクノロジーの限界と可能性を深く理解し、それと協働することの価値です。

私たちが目指すべきは、AIに全てを委ねる未来ではないでしょう。AIを信頼できるパートナーとし、その能力を最大限に引き出す未来です。そのためには、AIが生み出す「答え」だけでなく、その「プロセス」の透明性が不可欠となります。

キャサリン・ジョンソンの誕生日である今日、「AIがOKなら、行く」と私たちが心から言える社会を築くために何が必要か、彼女の歩んだ人生から考えてみてはいかがでしょうか。


【Information】

NASA (アメリカ航空宇宙局)(外部)
本記事の舞台となったアメリカの政府機関。公式サイトでは、キャサリン・ジョンソンを含む「Hidden Figures」たちの功績や、最新の宇宙開発プロジェクト、科学的発見に関する情報が公開されています。

DARPA (アメリカ国防高等研究計画局) – Explainable AI (XAI) プロジェクト(外部)
XAIという概念を提唱し、その研究を強力に推進しているアメリカの研究機関。公式サイトでは、XAIプロジェクトの目的や最新の研究成果について知ることができます。(英語サイト)

20世紀フォックス(現:20th Century Studios) – 映画『ドリーム』公式サイト(外部)
記事で何度も言及した映画『ドリーム』の公式サイト。作品の背景やキャストについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

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TaTsu
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