太陽光だけで浮遊する1cmセンサーが実現!ハーバード大が「無知圏」探査の扉を開く

太陽光推進の浮遊センサー、地球の「無知圏」解明へ 火星探査への応用も期待 - innovaTopia - (イノベトピア)

ハーバード大学とシカゴ大学の研究チームは、フォトフォレシス(光泳動)を利用した太陽光駆動の浮遊デバイスを開発し、2025年8月13日にNature誌で発表した。

このデバイスは高度50から85キロメートルの中間圏を監視することを可能にする。中間圏は従来の航空機や気球では到達できず、人工衛星には低すぎるため、俗に「無知圏(ignorosphere)」と呼ばれる未探査領域だった。

研究チームは直径0.5センチメートルのディスク状穿孔構造体を作製し、中間圏と同じ26.7パスカルの気圧下で、太陽光の55パーセントの照度で浮遊させることに成功した。この技術は気候監視や天気予報の精度向上に加え、火星探査への応用も期待される。

研究を主導したBen Schafer氏らはRarefied Technologies社を設立し、Breakthrough Energy Fellowsプログラムの支援を受けている。現在の課題は、センサーや無線通信機器などの機能的ハードウェアを組み込むことである。

From: 文献リンクFancy Flying Trick Could Bring Sensors to Earth’s “Ignorosphere”

【編集部解説】

この研究が注目を集める理由は、実は19世紀から知られていた物理現象を現代の精密技術で実現した点にあります。フォトフォレシス(光泳動)は1873年にクルックスが発見した現象ですが、それを宇宙航行レベルで活用できるほど軽量で精密な構造体を作ることは、これまで不可能でした。

研究を主導したのはハーバード大学工学・応用科学大学院のBenjamin C. Schafer氏とJong-hyoung Kim氏らの国際チームです。

中間圏が「無知圏」と呼ばれる理由も、技術的制約にあります。対流圏は地上から約11キロメートル、成層圏は約50キロメートルまでですが、この高さなら気球や高高度航空機でアクセス可能です。一方、人工衛星が安定軌道を保てるのは約160キロメートル以上の熱圏からです。

つまり、50〜85キロメートルの中間圏は「高すぎて飛べず、低すぎて軌道に乗れない」探査空白域となっていました。この層では大気密度が地表の100万分の1程度まで低下するため、従来の推進システムは機能しません。

この技術の最大の意義は、気候変動研究における「ミッシングリンク」を埋めることです。中間圏は太陽放射と地球の天候システムが相互作用する境界層であり、ここでのデータ不足が気象予測の精度向上を阻んでいました。

実用化における課題は、センサーと通信機器の小型化です。現在の試作機は単純に浮遊するだけですが、実際の観測には温度センサー、圧力計、化学組成分析器などを搭載し、地上にデータ送信する必要があります。この数センチメートル角の制約の中で、これらを実装するのは極めて困難な技術課題といえるでしょう。

一方で、火星への応用可能性は非常に興味深い展開です。火星の大気圧は地球の1%程度で、まさにフォトフォレシスが効果的に働く環境です。従来の火星探査機は着陸地点が限定されていましたが、この技術なら大気中を自由に移動しながら広域調査が可能になります。

潜在的なリスクとしては、制御の困難さが挙げられます。太陽光に依存する推進システムは、日照条件や大気の微妙な変化に敏感で、予期しない軌道変更や機器の損失リスクを抱えています。また、極小デバイスの大量放出は、将来的にスペースデブリ問題の新たな要因となる可能性も否定できません。

【用語解説】

フォトフォレシス(光泳動)
1873年にウィリアム・クルックスが発見した物理現象。物体の太陽光が当たる面(温面)と影になる面(冷面)で気体分子の運動エネルギーに差が生じ、低圧環境下で推進力を生み出す。

中間圏(メソスフィア)
地球大気の第3層で、高度約50-85キロメートルに位置する。気温は高度とともに低下し、-90℃程度まで達する。大気密度が極めて低く、従来の航空機や気球では到達困難。

無知圏(Ignorosphere)
科学界で使われる俗語で、観測データが不足している中間圏を指す。航空機では高すぎ、人工衛星では低すぎるため、長期間の観測が困難だった領域。

ナノファブリケーション
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールでの精密加工技術。半導体製造や微小機械システム(MEMS)の製造に用いられる。

【参考リンク】

ハーバード大学工学・応用科学大学院(外部)
今回の研究を主導した機関の一つ。材料科学、ナノテクノロジー、エネルギー技術の研究で世界的に知られる。

シカゴ大学(外部)
共同研究機関として参画。物理学、工学分野での基礎研究に定評がある総合大学。

Rarefied Technologies(外部)
研究チームが設立したスタートアップ企業。中間圏センシング技術の商業化を目指す。

Nature誌(外部)
今回の研究成果が掲載された国際的な科学雑誌。1869年創刊の権威ある学術誌。

【参考記事】

A New Window into Earth’s Upper Atmosphere(外部)
ハーバード大学の公式発表記事。研究の背景と技術的詳細、将来の応用可能性について包括的に説明。

Levitating disks could open a new window into the Earth’s upper atmosphere(外部)
シカゴ大学による研究発表。フォトフォレシス現象のメカニズムと実験条件の詳細を提供。

Featherweight flyers could ‘levitate’ above Earth indefinitely(外部)
Science誌による報道。技術的な実現可能性と将来的な応用分野について科学的視点から分析。

Tiny Probes Can Surf Sunlight to Explore Earth’s Mesosphere and Mars(外部)
Scientific American による詳細な技術解説。火星探査への応用可能性と技術的課題について言及。

【編集部後記】

私たちがいま目撃しているのは、まさに「発見」から「発明」への転換点かもしれません。

150年前にクルックスが見つけた光の現象が、ついに実用技術として花開こうとしています。この技術が気候変動の謎を解く鍵になる可能性もあれば、火星探査の新時代を開くかもしれません。

皆さんはこの「太陽光で浮く」技術に、どんな応用を思い浮かべますか。気象予測の精度向上でしょうか、それとも宇宙通信への活用でしょうか。読者の皆さんと一緒に、この技術がもたらす未来について考えていきたいと思います。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作のスキルを武器に、多角的な視点からイノベーションの本質を分析します。私のテーマは「未来の暮らしをデザインする」こと。 特に、子育てのあり方を変えるベビーテックと、人類の可能性を切り拓くスペーステクノロジーの最前線を追いかけています。ミクロな家庭の視点と、マクロな宇宙の視点。この両極から、サステナブルな社会とは何かを問い続け、我が子が生きる未来をより豊かにするためのテクノロジーを発信します。一杯のコーヒーと、まだ見ぬ山の景色に想いを馳せる時間が、構想のパートナーです。

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