2025年9月12日、グローバル月探査企業のispace株式会社とアラブ首長国連邦の宇宙開発企業Orbital Space Satellite Services, LLCが戦略的相互協力に合意した。
両社は学生が開発したペイロードを含む教育的月面ミッションを共同で推進・実施する。覚書に基づき、Orbital Spaceは大学生が月へのミッションをリードするグローバル競技会を企画・運営・推進し、ispaceは競技会に参加したミッションペイロードの技術評価と選ばれたペイロードの月への輸送サービスを提供する。
Orbital Servicesが資金調達を行う。ispaceの創設者兼CEOの袴田武史氏は2023年のミッション1でムハンマド・ビン・ラーシド宇宙センターと協力してRashidローバーを輸送した実績があると述べた。Orbital SpaceのゼネラルマネージャーDr. Bassam Alfeeli氏は「誰もが宇宙にアクセスできる」未来の実現を目指すと語った。
ispaceは世界中で300人以上の従業員を擁している。
From: ispace and Orbital Space Agree to Send Student-Developed Payloads to the Moon
【編集部解説】
今回のispaceとOrbital Spaceの提携は、単なる企業間協力を超えた戦略的な意味を持っています。これまで月探査は政府主導のプロジェクトが中心でしたが、学生が主体となって月面で実験を行えるプラットフォームが整備されることで、宇宙開発の民主化が大きく前進することになります。
特に注目すべきは、この取り組みがアラブ首長国連邦の国家戦略と密接に連携している点です。UAEは宇宙探査を国家宇宙戦略の柱の一つに位置づけ、国際協力を通じて人材育成と産業基盤の拡大を推進しており、特に若い世代の教育と人材育成は、同国の長期宇宙政策における主要な優先事項の一つとなっています。
ispaceが持つ月面輸送技術と、Orbital Spaceの宇宙教育への取り組みの組み合わせは、従来のロケット競技会とは質的に異なる体験を学生に提供します。NASAのStudent Launch Challengeのような地球上での競技とは違い、実際に月面で科学実験を実施できるため、学生たちは宇宙環境での機器設計や運用の複雑さを体験できるのです。
この提携の背景には、ispaceが2021年にMBRSCとRashidローバーの月輸送契約を結び、2023年のMission 1でRashidを搭載して月遷移まで実施した運用実績があります(※着陸は最終降下で失敗)。こうした契約・統合の経験と協業実績が技術的な信頼関係の下地となっており、今回の教育プログラムの計画・実装を後押しすると見込まれます。
一方で、月面での実験には高いリスクも伴います。学生が開発したペイロードが月面の過酷な環境に耐えられるかどうか、また限られた輸送容量の中で多数の実験装置を効率的に運用できるかという技術的課題があります。
長期的な視点では、この取り組みが成功すれば、宇宙開発における人材パイプラインが根本的に変わる可能性があります。実際の月面ミッション経験を持つ学生たちが卒業後に宇宙産業に従事することで、より実践的な知識と経験を持った人材が業界に流入することになるからです。
【用語解説】
ペイロード
宇宙機が運搬する実験装置や科学機器、観測装置などの搭載物。今回の場合、学生が開発した月面実験用の機器を指す。
覚書(MOU)
Memorandum of Understandingの略で、企業や組織間での協力関係や取り決めを記載した文書。法的拘束力はないが、将来の正式契約に向けた意向確認として機能する。
月面着陸船(ランダー)
月面に軟着陸するための宇宙機。ispaceが開発するHAKUTO-Rシリーズのような民間製の着陸船が近年注目を集めている。
ローバー
月面や惑星表面を移動して探査活動を行う無人探査車。車輪やキャタピラを装備し、カメラや分析装置を搭載する。
【参考リンク】
ispace株式会社(外部)
日本発のグローバル月探査企業。HAKUTO-Rシリーズによる月面輸送サービスを展開し、世界300名以上の従業員を擁する民間宇宙開発のリーディングカンパニー。
Orbital Space Satellite Services, LLC(外部)
アラブ首長国連邦を拠点とする宇宙教育企業。学生や若い専門家に実際の宇宙関連機会を提供することに特化し、湾岸地域の民間宇宙探査をリードする。
Mohammed Bin Rashid Space Centre (MBRSC)(外部)
2006年設立のUAE政府系宇宙機関。Hope Probe火星探査、KhalifaSat地球観測衛星、Emirates Lunar Mission Rashidローバーなどの大型プロジェクトを主導。
【参考記事】
UAE space missions impact: Students aim for the stars with new courses(外部)
UAEの宇宙ミッションが学生教育に与える影響について報告。宇宙教育戦略への投資と学生支援について具体的に解説している記事。
NASA Announces Teams for 2025 Student Launch Challenge(外部)
NASAの学生向けロケット競技会について詳述。地球上での学生競技と今回の月面実験プログラムとの質的違いを理解するための参考資料。
ispace and Orbital Space are Collaborating to Send Student-Developed Payloads to the Moon(外部)
今回の提携発表を詳細に分析した業界専門誌の記事。技術的側面と教育的意義の両方から協力関係の意味を考察。
【編集部後記】
今回のispaceとOrbital Spaceの提携を見ていて、私たちは宇宙開発が本当に身近な時代に入ったと感じています。かつて国家プロジェクトだった月面探査に、今度は大学生が参加できるようになるなんて、想像できたでしょうか。
特に印象的なのは、UAEが石油に依存しない未来を見据えて、宇宙教育に本気で取り組んでいることです。彼らの「誰もが宇宙にアクセスできる未来」という理念は、私たちにとっても他人事ではありません。
皆さんは、もし学生時代に月面実験の機会があったら、どんなプロジェクトに挑戦したいと思いますか? そして、このような宇宙教育の民主化が進んだ時、日本の学生や若い技術者たちはどのような立ち位置に置かれるのでしょうか。一緒に考えてみませんか。