IEEE Spectrumの報道によると、欧州宇宙機関の推計では現在1ミリメートル以上のデブリ1億4000万個が地球軌道に散乱している。SpaceXのStarlink衛星は2025年前半の6か月間で144,404回デブリ衝突回避機動を実施し、これはその前の6か月間の3倍の頻度である。
アメリカの天体物理学者Donald Kesslerが1976年にNASA内部で初めて警告し、1978年に論文として正式に発表したケスラーシンドロームについて、2025年4月にKesslerとイングランドのバーミンガム大学教授Hugh Lewisが発表した最新モデルでは、ほとんどの低軌道衛星が運用される高度400から1000キロメートルの軌道はすでに不安定であると結論づけた。カリフォルニア州メンロパークのLeoLabsは問題を4つの波に分類し、最初の3つの波はすでに始まっている可能性があるとしている。
欧州宇宙機関によれば、現在1450万キログラムの人工物が惑星を周回しており、2020年の890万キログラムから過去5年間で63パーセント増加した。東京のAstroscaleは商業化に向けた除去サービスを、スイスのClearSpaceは今後数年以内に初のデブリ除去ミッションを計画している。
From: Have We Reached a Space-Junk Tipping Point?
【編集部解説】
ケスラーシンドロームという言葉を耳にしたことがあるでしょうか。1978年にNASAの天体物理学者Donald Kesslerらが発表した論文で提唱された概念ですが、当時は「次の世紀の問題」とされていました。しかし2025年の現在、この予測は現実のものとなりつつあります。
特に注目すべきは、問題の加速度です。Starlinkの衝突回避機動が半年で3倍に増加したという数字は、軌道環境の悪化がいかに急速であるかを物語っています。数分おきに衝突警報が発令される状況は、もはや例外的な事態ではなく日常となっています。
LeoLabsが提示した「4つの波」という分類は、問題の構造を理解する上で重要です。最初の3つの波——追跡不可能な微小デブリの衝突、機能衛星への影響、追跡可能物体同士の衝突——がすでに進行中であるという指摘は、第4の波である連鎖的な大規模衝突が時間の問題であることを示唆しています。
興味深いのは、技術的解決策と法的枠組みの両面からアプローチが進んでいる点です。AIによる衝突予測や自動回避、AstroscaleやClearSpaceによるアクティブデブリ除去技術は、問題に対する実践的な答えとなりえます。一方で、1967年の宇宙条約に基づく所有権の問題や、軌道を「グローバルに管理されるリソース」として扱う必要性など、国際法の再考も急務となっています。
テキサス大学のMoriba Jah教授が提唱する「軌道収容力」という概念は、問題の本質を捉えています。単に物理的な衝突だけでなく、回避機動のための燃料消費が衛星の本来の機能を妨げる状況も、すでに収容力の限界に達しつつあることを意味するのです。
さらに懸念されるのは、この問題が地球軌道に留まらない点です。月や火星への進出が加速する中、地球月圏空間での交通管制ソリューションは存在しません。人類は地球軌道で直面した問題を、そのまま太陽系全体に拡大させようとしているのです。
【用語解説】
ケスラーシンドローム(Kessler Syndrome)
1978年にNASAの天体物理学者Donald Kesslerが論文を発表した理論で、軌道上のデブリ同士の衝突が連鎖的に発生し、さらに多くの破片を生成する現象を指す。この暴走的なカスケード効果により、特定の軌道が使用不能になる可能性がある。
低軌道(Low Earth Orbit / LEO)
地球表面から約160キロメートルから2000キロメートルの高度にある軌道帯を指す。多くの通信衛星や観測衛星がこの領域で運用されており、国際宇宙ステーションも含まれる。
アクティブデブリ除去(Active Debris Removal / ADR)
軌道上のデブリを能動的に捕獲し、大気圏再突入させて処分する技術。ロボットアームやネット、磁気システムなど様々な捕獲方式が研究されている。
軌道収容力(Orbital Carrying Capacity)
テキサス大学のMoriba Jah教授が提唱する概念で、特定の軌道が安全に収容できる物体の数や質量の上限を指す。衝突回避のための燃料消費が衛星の本来の運用を妨げる状況も、収容力の限界を示す指標となる。
ポイントネモ(Point Nemo)
南太平洋に位置する「宇宙船の墓場」と呼ばれる海域。正式名称は「到達不能極」で、陸地から最も離れた地点。制御された衛星やロケットの再突入地点として使用される。
地球月圏空間(Cislunar Space)
地球と月の間の空間領域を指す。月探査や月面基地計画の増加により、この領域での宇宙交通管理の必要性が高まっている。
【参考リンク】
LeoLabs(外部)
カリフォルニア州メンロパークに拠点を置く宇宙状況認識企業。高解像度レーダーで低軌道デブリを追跡。
Astroscale(外部)
東京本社のスペースデブリ除去専門企業。ELSA-dミッションなどの実証実験を実施している。
ClearSpace(外部)
スイスのローザンヌに拠点を置くスタートアップ。ESAと協力しデブリ除去ミッションを計画。
European Space Agency – Space Debris Office(外部)
欧州宇宙機関のデブリ専門部門。軌道デブリ統計とリスク評価を提供している。
IEEE Spectrum(外部)
電気電子技術者協会が発行する技術誌。先端技術分野の最新動向を報じる権威ある情報源。
【参考記事】
Kessler Syndrome Space Debris Threatens Satellites(外部)
2025年9月30日付。Starlinkの衝突回避機動増加やLeoLabsの4つの波分類を詳述。
Understanding the Misunderstood Kessler Syndrome(外部)
2025年5月28日付。ケスラーシンドロームの誤解を解説し、専門家の見解を紹介。
Kessler Syndrome and the space debris problem(外部)
Space.comによる包括的解説。問題の歴史的背景から将来の見通しまで詳述。
Understanding the Space Debris Dilemma: The Kessler Syndrome(外部)
2025年6月15日付。デブリ問題の複雑さとメカニズムを技術的観点から分析。
Astroscale’s New Patent Transforms Space Debris Removal(外部)
2025年7月28日Astroscale公式発表。新デブリ除去技術の特許取得について報告。
Can AI Solve the Space Debris Crisis?(外部)
2025年8月19日付。AIがデブリ危機解決にどう貢献できるかを探る。機械学習の応用を解説。
【編集部後記】
夜空を見上げたとき、そこに見えない危機が広がっていることを考えたことはあるでしょうか。私たちが日々利用しているGPS、天気予報、インターネット通信——これらを支える衛星たちが、今まさに数分おきに障害物を避けながら綱渡りのような運用を強いられています。Starlinkの回避機動が増加している現実は、問題が加速度的に深刻化していることを物語っています。
もし明日、通信が途絶えたら。もし衛星サービスが使えなくなったら。SF映画の世界だと思っていたケスラーシンドロームは、もはや理論上の脅威ではなく、現実の課題となっています。宇宙開発が月や火星へと広がろうとする今、私たちは地球軌道で直面した問題から何を学ぶべきなのでしょうか。