10月10日【今日は何の日?】宇宙条約が定めた平和利用、現代の資源開発に課題

10月10日【今日は何の日?】宇宙条約が定めた平和利用、現代の資源開発に課題 - innovaTopia - (イノベトピア)

人類が宇宙に平和のルールを築いた日——しかし、そのルールは今も有効なのか?

2030年代のある日、国際宇宙ステーションの後継となる月面基地で、こんな事態が起きたとしましょう。基地の近くで希少なレアアースの鉱床が発見されると、ある国の民間企業が重機を持ち込んで採掘を開始しました。別の国の宇宙機関が「ここは我々の活動区域だ」と抗議すると、企業側は「天体の領有は禁止されているが、資源の所有は合法だ。我が国の国内法で認められている」と反論します。国連に訴えても、宇宙条約には資源採掘のルールが明記されていません。やがて各国の宇宙船が続々と到着し、緊張が高まり——。

これは空想の話ですが、決して絵空事ではありません。今日10月10日は、そんな事態を防ぐために人類が宇宙に最初のルールを築いた日、「宇宙条約」が発効した日です 。1967年の発効から、今年で58年を迎えます 。

冷戦下の危機感が生んだ国際合意

宇宙条約が生まれた背景には、米ソ冷戦がありました 。1957年、ソ連が人類初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げると、アメリカに大きな衝撃を与え、両国の宇宙開発競争が激化しました 。

人工衛星を打ち上げるロケット技術は、そのまま大陸間弾道ミサイルに応用可能でした 。宇宙空間に核兵器が配備され、月や惑星の領有権を巡って新たな紛争が起きる恐れが現実味を帯びていました 。

このような危機感から、国連は1959年に「宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)」を設立し、米ソを中心とする各国の利害調整が始まりました 。交渉では、ソ連が宇宙空間全体を対象とする包括的な規制を提案し、アメリカは当初、月や天体に限定した草案を提示しましたが、最終的にアメリカがソ連の提案を受け入れ、合意に至りました 。

1966年12月19日に国連総会で採択され、翌1967年10月10日に発効した宇宙条約は、月や火星を含むあらゆる天体の領有を禁止し、平和的な探査・利用を義務付けました 。

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資源開発競争が加速する現代

それから58年。宇宙開発は国家の独占事業から、民間企業が主導する産業へと様変わりしました。そして今、月や火星の資源を巡る新たな競争が始まっています。

アメリカは2015年、「商業宇宙打上げ競争力法」を制定し、民間企業が宇宙で採掘した資源の所有権を認めました 。さらにアルテミス計画を主導し、2026年9月以降に予定されている月面有人探査を目指しています 。

中国はロシアと共に「国際月面研究ステーション(ILRS)」計画を主導し、2035年頃までの完成を目標に掲げています 。すでに月の裏側への着陸や、月のサンプルリターンに成功するなど、技術力を着実に高めています。

日本も2021年に宇宙資源法を制定し、民間企業による資源採掘を後押ししています 。ispace社などのベンチャー企業が月面探査ミッションを進め、将来的な資源開発を視野に入れています。

欧州宇宙機関(ESA)は、月面基地構想「ムーンビレッジ」を提唱し、国際協力による持続可能な月開発を目指しています 。ルクセンブルクは2017年に宇宙資源法を制定し、欧州の宇宙資源開発の拠点となることを目指しています。

インドは2023年、月の南極付近への着陸に成功し、水資源の探査を進めています 。2040年までに有人月面探査を実現する計画を掲げており、宇宙資源開発への意欲を見せています 。

さらに、アラブ首長国連邦(UAE)も積極的で、火星探査機の打ち上げに成功し、2117年までに火星に居住地を建設する長期ビジョンを掲げています。韓国も月探査機を打ち上げ、2030年代の月面着陸を目指しています。

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現行法では対応できない深刻な問題

しかし、こうした動きに対して、宇宙条約は十分な答えを用意していません。条約は締結から58年が経過した今日まで、一度も改正されていないのです 。

資源の所有権という「グレーゾーン」: 宇宙条約は、国家による天体の「領有」を明確に禁止していますが、採掘した「資源」の所有については何も規定していません 。アメリカや日本は「資源の所有は領有ではない」という解釈で国内法を制定しましたが、この解釈が国際的に受け入れられるかは不透明です 。ロシアなど一部の国は、このアプローチを「条約違反」と批判しています。

「安全地帯」は事実上の領有か: アメリカ主導のアルテミス合意では、他国の活動を妨害しないよう、活動範囲の周りに「安全地帯」を設定できるとされています 。しかし、この安全地帯がどの程度の広さで、どのくらいの期間有効なのかは曖昧です。広大な安全地帯を長期間設定すれば、それは事実上の排他的な占有となり、条約が禁じる「領有」に限りなく近づいてしまいます。

国際的な調整メカニズムの不在: 複数の国や企業が同じ場所で資源開発を目指した場合、誰がどこで採掘できるのかを調整する国際的なルールがありません 。月の南極付近には水資源(氷)が存在する可能性が高く、各国が注目していますが、限られた場所に複数のプレイヤーが殺到すれば、偶発的な衝突や紛争のリスクが高まります。

民間企業の活動への監督: 条約は、民間企業の宇宙活動について国家が監督責任を負うと定めていますが 、具体的にどう監督するかは各国に委ねられています 。ある国が自国企業に甘い監督をすれば、国際的な不公平が生じ、「監督の緩い国」に企業が集まる「底辺への競争」が起きかねません。

改正されない条約、模索される新たな枠組み

では、なぜ条約は改正されないのでしょうか。現在117カ国が批准する基本条約を改正するには、米・ロ・中を含むすべての主要国の合意が必要ですが、現在の複雑な国際情勢では極めて困難です 。下手に改正しようとすると、かえって「領有の禁止」や「平和利用」といった大原則が揺らぎかねないため、各国は条約に手を付けられずにいます。

その代わりに、各国は条約の「解釈」を広げたり、新たな国際合意を作ったりすることで対応しようとしています。アメリカ主導のアルテミス合意は、法的拘束力のない二国間合意の集合体ですが、宇宙資源の利用や透明性の確保など、現代的な行動規範を示しています。しかし、中国やロシアはこの合意に参加しておらず、前述のILRSなど独自の月面基地計画を進めています 。

人類が初めて宇宙に平和のルールを築いた10月10日。58年前の先人たちは、核戦争の恐怖の中で宇宙を「全人類の共有財産」として守ろうとしました。しかし今、月面基地建設や資源開発が現実となる中で、その理念は大きな試練に直面しています。

冒頭のシナリオが現実にならないよう、国際社会は新たな宇宙時代にふさわしいルールを、一刻も早く築かなければなりません。この日は、宇宙条約の意義と現代的課題を考える重要な節目として、改めて記憶されるべき日です。


【Information】

国連宇宙部(UNOOSA – United Nations Office for Outer Space Affairs) (外部)
国連の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の事務局を務め、宇宙条約をはじめとする国際宇宙法の管理・促進を行っている国際機関です 。宇宙条約の原文や批准国リスト、最新の国際宇宙法の動向に関する情報を提供しています。

外務省 宇宙空間における制度的枠組み(外部)
日本の外務省が提供する宇宙条約および関連条約に関する公式情報です 。日本語による条約の全文、日本の宇宙外交の取り組み、国連宇宙空間平和利用委員会での活動などを確認できます。

JAXA 宇宙法データベース(外部)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運営する宇宙法に関する包括的なデータベースです 。宇宙条約の解説、関連する国際条約、各国の宇宙法制度に関する詳細な情報を日本語で提供しています。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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