IHIはフィンランドのICEYEと、安全保障・公共・商業利用を目的とする地球観測衛星コンステレーション構築に向け、SAR衛星を調達する契約を締結した。
IHIは最大24基のSAR衛星コンステレーション構築を目指し、今回の契約で4基の衛星を取得する。2026年度初頭から衛星データの取得が可能となる予定である。契約にはオプションとして追加で20基の衛星製造・運用が含まれ、2029年度までに最大24基体制の構築を目指す。
今後は国内で組立・試験を実施する予定で、ICEYEと準備を進めている。最終的にはSAR衛星に加え、光学センサー、VDES、RF、IR、ハイパースペクトルなどの複数の衛星を追加する構想で、日本の国家安全保障および経済安全保障に貢献することを目指す。
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地球観測衛星コンステレーション構築に向けICEYE社と衛星調達契約を締結
【編集部解説】
今回の契約は、日本の宇宙産業における重要な転換点を示しています。IHIがフィンランドのICEYEと進めるこのプロジェクトは、単なる衛星調達ではなく、国内での衛星製造能力の確立を目指す戦略的な取り組みです。
SAR(合成開口レーダー)衛星の最大の強みは、天候や時間帯に左右されない観測能力にあります。光学衛星が雲や夜間の撮影に制約を受けるのに対し、SAR衛星はマイクロ波レーダーを使用するため、台風や濃霧の中でも高解像度の画像を取得できます。この特性は、災害監視、海洋監視、インフラ管理など幅広い用途で威力を発揮します。
特に注目すべきは、日本国内での組立・試験実施という点です。初期4基のうち2基は日本国内で製造・試験を行う計画であり、これは単なるコスト削減ではなく、宇宙技術の国産化とサプライチェーンの安全保障を意図しています。ICEYEは100kg以下の小型SAR衛星を開発した技術力を持ち、従来型の大型衛星と比較して大幅な低コスト化を実現している点が強みです。この技術移転により、日本の宇宙産業のエコシステム全体が強化されることが期待されます。
2026年度初頭から始まるデータ取得では、まず需要開拓とユースケース創出を行います。この段階的アプローチは、市場ニーズを見極めた上での投資判断を可能にする賢明な戦略といえるでしょう。投資額は数百億円規模とみられています。
将来的には、SAR衛星に加えて光学センサー、VDES(次世代船舶識別システム)、RF(電波収集)、IR(赤外線)、ハイパースペクトルセンサーを統合したマルチセンサーコンステレーションへと発展させる構想があります。これらの異なるセンサーを組み合わせることで、陸上・海上の目標検出と追跡能力が飛躍的に向上し、総合的な状況認識能力が実現されます。
もう一つ重要な点は、同盟国や同志国との衛星データや撮像キャパシティの相互共有を通じて協力を深化させる狙いがあることです。これは日本の安全保障政策における国際協力の深化を象徴しており、情報共有を通じた多国間連携の新しいモデルとなる可能性があります。実際、ICEYEの衛星は2022年から続くウクライナ支援でも実際に使用されており、継続的な改善が強みとなっています。
一方で、この取り組みには長期的な視点が求められます。衛星コンステレーションの運用には、打ち上げコスト、軌道上での保守、データ処理インフラの整備、そしてサイバーセキュリティ対策など、継続的な投資が必要です。また、民生・商業利用での収益化がどの程度実現できるかも、プロジェクトの持続可能性を左右する要素となるでしょう。
【用語解説】
SAR(合成開口レーダー)衛星
マイクロ波レーダーパルスを使用して地表を観測する衛星である。光学衛星と異なり、天候や昼夜を問わず高解像度画像を生成できる点が特徴だ。雲や濃霧を透過できるため、災害監視、海洋監視、インフラ管理など幅広い用途で活用される。
衛星コンステレーション
複数の衛星を協調して運用するシステムである。単一の衛星では観測頻度や範囲に限界があるが、複数衛星を組み合わせることで、同一地点を短時間で繰り返し観測できる。地球規模での継続的な監視体制を実現する技術だ。
VDES(次世代自動船舶識別システム)
VHF Data Exchange Systemの略称で、海上における船舶の識別と追跡を行う次世代通信システムである。従来のAIS(自動船舶識別装置)を進化させ、より高速なデータ通信と広域カバレッジを実現する。
ハイパースペクトルセンサー
可視光から赤外線まで、数百の細かい波長帯で地表を観測するセンサーである。物質ごとに異なる波長反射特性を利用し、通常の光学センサーでは識別困難な物質の組成や状態を分析できる。
【参考リンク】
ICEYE(外部)
フィンランドを拠点とするSAR衛星技術のグローバルリーダー。世界最大規模のSAR衛星コンステレーションを運用し、防衛・情報、保険、災害対応などの分野にサービスを提供している。
IHI株式会社 航空・宇宙・防衛事業領域(外部)
航空エンジン、ロケットシステム、防衛装備システムなどを手がける日本の総合エンジニアリング企業。宇宙輸送、宇宙インフラ、宇宙利用の3つの事業を展開している。
IHI AEROSPACE(IHIエアロスペース)(外部)
IHIグループの航空・宇宙・防衛部門を担う企業。宇宙機器システム、防衛ロケットシステム、航空宇宙関連製品の設計・開発・製造・販売を行う。
【参考記事】
世界最大級の小型SAR衛星コンステレーションで防衛・防災を支援する「ICEYE」(外部)
2025年5月の覚書を発展させた契約であることを明記。ICEYEは高機能かつ長寿命のSAR衛星量産技術で世界をリードし、2026年4月頃より段階的に運用開始予定。
【編集部後記】
天候に左右されず、24時間地球を見守るSAR衛星のコンステレーション。この技術は災害対応から海洋監視、さらにはインフラの老朽化チェックまで、私たちの暮らしを支える「見えないインフラ」になろうとしています。
日本が国内製造能力を持つことで、データの主権を確保し、同盟国との情報共有も可能になる。宇宙から得られるデータが、どのように社会課題の解決につながっていくのか。みなさんはこの「宇宙の目」に、どんな可能性を感じますか。























