ispace U.S.が外部有識者審査組織を新設|2027年月面着陸ミッション成功に向け体制強化

[更新]2025年11月8日06:33

 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社ispaceは2025年11月7日、外部有識者による「スタンディング・レビュー・ボード」を設立したと発表した。

これは米国法人ispace technologies U.S., inc.が2027年打ち上げ予定のミッション3(正式名称:Team Draper Commercial Mission 1)の成功に向けたものである。同ボードは、システムレベルの視点から月着陸船のプログラムおよび技術課題をレビューし、既知のリスクに加え認識されていない潜在的リスク(unknown unknowns)に対しても検討する。

委員長には元NASA科学ミッション本部副本部長のアラン・スターン博士が就任し、スティーブ・バテル氏、ウィリアム・クラーク氏、クリストファー・デスーザ博士、トッド・メイ氏、ピエロ・ミオット博士、シェリー・パーバン氏、ispace CTOの氏家亮氏らが参画する。

From: 文献リンクispace U.S.、ミッション3の成功に向けた体制強化として 「スタンディング・レビュー・ボード」を設立

【編集部解説】

今回のスタンディング・レビュー・ボード(SRB)設立は、ispaceが過去2度の月面着陸の失敗から得た教訓を、組織体制として具現化した動きと捉えることができます。ミッション1では高度測定の誤認識により、ミッション2でも技術的課題により、いずれも月面への軟着陸に失敗しています。これらの経験から、技術的な盲点、つまり「unknown unknowns(未知の未知)」への対処が、民間企業の月面探査において極めて重要であることが浮き彫りになりました。

委員長を務めるアラン・スターン博士は、NASAニュー・ホライズンズ・ミッションで冥王星探査を成功に導いた実績を持つ人物です。また、ボードメンバーには元NASAマーシャル宇宙飛行センター所長のトッド・メイ氏や、NASAの誘導・航法・制御分野のテクニカルフェローであるクリストファー・デスーザ博士など、NASAの大型プロジェクト管理に精通した専門家が名を連ねています。

このような外部レビューボードの設置は、実はNASAの大型プロジェクトでは標準的な手法です。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の開発でも、スタンディング・レビュー・ボードと独立レビューボードの両方が設置され、遅延やコスト超過の問題に対処してきました。

ミッション3は、NASAの商業月面輸送サービス(CLPS)プログラムの一環として、シュレーディンガー盆地に3つのNASA科学ペイロードを輸送する重要なミッションです。

APEX1.0ランダーは最大300kgのペイロード搭載能力を持ち、これは初代ランダーの10倍以上の能力となります。この性能向上により、より多様な科学機器や商業ペイロードの輸送が可能になり、月面経済圏の構築に向けた実用性が大きく高まります。

民間企業による月面輸送サービスの商業化において、技術的信頼性の確立は最重要課題です。今回のSRB設立は、ispaceがNASAや顧客に対して、組織としての成熟度と品質保証体制を示す戦略的な動きといえるでしょう。

【用語解説】

スタンディング・レビュー・ボード(Standing Review Board / SRB)
NASAの宇宙飛行プログラムにおいて標準的に設置される独立審査組織である。プログラムやプロジェクトのライフサイクル全体を通じて、技術的課題やリスクを継続的に評価し、意思決定者に対して客観的な助言を提供する。特に「unknown unknowns(未知の未知)」と呼ばれる、認識されていない潜在的リスクの発見に重点を置く。

APEX 1.0ランダー
ispace U.S.が開発する月着陸船で、米国で設計・製造される。最大300kgのペイロード搭載能力を持ち、初代のシリーズ1ランダーと比較して大幅に性能が向上している。ミッション3で使用される予定である。

シュレーディンガー盆地(Schrödinger Basin)
月の南極付近、南緯75度に位置する直径約320kmの衝突クレーターである。月最大の南極エイトケン盆地の内部に位置し、月で2番目に新しい大型衝突盆地とされる。科学的に非常に重要な地域で、月の地殻深部や上部マントルの物質を研究できる可能性がある。

Team Draper
マサチューセッツ州を拠点とする非営利研究開発組織のドレイパー研究所が主契約者となり、ispace U.S.をはじめとする複数企業が参加するコンソーシアムである。NASAのCLPSプログラムに選定されている。

アルテミス計画
NASAが主導する有人月面探査プログラムで、人類を再び月面に送り、持続的な探査活動を確立することを目指している。2020年代後半から2030年代にかけて実施される国際的な月探査計画。

【参考リンク】

NASA Commercial Lunar Payload Services (CLPS)(外部)
NASAが運営する商業月面輸送サービスプログラムの公式ページ。民間企業による月面輸送の実現を支援する。

株式会社ispace 公式サイト(外部)
日本の宇宙スタートアップ企業。月面資源開発と月面輸送サービスの商業化を目指している。

ispace U.S. 公式サイト(外部)
ispaceの米国法人。APEX 1.0ランダーの開発拠点で、CLPSプログラムに採択されている。

Charles Stark Draper Laboratory(外部)
宇宙誘導システムの世界的権威機関。Team Draperの主契約者としてCLPS主導。

【参考動画】

【参考記事】

ispace Announces Results of the “HAKUTO-R” Mission 1 Lunar Landing(外部)
ミッション1の着陸失敗の技術要因分析結果。高度測定誤認識が判明した重要報告。

Japan’s ispace suffers second lunar landing failure(外部)
ミッション2の着陸失敗を報じた記事。2度の失敗経験が品質保証強化への動機付け。

Apex 1.0 Lunar Lander (ispace U.S. Official)(外部)
APEX 1.0の仕様紹介。300kgペイロード能力で初代比10倍以上の性能。

The Moon’s epic ‘grand canyons’ were gouged out in minutes(外部)
シュレーディンガー盆地の地質学的重要性を解説。アルテミス探査ゾーンとの関係。

ispace U.S. Announces Official Launch of Data Relay Services(外部)
月面データ中継サービスの正式立ち上げ。月面通信インフラの商業化への一歩。

【編集部後記】

2度の失敗を経て、ispaceが選んだ答えは「外部の目」を組織に入れることでした。月面着陸という未踏の挑戦において、社内の知見だけでは気づけない盲点があることを、彼らは身をもって学んだのかもしれません。

アラン・スターン博士をはじめとする宇宙産業のベテランたちが、若き民間企業の挑戦をどう導いていくのか。失敗から学び、新たな視点を入れ、体制を強化して再挑戦する。民間宇宙開発のみならず、その姿勢こそがテクノロジーを発展させていく本質なのかもしれません。2027年のミッション3が今から楽しみですね。

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…