11月28日は「火星の日」と呼ばれることがあり、その背景には、1964年に打ち上げられた火星探査機マリナー4号がある。
人類が火星を“レッドプラネット”として本格的に探り始めてから、およそ60年が過ぎようとしている。
なぜ11月28日が「火星の日」なのか
1964年11月28日、NASAの火星探査機マリナー4号がフロリダのケープカナベラルから打ち上げられた。
この打ち上げを記念して、英語圏では11月28日を「Red Planet Day」と呼び、火星とその探査を祝う日として各種サイトやメディアが紹介している。
Red Planet Dayは国連などが定めた公式な国際デーではないが、マリナー4号の功績をたたえる“カルチャー起点の記念日”として、教育機関や科学館、宇宙ファンコミュニティに広がっている。
マリナー計画とマリナー4号:火星探査のゼロ年代
マリナー4号は、金星や火星を対象としたNASAの初期惑星探査シリーズ「マリナー計画」の一員として開発された無人探査機である。
打ち上げ後、約8カ月間の航行を経て、1965年7月に火星へ最接近し、高度およそ1万キロ未満でフライバイを行ったと記録されている。
探査機には小型のテレビカメラとテープレコーダが搭載され、火星接近時に撮影した画像データを一度機内に記録し、その後地球へ数日にわたって送信するしくみが採用されていた。
本来は火星フライバイまでが想定ミッションだったが、その後も太陽風などの観測を続け、最終的に約3年間にわたり深宇宙環境の計測データを送り続けたとされる。
「初めての火星クローズアップ」がもたらした衝撃
マリナー4号は、火星表面をクローズアップで撮影した史上初の探査機で、約20枚強の画像が取得されたとされている。
画像に写っていたのは、クレーターが多い乾いた地形であり、当時一部で人気があった「運河」や「高度な文明」を想像させるような地形ではなかった。
これらの画像と大気観測データは、火星の大気が非常に薄く、生命に適した環境とは程遠いことを示し、人々が抱いていたロマンチックな火星像に冷や水を浴びせたと分析されている。
一方で、他惑星表面のクローズアップ画像を初めて地球にもたらした功績は大きく、惑星地質学や比較惑星学の出発点として、今も研究や解説で繰り返し取り上げられている。
マリナー4号が残した技術的レガシー
マリナー4号は、姿勢制御や星追尾、遠距離での高利得アンテナ通信、デジタル画像データのテープ記録と再送信など、後続の深宇宙探査で標準となる技術を多く実証した。
深宇宙からのデジタル画像伝送は、その後のバイキング、ボイジャー、マーズ・グローバル・サーベイヤーなど、あらゆる惑星探査ミッションの基本的な枠組みとして受け継がれている。
こうした通信・姿勢制御・電源管理の基盤技術が確立されたことで、火星だけでなく外惑星や小天体へのミッション設計が現実的なものになったと評価されている。
火星探査60年のロードマップ:フライバイからローバー時代へ
マリナー4号の後、1970年代前半にはマリナー9号が火星周回軌道投入に成功し、初めて一つの惑星を長期にわたってマッピングする時代が始まった。
1976年にはバイキング1号・2号が着陸機と周回機の組み合わせで火星に到達し、生命探査実験や高精度の地表観測によって「地上から見る火星科学」の基礎を築いた。
1990年代以降は、マーズ・グローバル・サーベイヤーやマーズ・オデッセイ、マーズ・リコナサンス・オービターなどのオービターが、地形・鉱物・大気を長期的に観測し、後続ローバーの着陸地点選定にも大きく貢献している。
地表探査では、マーズ・パスファインダー+ソジャーナー、スピリットとオポチュニティのMars Exploration Rover、フェニックス、キュリオシティ、インサイト、パーサヴィアランスなどが次々と投入され、「長距離移動」「掘削」「気象観測」などの能力が段階的に拡張されてきた。
最新ミッションが描き直した「火星」
オービターのレーダー観測や分光観測により、地下の氷、古代の河川跡や湖底堆積物、デルタ地形など、水の存在を示す構造が広範囲に見つかっている。
キュリオシティは、ゲールクレーター周辺の堆積岩を詳しく調べ、「過去の火星が液体の水と適度な環境を持ち、微生物的な生命が存在し得た可能性がある」ことを示す結果を次々に報告している。
パーサヴィアランスは、かつて湖と河川があったとされるジェゼロ・クレーターに着陸し、有機物を含む岩石や堆積物を分析しながら、将来のサンプルリターンを見据えたコア試料の採取・保管を進めている。
こうした成果により、一度は「冷たく不毛な世界」とみなされた火星が、「過去に生命がいた、あるいは今も痕跡が残っているかもしれない惑星」として再評価されている。
多国間・民間が加わる“レッドプラネット”競争
21世紀に入ってからは、欧州宇宙機関(ESA)、ロシア、インド、UAE、中国なども火星探査に参入し、軌道機や着陸・ローバーミッションを展開している。
例えば、ESAのトレースガスオービターはメタンなどの微量ガスを測定し、現在進行中の地質活動や生命活動の可能性を探っている。
中国の天問一号とローバー「祝融」は着陸・走行にも成功し、米国以外の国によるローバー運用という新たな段階を切り開いた。
民間企業も、通信・輸送・インフラ技術の開発を通じて将来の有人火星ミッションや資源利用を見据えたプロジェクトを進めており、NASAも長期的な有人探査構想を火星に向けて掲げている。
サンプルリターンと有人探査:次の60年の主役
パーサヴィアランスが採取しているコア試料は、将来のミッションで回収して地球へ持ち帰る「マーズ・サンプルリターン」の第一段階と位置づけられている。
サンプルリターン計画では、火星で打ち上げロケットを飛ばし、軌道上で別の探査機とドッキングして地球へ戻すという、高度な自動運用技術が必要とされている。
有人探査については、長期宇宙滞在に伴う放射線被ばくや心理的負荷、着陸・離陸の高リスク、現地資源から燃料や酸素を作るISRU技術の確立など、多くの技術課題があると指摘されている。
それでも各国の宇宙機関や民間企業は、2030〜40年代以降の有人火星ミッションを視野に入れたロードマップを描いており、マリナー4号以来の「遠隔からの視線」を、いずれ「現地からの視点」へと変えていこうとしている。
Red Planet Dayというカルチャーと科学コミュニケーション
Red Planet Dayは、科学館や学校、宇宙ファンコミュニティにとって、火星や惑星探査の歴史を振り返り、最新の成果を共有する良いフックとして使われている。
一部の団体やメディアは、11月28日前後に火星関連の講演会やワークショップ、SNSキャンペーンを行い、マリナー4号から続く探査のストーリーを一般層に伝えている。
日本語圏でも、「11月28日は火星の日」としてブログや解説記事で取り上げる例があり、「公式な祝日ではないが、火星探査に注目する日」として紹介されることが多い。
マリナー4号から次の60年へ
1964年のマリナー4号は、人類にとって「初めて火星に近づき、直接のデータと画像で語りかけてきた探査機」であり、その衝撃は60年たった今も宇宙開発史の象徴的なエピソードとして語り継がれている。
その後の数十年で、火星は「死んだ惑星」というイメージから、「過去の環境や生命の痕跡を探るべき惑星」、そして「将来、人が足を踏み入れうるフロンティア」へと位置づけを変えてきた。
11月28日のRed Planet Dayに、マリナー4号の小さな探査機から始まった歩みを振り返ることは、現在の火星探査ミッションや将来の有人飛行を「長い時間軸の中の一コマ」として捉え直すきっかけになるだろう。

【Information】
NASA(National Aeronautics and Space Administration)(外部)
火星探査機マリナー4号をはじめ、バイキング、Mars Exploration Rover、キュリオシティ、パーサヴィアランスなど、主要な火星ミッションを主導してきた米国の宇宙機関。公式サイトでは各ミッションの詳細データや最新成果が公開されている。
NASA Mars Exploration Program(外部)
NASAの火星探査専用ポータル。マリナー4号から最新ローバーまでのミッション概要、タイムライン、科学目標などが体系的に整理されており、「60年の流れ」を裏付ける一次情報のハブになる。
NASA Science – Mariner 4(外部)
マリナー4号ミッションの公式解説ページ。打ち上げ日時、フライバイ条件、主要成果、搭載機器など、記事中で扱った技術的・歴史的情報を確認できる。
JPL(Jet Propulsion Laboratory)Mariner 4(外部)
マリナー4号を実際に設計・運用したJPLの公式ミッションページ。画像、図面、運用ハイライトなど、より技術寄りの資料を参照したい場合に有用。
NASA Mars – Mars Overview Portal(外部)
火星の環境、地形、探査の歴史、最新ミッションを網羅的に紹介する公式ポータル。教育・一般向けの図版や解説も多く、図表や背景解説用の素材として適している。
ESA(European Space Agency)Mars Exploration(外部)
トレースガスオービターや過去の欧州火星ミッションを紹介するESAの公式情報。国際的な火星探査の文脈や、メタン観測など欧州側の科学成果を補足する際に役立つ。
International Mars Exploration Working Group(IMEWG)(外部)
各国宇宙機関の火星探査を俯瞰し、国際協力や将来計画の調整を行う国際ワーキンググループ。火星探査全体のロードマップや国際分担の流れを把握するのに適した情報源。
National Day Calendar – Red Planet Day(外部)
11月28日の「Red Planet Day(火星の日)」について、由来と趣旨をまとめたページ。マリナー4号打ち上げとの関係や、記念日の扱い方を確認する際に参照しやすい。
India Today – Red Planet Day 解説記事(外部)
Red Planet Dayの歴史・意義・火星の基礎知識をコンパクトに整理したニュース記事。記念日の国際的な扱われ方や、一般向けの説明のトーンをつかむのに向いている。
























