国連が緊急指定した『惑星防衛訓練』の標的――恒星間天体3I/ATLASの科学的真実|世界中の望遠鏡が注目する62日間

[更新]2025年11月27日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年11月、国連の承認を受けた国際的な天体監視ネットワーク「IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)」が、ある異例のキャンペーンを開始しました。ターゲットは、現在太陽系を猛スピードで通過中の恒星間天体「3I/ATLAS」。

IAWNが指定した2025年11月27日から2026年1月27日までの62日間。 ネット上で「エイリアンの母船か?」「第2のオウムアムアか?」と議論を呼んできたこの天体に対し、世界の科学者たちは連携して「最後の審判」を下そうとしています。

なぜ国連は、地球に衝突する危険の全くないこの天体を、わざわざ重要度の高い「惑星防衛」の訓練対象に選んだのでしょうか? そして、NASAやESA(欧州宇宙機関)が掴んでいる科学的な「真実」とは?

「衝突しない」のになぜ? 国連・IAWNの真意

IAWNが発表した「3I/ATLAS彗星位置測定キャンペーン」。その目的は、単なる天文学的なデータ収集を超えた、人類の生存戦略に関わる「地球防衛のための実戦演習(ファイヤー・ドリル)」にあります。

1. 「宇宙のナックルボール」を追跡せよ

3I/ATLASの最大の特徴は、太陽の重力計算だけでは説明がつかない「非重力加速」を見せている点です。 通常の天体は、太陽の重力に従って滑らかな放物線や双曲線を描きます。しかし、この天体はまるで野球のナックルボールのように、予測からわずかにズレる「ふらつき」を見せながら加速・減速を繰り返しています。

もし将来、地球に衝突コースをとる小惑星が現れ、それが3I/ATLASのように「予測不能な動き」をするタイプだった場合、どうなるでしょうか? 「あと3日後にここに落ちる」という計算が数千キロ単位でズレる可能性があり、迎撃ミサイル(DARTのようなキネティック・インパクター)を命中させることも、避難地域を特定することも不可能になります。

2. 世界中の望遠鏡を「同期」させる62日間のストレステスト

今回のキャンペーンの核心は、11月27日の開始から翌年1月27日の終了までの約2ヶ月間、世界中の天文台が連携し、この「気まぐれな天体」の位置をリアルタイムで共有し続けることにあります。

チリの超大型望遠鏡から、日本の小規模な観測所まで。異なる機材、異なるタイムゾーンを持つ世界中の施設が、一つの移動目標をどこまで正確に「ロックオン」し続けられるか。 これは、2013年のチェリャビンスク隕石落下のような突発的事象に備え、人類が構築している「追跡システムの限界テスト」なのです。

人工物説 vs 自然物説:科学が出した「冷静な結論」

アヴィ・ローブ博士(ハーバード大)などが提唱する「人工物説(エイリアンの探査機説)」は、SF的なロマンと警鐘を含んでいますが、NASAやESAなどの主流派科学コミュニティは、これまでの精密観測から「3I/ATLASは間違いなく彗星の一種である」という結論で合意形成しつつあります。

彼らが「人工物ではない」と断定する背景には、オッカムの剃刀(最も単純な説明こそが正解である)に基づく、強固な物理的証拠があります。

【根拠1】「ダーク・コメット」としての正体

当初、3I/ATLASには彗星特有の「尾」や「コマ」が見えず、これが「岩石質の小惑星、あるいは金属質の人工物ではないか」という議論の引き金となりました。 しかし、最新の超高感度観測により、極めて微弱ながらも「コマ(ガスや塵の雲)」と「尾」が確認されました。

これは、3I/ATLASが当初疑われていたような正体不明の「ダーク・コメット(活動しない暗い彗星)」ではなく、活動レベルが低いものの、紛れもない「彗星」であることを示唆しています。微量であってもガスが出ている以上、それは金属製の宇宙船ではなく、揮発性物質を含んだ天体であることの決定的な証明となります。

【根拠2】謎の加速は「ロケット効果」で完全解明

Loeb博士らが「人工的な推進力(ライトセイル等)」の可能性を疑った謎の加速についても、物理学的な決着がついています。 太陽に接近して温められた表面の氷(水、一酸化炭素など)が、特定の方向へジェットのように噴き出し、その反作用で天体自体が押される「ロケット効果」が発生していたのです。

観測された質量の減少率と加速の度合いをスーパーコンピュータでシミュレーションした結果、3I/ATLASの挙動は、自然界の彗星物理モデルの許容範囲内に完全に収まることが確認されました。「未知のエンジン」を仮定する必要はどこにもなかったのです。

【根拠3】「未知の合金」ではなく「ありふれた炭素」

さらに決定打となったのが、分光観測(光の成分分析)の結果です。 もし人工物であれば、自然界には存在しない純度の高い金属や、特異な反射スペクトルが観測されるはずです。しかし検出されたのは、シアン(CN)や炭素鎖分子(C2, C3)など、太陽系内の彗星と全く同じ「ありふれた化学成分」でした。 また、近日点通過時に天体が部分的に崩壊の兆候を見せたことも、これが頑丈な構造体ではなく、もろい「氷と塵の緩やかな集合体(ラブルパイル構造)」であることを裏付けています。

結論:99%の科学と、残り1%の「余白」

IAWNによる今回の62日間のキャンペーンは、これらの科学的根拠を最終確認し、3I/ATLASを「惑星防衛の練習台」として利用するために行われています。 現在のデータが示すストーリーは非常にシンプルかつ現実的です。 「遠い星から来た、成分的にはありふれた、しかしガスが尽きかけた『汚れた雪だるま』が、最後の力を振り絞ってガスを噴き出しながら、太陽系を通り過ぎていく」

科学的には、これでミステリーは解決したと言ってよいでしょう。 しかし、それでもなお、「不可解な点」が完全にゼロになったわけではありません。なぜ、これほどまでに木星の重力圏をピンポイントでかすめる軌道をとったのか? その確率は天文学的にどれほど低いのか?

大勢の科学者が「解決済み」の印鑑を押して書類を閉じる中、たった一人、その書類をゴミ箱から拾い上げ、空を見上げ続ける男がいます。

こちらの記事では、現代の天文学界で「異端」とされながらも、孤高の戦いを続けるハーバード大学アヴィ・ローブ博士の物語に迫ります。彼はなぜ、99%の証拠を前にしても、残り1%に人生を賭けるのでしょうか?

【用語解説】

IAWN(国際小惑星警報ネットワーク)
International Asteroid Warning Network の略。国連の承認の下に設立された国際的な協力ネットワークです。地球に衝突する恐れのある小惑星や彗星(地球近傍天体:NEO)を早期に発見・追跡し、もし危険がある場合は世界中に警報を出し、各国の宇宙機関に対策を促す役割を担っています。

恒星間天体 (Interstellar Object)
太陽系の中で生まれたものではなく、「他の恒星系(太陽系外)」から飛来した天体のことです。 太陽の重力に縛られていないため、放物線や双曲線という「二度と戻ってこない軌道」を描いて猛スピードで通過します。観測史上、オウムアムア(1I)、ボリソフ彗星(2I)に続き、今回の3I/ATLASが3番目の発見例となります(名前の「3I」は3番目のInterstellarという意味)。

非重力加速 (Non-gravitational Acceleration)
天体の動きが、太陽や惑星からの「重力」の影響だけでは説明がつかない状態のことです。 通常は彗星がガスを噴き出す際の力で起こりますが、原因が特定できない場合、「人工的な推進力(エンジンや光帆)ではないか?」という議論の火種になります。

ロケット効果 (Rocket Effect)
非重力加速の主な原因となる物理現象です。 彗星の表面にある氷が太陽熱で温められ、ガスとして勢いよく宇宙空間へ噴出する際、その反作用(リアクション)で天体本体が反対方向へ押される力のことを指します。この力が加わることで、天体の軌道が計算上の予測からわずかにズレます。

ダーク・コメット (Dark Comet)
日本語では「暗い彗星」とも呼ばれます。 通常の彗星のように明るく輝く尾やコマ(ガスの雲)がほとんど見えない、あるいは極めて微弱な彗星のことです。水分などの揮発成分が枯渇しかけている、または表面が厚い塵で覆われているため活動が鈍く、発見当初は「ただの岩(小惑星)」と誤認されやすいのが特徴です。

分光観測 (Spectroscopic Observation)
天体から届く光をプリズムのように波長ごとに分解(スペクトル分解)し、分析する観測手法です。 物質にはそれぞれ「特定の色の光を吸収・放出する」という指紋のような性質があるため、光の成分を調べることで、現地に行かなくても「その天体がどんな物質(水、炭素、金属など)でできているか」を特定できます。

ラブルパイル構造 (Rubble pile)
「瓦礫(がれき)の山」という意味です。 一つの巨大な硬い岩盤ではなく、無数の岩や氷の破片が、互いの弱い重力だけで緩く寄り集まってできたスカスカな構造のことです。結合が非常に弱いため、少しの衝撃や、回転が速まる遠心力などで簡単に崩壊・分裂してしまう脆さを持っています。

キネティック・インパクター (Kinetic Impactor)
「運動エネルギー衝突体」のこと。 地球に衝突しそうな小惑星に対し、無人の探査機を高速で「体当たり」させ、その衝撃で軌道をわずかに変えて地球を守る技術です。NASAのDARTミッションですでに実証実験に成功しています。この記事では、3I/ATLASのような動きの読めない天体には、この技術を当てるのが難しいという文脈で登場します。

【参考記事】

IAWN (International Asteroid Warning Network): 3I/ATLAS Comet Astrometry Campaign(外部)
本キャンペーンの一次情報源。11月25日から始まる観測強化期間の詳細スケジュール、参加要件、および「非重力加速を示す天体のアストロメトリ(位置測定)精度の向上」という公式の目的が記載されています。

Avi Loeb (Medium): The International Asteroid Warning Network Initiated a Campaign to Monitor 3I/ATLAS
アヴィ・ローブ博士本人が執筆した記事。IAWNのキャンペーンを歓迎しつつも、科学界が既存の知識(彗星説)に固執することへの懸念や、自身の「人工物説」の論拠を語っています。

The Debrief: Warning Network’s Campaign to ‘Target’ 3I/ATLAS Sparks Theories
国連の指定がネット上でどのような「陰謀論(秘密の迎撃ミサイル実験説など)」を呼んだかを紹介し、それに対する科学的な事実(訓練である理由)を対比させた、客観的な分析記事です。

Star Walk: 3I/ATLAS最新情報:これはエイリアンの宇宙船?
3I/ATLASの発見日時(2025年7月)、軌道の詳細、地球との距離(1.8天文単位)などの基礎データが網羅されており、一般読者向けの基礎知識として非常に分かりやすくまとまっています。

投稿者アバター
乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。 デジタルエンターテインメントの未来形がいかに人間の認知と感情に働きかけるかを分析し、テクノロジーが創造する新しい未来の可能性を追求しています。

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