KIBOTCHA(キボッチャ)の取り組み―災害と共に生きていく選択肢

 - innovaTopia - (イノベトピア)

災害国日本という宿命

日本に住む私たちは、その地理的特性により絶えず自然災害の脅威に晒されています。プレートの境界に位置し、地震、津波、台風、火山噴火といった多様な災害が日常的に私たちの生活に介入してくる現実があります。もはや災害を回避することはできません。ならば、災害との共存という新しいパラダイムを模索するしかないのではないでしょうか。

東日本大震災が私たちに示したのは、巨大システムに依存した社会の脆弱性でした。原子力発電所の事故、サプライチェーンの断絶、情報インフラの麻痺—これらは、集中化された社会システムがいかに災害に対して無力であるかを如実に物語っています。同時に、「絆」という言葉が象徴したように、極限状況下での相互扶助と市民の良心が、生存のための重要な資源であることも明らかになりました。

しかし、私たちは災害が起こってから対応するのではなく、災害を前提とした社会システムを平時から構築する必要があります。つまり、災害に対する「可塑性(レジリエンス)」を持った社会の実現です。この文脈において、宮城県東松島市にあるKIBOTCHA(キボッチャ)という施設が提示する新しい災害観は、極めて示唆的だと言えるでしょう。

KIBOTCHA―廃校から生まれた未来学舎

皆さんはKIBOTCHAという施設をご存知でしょうか。東日本大震災で被災した旧野蒜小学校を全面改装し、2018年に防災体験型宿泊施設として生まれ変わった施設です。「希望」「防災」「未来」を組み合わせたその名称が示すように、防災をテーマに子供たちが楽しく学ぶことができる場として設計されています。

 - innovaTopia - (イノベトピア)
キボッチャHPより引用

https://kibotcha.com(キボッチャ公式)

この施設の特筆すべき点は、廃校という負の遺産を単なる震災遺構として保存するのではなく、未来への希望を育む場として再生させたことにあります。震災の時には1階が丸々浸水し、体育館に避難していた人たちも津波に襲われてしまったという悲劇の現場が、今では防災教育の最前線となっているのです。この象徴的な転換は、私たちの災害との関わり方において重要な示唆を与えてくれます。

自給自足型コミュニティの実現

KIBOTCHAが注目される理由の一つは、施設内での生産と消費の自律的な循環システムにあります。NOBIRU農園では、四季を感じながら土と触れ合う機会を提供し、農作物を収穫する楽しさを味わってもらう活動が展開されています。これは単なる農業体験に留まらず、巨大な食料供給システムに依存しない地域内完結型の生活モデルを私たちに提示しているのです。

森のKICHTCHENでは、東北地方の旬の食材(牡蠣・海苔・魚介・地元の野菜など)をふんだんに使用したお料理を楽しむことができます。この取り組みは、地産地消の理念を実践的に展開しており、グローバルなサプライチェーンが断絶した際でも、地域内の資源で生活を維持できるレジリエンスの構築と言えるでしょう。

画像
サトウサオリ様noteより引用(https://note.com/akitaken)

興味深いのは、KIBOTCHAでトークンを用いた経済システムが模索されているという点です。これは従来の法定通貨に依存しない、コミュニティ内での価値交換システムの実験的導入と解釈できます。大規模な金融システムが機能停止した災害時でも、コミュニティ内で経済活動を継続するための仕組みとして、重要な意味を持っているのではないでしょうか。

「パンとバラ」の哲学―文化的豊かさの意義

エピクロスは「パンと水さえあればゼウスと幸福で勝つこともできる」と言いました。しかし、現代の私たちが共感するのは、ウィリアム・モリスの「私たちはパンだけでなく、バラも求めよう。生きることはバラで飾られねばならない」という価値観ではないでしょうか。KIBOTCHAの取り組みは、まさにこの「バラ」の部分を重視していることが分かります。

サンドアートのアーティスト「保坂俊彦さん」による巨大サンドアート制作や、小学生と中学生のワークショップの作品が展示されていることは象徴的です。災害という極限状況においても、人間には芸術的表現や文化的活動が不可欠であることを、KIBOTCHAは実証しています。

元々小学校だったことを生かし、広い教室をいくつもつなげて作った大きな設備では、学校の備品をそのまま残した空間で、新しい形の学びと創造活動が展開されています。これは、過去の記憶を大切にしながら未来を創造する姿勢の表れと言えるでしょう。

キボッチャHPより引用

平時と非常時の境界を溶解させる設計思想

KIBOTCHAの最も革新的な側面は、防災体験と日常生活の境界を意図的に曖昧にしている点にあります。自衛隊OBが作成した、いざという時の身の守り方・知恵を学び、命を守る生きる教育のプログラムが、エンターテイメント(遊び)と教育と防災を融合させた日帰り利用と宿泊利用のどちらも可能な防災体験施設として提供されているのです。

キボッチャHPより引用

これは従来の防災教育の枠組みを超えた新しいアプローチと言えるでしょう。災害時にのみ発動される特別な知識やスキルとしてではなく、日常生活の延長線上で自然に身につけられる生活技術として防災を位置づけています。非常時には300名規模の一時避難所として使用できるという機能も、平時と非常時のシームレスな移行を可能にする設計思想の表れです。

新しい災害観の構築

これまでの防災は、災害を外部の脅威として捉え、それを防ぐ・避ける・備えるという消極的な姿勢が中心でした。しかし、KIBOTCHAのアプローチは、災害を生活の一部として受け入れながら、その中でも豊かな生活を創造していく積極的な姿勢を示しています。

被災して廃校となった小学校を単なる震災遺構とはせず、形を残したまま改修し、被災現場から防災教育を発信する施設として再出発させたという思想は、災害の記憶を単なる悲劇の記録としてではなく、未来への知恵として活用する姿勢を表しています。

この新しい災害観は、個人レベルでの意識変革だけでなく、社会システム全体の再構築を私たちに要求します。中央集権的な巨大システムに依存するのではなく、地域コミュニティを基盤とした分散型システムの構築。経済的効率性だけでなく、社会的レジリエンスを重視した政策立案。そして、災害を前提とした都市計画や社会インフラの整備が必要になってくるのです。

災害と共に生きる未来へ

防災週間という時期に、私たちは改めて災害との関わり方を見直す機会を得ます。

重要なのは、災害が起こってから対応するのではなく、災害と共に生きることを前提とした社会設計です。それは、物質的な備えだけでなく、コミュニティの絆、文化的な豊かさ、そして何よりも「生きることはバラで飾られねばならない」という人間の本質的な欲求を満たす社会の実現なのです。

私たち一人ひとりが、災害に対する可塑性を身につけ、市民としての良心を育み、平時から災害を念頭に置いた生活スタイルを確立していく必要があります。KIBOTCHAは、その具体的なモデルを私たちに提示してくれています。災害国日本の未来は、このような新しい災害観に基づいた社会の構築にかかっているのです。

【編集部後記】

私がこのKIBOTCHAに興味をもったきっかけは、2024年12月から2025年1月にかけてCAMPFIREで実施されたクラウドファンディングです。
https://camp-fire.jp/projects/812364/view/activities/653307

スマートエコビレッジの構想が非常に面白くて、私も【KIBOTCHA住民証】で支援に参加しました。
正直に言うと、目標金額の1300万は「たぶん、難しいだろうなぁ。集まっても300から500くらい。。」と思っていたんです。

プロジェクトの内容は素晴らしいのですが、リターンであるKIBOTCHA住民証の価値に共感する人がどれくらいいるだろうか?という疑問がありました。

ところが、蓋を開けてみると・・
支援者数785人で目標額を上回る支援が集まっていました。
大々的な宣伝もなく、主に「クラファンが好きなCAMPFIRE会員」に、これほどの賛同者がいるということに驚き、ポテンシャルを感じました。

住民証を受け取って以来、あまりキャッチアップできていませんが、KIBOTCHAコミュニティの動きが活発で、新しい試みも始まっているようです。
本稿ではKIBOTCHAの外観しかお伝えできていないと思いますので、今後はKIBOTCHAに導入されているテクノロジーについても詳しく取材していきたいと考えています。

投稿者アバター
荒木 啓介
innovaTopiaのWebmaster

読み込み中…
advertisements
読み込み中…