ヨーロッパのシンクタンクNewClimate Instituteが発表した報告書によると、世界最大手35社が二酸化炭素除去(CDR)を間違って実施している。
調査対象は農業・食品、航空、自動車、ファッション、化石燃料、技術、公益事業の7セクターにわたる。大部分の企業が植林などの短期的で「非持続的」な炭素除去手法に依存し、1,000年以上炭素を保存する「持続的CDR」への投資は限定的である。
現在、持続的技術は年間の世界炭素除去のわずか0.1パーセントを占めるに過ぎない。技術企業が持続的CDRへの最大投資を示し、Microsoftだけで契約された全持続的CDRの70パーセントを占める。
航空業界では全日本空輸のみが2050年までの合理的計画を持つ。農業・食品、自動車、ファッションセクターの15社中、H&MとStellantisのみが持続的CDRに投資している。
2023年時点で持続的手法により除去されたCO2は0.0023ギガトンで、化石燃料からの年間排出量の約15,000分の1である。
From: Big Businesses Are Doing Carbon Dioxide Removal All Wrong
【編集部解説】
この報告書が示すのは、企業の気候変動対策における深刻な「技術選択の誤り」です。問題の核心は、企業が短期的で安価な解決策を選んでいることにあります。
植林や湿地復元など「非持続的」な炭素除去手法は確かに1トンあたり50ドル以下と安価ですが、数十年から数世紀しか炭素を保存できません。一方、地質学的貯留や岩石化による「持続的CDR」は1,000年以上の保存が可能ですが、現在のコストは300〜1,000ドルと高額です。
Microsoftが全持続的CDR契約の70%を占めるという数字は驚くべきものです。同社は2024年だけで510万トン、全購入量の63%を占め、総計で2,160万トンという圧倒的な規模で投資を続けています。これは他の大手企業の消極的姿勢と際立った対照を見せています。
技術面での課題も深刻です。現在の持続的CDRは年間わずか0.0023ギガトンの除去能力しかありません。これは化石燃料からの年間排出量37.1ギガトンの15,000分の1という極小規模です。2050年までに必要とされる年間100億トンの除去目標達成には、技術革新と大規模投資が不可欠です。
興味深いのは、バイオ炭などの新技術が持続性の評価を向上させていることです。最新研究では、適切に製造されたバイオ炭は1,000年以上の炭素保存能力を持つことが証明されています。
規制面では、Science Based Targets initiative(SBTi)が2025年3月に発表したNet-Zero Standard V2が重要な転換点となります。2030年から企業に炭素除去目標の設定を義務付け、持続的CDRを1,000年以上の保存期間と定義しています。
長期的視点では、この報告書が指摘する問題は単なる技術選択の誤りを超えています。企業が根本的な脱炭素化を回避し、安価なオフセットで責任を逃れようとする「グリーンウォッシング」の構造的問題を浮き彫りにしています。真の解決策は、排出削減を優先しつつ、持続的CDR技術への戦略的投資を並行して進めることです。
【用語解説】
二酸化炭素除去(CDR:Carbon Dioxide Removal)
大気中に既に放出された二酸化炭素を人工的に回収・貯蔵する技術の総称。植林などの自然ベース手法と、直接空気回収などの工学的手法に分類される。
持続的CDR(Durable CDR)
地質学的貯留や岩石化など、1,000年以上の長期間にわたって炭素を保存できる除去技術。現在の除去量の0.1%を占めるのみだが、気候目標達成には不可欠とされる。
非持続的CDR(Non-durable CDR)
植林、湿地復元、土壌貯留など、数十年から数世紀程度の短期間しか炭素を保存できない除去手法。安価だが、化石燃料排出との時間スケールが合わない。
直接空気回収(DAC:Direct Air Capture)
大気中の二酸化炭素を化学的フィルターで直接捕獲する技術。捕獲した二酸化炭素を地下貯留(DACCS)または利用(DACCU)に回す。
バイオ炭(Biochar)
植物系バイオマスを高温で炭化した炭素材料。土壌改良効果と炭素貯蔵機能を併せ持ち、適切な製造条件下では1,000年以上の保存が可能。
ネットゼロ
排出される温室効果ガスと除去される量が等しくなり、実質的な排出量がゼロになる状態。2050年までの達成が国際的目標とされている。
【参考リンク】
NewClimate Institute(外部)
ドイツに拠点を置く非営利気候政策シンクタンク。企業の気候責任監視報告書で知られ、今回の調査を実施した組織
Climeworks(外部)
スイスを拠点とする直接空気回収技術の世界最大手企業。H&Mなど大手企業に炭素除去サービスを提供
Science Based Targets initiative(SBTi)(外部)
企業の科学的根拠に基づく排出削減目標の設定・検証を行う国際組織。2025年に新たなネットゼロ基準を発表予定
【参考記事】
Microsoft’s Leadership in Carbon Dioxide Removal (CDR)(外部)
Microsoftが全持続的CDR契約の70%を占める現状と2024年の購入実績を詳細分析した記事
Global carbon dioxide removals per year 2023, by method(外部)
2023年の世界炭素除去量0.0023ギガトンの内訳データを統計的に提供する調査報告
5 things to know about the SBTi’s new carbon removal guideline(外部)
Science Based Targets initiativeの2025年新基準について企業の炭素除去目標設定義務化を解説
Will Direct Air Capture Ever Cost Less Than $100 Per Ton Of CO2?(外部)
直接空気回収技術のコスト分析。現在300-1,000ドルの高コストが2030年代に低下する可能性を検証
【編集部後記】
この記事を読まれて、皆さんはどの企業の取り組みに注目されましたか?私たちは消費者として、企業が本当に効果的な気候対策を選んでいるかを見極める力を持てるでしょうか。
実は、innovaTopiaでは以前にも二酸化炭素除去技術について取り上げています。今年6月の「海洋肥沃化が裏目に?mCDR技術が海洋酸素を地球温暖化の2倍速で減少させる研究」では、海洋での炭素除去技術のリスクを報じました。今回の記事と合わせて読むと、陸上・海洋双方でのCDR技術の複雑な現実が見えてきます。
普段利用しているサービスや製品の企業が、どのような炭素除去手法を採用しているのか調べてみませんか?また、Microsoftのように積極的に持続的CDRに投資する企業と、植林などの短期的手法に頼る企業の差は、私たちの選択にどう影響を与えるでしょうか。
未来のテクノロジーが地球環境を救う可能性を秘めている一方で、企業の選択次第でその効果は大きく変わります。皆さんは、どのような基準で企業の気候対策を評価されますか?