オーストラリア連邦財務大臣Jim Chalmersが2025年8月2日付のThe Guardian寄稿記事で、AI革命に対する政府方針を表明した。
チャルマーズは2017年に元NBN CEO Mike Quigleyと共著「Changing Jobs: The Fair Go in the New Machine Age」を執筆していた。大規模言語モデル(LLM)はインターネットより7倍、電気より20倍速く普及している。
Goldman SachsはAIが今後10年でGDPを7%押し上げると予測し、PwCは2030年までに世界GDPを15.7兆ドル押し上げると推定している。
米国推定では労働者の8割が将来的に仕事の最低10%でLLMを使用する可能性がある。クラウド設計企業Canvaの評価額は2017年の10億米ドルから現在300億米ドル超に上昇した。データセンター企業AirTrunkも急成長している。
AIインフラ投資は2024年前半に97%増の470億米ドルに達し、2028年には2000億米ドルに達する見込みである。オーストラリアは2020年にAI企業・研究機関でGDP比世界6位にランクされ、データセンター分野で世界トップ5の目的地である。政府は8月中に経済改革円卓会議を開催予定で、AIが主要議題となる。
From: Australia shouldn’t fear the AI revolution – new skills can create more and better jobs
Jim Chalmers
【編集部解説】
オーストラリア政府のAI政策が注目されている理由は、単に技術導入を促進するだけでなく、労働者保護と経済成長のバランスを取る「中道路線」を模索している点にあります。チャルマーズ財務大臣の論調は、世界的にAI規制論争が激化する中で、特に興味深い位置づけを示しています。
まず理解しておくべきは、AI導入のスピードです。記事で言及されている「インターネットより7倍、電気より20倍速い普及速度」という数値は、元記事で引用されているMorgan Stanleyのレポートで指摘されており、これまでの技術革新とは次元の異なる変化が起きていることを意味します。この急速な変化に対し、政府は既存の規制フレームワークでは対応しきれないという認識を持っています。
経済効果の予測値については、複数の研究機関が異なる数値を示しており、慎重な評価が必要です。記事で挙げられているGoldman Sachsの7%成長予測やPwCの15.7兆ドル押し上げ予測など、楽観的な数値が並んでいますが、ノーベル賞受賞経済学者ダレン・アセモグルによる0.7%という控えめな予測との開きが大きく、実際の効果は今後の検証が待たれるところです。
雇用への影響については、チャルマーズ大臣の楽観的な見通しがある一方で、現実には世界的にテック企業でAI導入に伴う人員削減の動きも見られます。記事が言及するAnthropicやNBERの研究は、AIが労働者を「代替」するよりも「拡張」する可能性を示唆していますが、この移行期における職業訓練やスキル開発の重要性を強調しています。
オーストラリアが戦略的に注力する分野は、AIモデル開発よりもコンピューティングインフラストラクチャーです。記事で触れられているように、AIハードウェアと基盤モデル市場は米国企業が圧倒的シェアを占めており、オーストラリアはデータセンターや量子コンピューティング分野での優位性を活かす戦略を採用しています。これは、地政学的に安定しており、再生可能エネルギー豊富なオーストラリアの特性を活かした現実的なアプローチと言えるでしょう。
規制アプローチの特徴は、「必要最小限の規制でイノベーション促進」という方針にあります。これは米国やイギリス政府の「イノベーション重視」路線に近く、EUのAI法のような包括的規制とは一線を画しています。記事で言及されているように、PsiQuantumへの投資やAI採用センターの設立など、具体的な施策も進行中です。
潜在的リスクとして、記事でも触れられているように、AIによる偽情報拡散や監視能力の向上、プライバシーへの影響、エネルギー消費の増加などが挙げられています。また、海外依存のAIシステムに頼り続けることで生じる主権的リスクも重要な課題となっています。
この政策論争は、8月に開催される経済改革円卓会議で具体化される予定であり、オーストラリアがグローバルAI競争においてどのような立ち位置を選択するか、その方向性が明確になると予想されます。
【用語解説】
大規模言語モデル(LLM)
膨大なテキストデータで訓練された人工知能モデルで、人間のような自然な文章生成や対話を可能にする技術。ChatGPTやGPTなどが代表例である。
ハイプサイクル
新技術が市場に登場してから成熟するまでの期待度の変化を表すガートナー社の概念。過度な期待の後に幻滅期を迎え、その後現実的な普及段階に入るとされる。
認知的産業革命
18-19世紀の産業革命が肉体労働を機械化したのに対し、AIが知的作業や判断業務を自動化・支援する変革を指す概念。
職業の二極化
技術進歩により、高スキル・高賃金の仕事と低スキル・低賃金の仕事は残るが、中程度のスキルを要する仕事が減少する現象。
量子コンピューティング
量子力学の原理を利用し、従来のコンピューターでは不可能な複雑な計算を超高速で処理する次世代コンピューティング技術。
NBN(National Broadband Network)
オーストラリア政府が推進する国家ブロードバンドネットワーク構築プロジェクト。全国への高速インターネット接続の提供を目的とする。
【参考リンク】
Jim Chalmers公式サイト(外部)
オーストラリア連邦財務大臣の公式ウェブサイト。政策発表や選挙区活動の情報を掲載
Canva(外部)
オーストラリア発のクラウド型グラフィックデザインプラットフォーム。世界1億人以上が利用
AirTrunk(外部)
アジア太平洋地域でハイパースケールデータセンターを運営するオーストラリア企業
PsiQuantum(外部)
シリコンフォトニクス技術を用いた量子コンピューターの開発を行う米国企業
AI Adopt Programme(外部)
オーストラリア政府が中小企業のAI導入支援のために設立したプログラム
【編集部後記】
オーストラリアの「AI革命」への取り組みを見ていると、技術革新と労働者保護のバランスという、日本でも避けて通れない課題が浮き彫りになります。皆さんの職場では、AIをどのように活用されていますか?また、新しいスキルの習得について、どのような取り組みをされているでしょうか。
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