地方書店のAI戦略、今井書店が「サポリィ」導入─書店ゼロ地域3割時代に示す生き残りの道

[更新]2025年10月3日08:11

地方書店のAI戦略、今井書店が「サポリィ」導入─書店ゼロ地域3割時代に示す生き残りの道 - innovaTopia - (イノベトピア)

株式会社今井書店は、公式アプリ「BookStore」において、AIチャットボット機能「サポリィ(Sappoly)」を2025年9月1日にリリースした。

同社は島根県松江市に本社を置き、山陰地域を中心に書店事業を展開している。AIチャットボットは、アプリ内のFAQデータをAIに学習させることで、顧客からの質問に自動応答する仕組みを実現した。

BookStoreアプリの会員数は2025年9月時点で11万人を超えており、問い合わせ件数の増加に伴うスタッフの負荷が課題となっていた。このシステムは株式会社コアモバイルが開発したもので、同社は以前からBookStoreアプリの開発に携わっている。今後は店舗の在庫状況やジャンル別売上ランキングなど、より多彩な応答機能の提供を予定している。

From: 文献リンク【PRTIMES】今井書店公式アプリ「BookStore」 AIチャットボット機能をリリース

【編集部解説】

今井書店のAIチャットボット導入は、単なる顧客サービスの効率化にとどまらず、地域書店が生き残るための戦略的な転換点として注目されます。

書店業界全体を見渡すと、深刻な状況が浮き彫りになります。2025年時点で全国約493の自治体、つまり約28%の地域に書店が存在しない状況となっており、政府も「書店活性化プラン」を発表するなど、業界全体の構造的な課題が顕在化しています。このような環境下で、今井書店のアプリ会員数が1年で10万人、さらに2025年9月には11万人を超えたという事実は、地域密着型書店のデジタル戦略が確実に成果を上げている証左といえます。

AIチャットボット「サポリィ」の技術的な意義は、FAQデータを学習させた自動応答システムという点にあります。従来の書店では、アプリの使い方や店舗情報といった定型的な問い合わせに、スタッフが個別に対応する必要がありました。小売業界全般において、こうした定型的な問い合わせ対応がスタッフの業務負荷を高め、本来注力すべき接客や売り場づくりの時間を圧迫していることが指摘されています。

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このシステムが持つ最大のポテンシャルは、今後の展開にあります。プレスリリースでは「店舗の在庫状況」「棚番号までの案内」「トレンド本の要約」「新刊の自動通知」といった機能拡張など、「AI書店員」としての役割を持つことが期待されています。これらが実現すれば、オンライン書店に対抗する差別化要素となり得るでしょう。

一方で、AIチャットボットの限界も認識しておく必要があります。現段階では学習データの範囲内での応答に限られるため、複雑な相談や感情的なニュアンスが必要な対応には不向きです。また、システムの精度向上には継続的なデータ蓄積と改善が不可欠であり、導入後の運用体制が成否を分けることになります。

より広い視野で見ると、日本の書店業界全体がRFIDタグを活用した在庫管理の効率化や、AIによる配本最適化といったテクノロジー導入を模索している時期と重なります。今井書店の取り組みは、こうした業界全体のデジタル化の流れにおける先行事例として、他の地方書店にとっての指針となる可能性があります。

「人間とAIが互いの力を引き出し合う」という今井書店のビジョンは、テクノロジーを人間の代替ではなく、能力の拡張として捉える視点を示しています。地域の文化拠点としての書店が、デジタル技術によって新たな価値を創出できるか。その実験が、山陰の地で静かに、しかし確実に進行しているのです。

【用語解説】

FAQ(Frequently Asked Questions)
頻繁に尋ねられる質問とその回答をまとめたものである。ウェブサイトやアプリにおいて、ユーザーが疑問を解決するための基本的な情報源として提供される。AIチャットボットはこのFAQデータを学習することで、類似した質問に対しても適切な回答を生成できる。

サポリィ(Sappoly)
株式会社コアモバイルが開発したAIチャットボットサービスである。既存のシステムに組み込み可能な設計となっており、FAQデータを学習させることで自動応答機能を実現する。今井書店のBookStoreアプリに導入され、顧客からの問い合わせ対応を効率化している。

【参考リンク】

株式会社今井書店(外部)
明治5年創業の山陰地域を中心とした書店チェーン。島根県松江市に本社を置き、鳥取県・島根県で12店舗を運営している。

BookStoreアプリ登録手順(今井書店公式)(外部)
今井書店が提供する公式ポイントアプリの登録方法を案内するページ。2025年9月時点で会員数11万人を超える。

株式会社コアモバイル(外部)
東京都台東区に本社を置くシステム開発会社。AIチャットボット「サポリィ」を開発し、BookStoreアプリへの導入を実現した。

株式会社光和コンピューター(外部)
出版社システムや書店システムなど出版業界に特化したシステム開発を行う企業。BookStoreアプリの共同開発企業の一つ。

株式会社ポケットチェンジ(外部)
海外旅行で余った外貨を電子マネーやギフトコードに交換できるキオスク端末サービスを提供する企業。BookStoreアプリの共同開発に参画。

株式会社トーハン(外部)
日本最大級の出版取次会社の一つ。全国の書店に書籍・雑誌を流通させる物流ネットワークを持つ。BookStoreアプリの共同開発企業として参画。

【参考記事】

「書店ゼロの街」約3割の衝撃……逆転プランの現実味は?(外部)
全国約493の自治体、約28%の地域に書店が存在しない現状について報じ、書店活性化プランの内容を詳細に分析している。

経済産業省等、「書店活性化プラン」を公表(外部)
2025年6月に経済産業省が公表した書店業界の活性化施策について報告。業界全体のデジタル化推進策が示されている。

今井書店アプリ、1年でアプリ会員数10万人突破!(外部)
2025年5月の発表で、BookStoreアプリが開始1年で会員数10万人を突破したことを報告。地方書店として異例の成長速度を記録。

小売業の業務課題・DX化の解決にはチャットボットが良い理由(外部)
小売業界におけるチャットボット導入の効果を解説。問い合わせ対応時間の削減率や顧客満足度向上のデータが示されている。

棚卸しの手間が激減!「出版物ICタグ」は本の流通・売り場の課題解決につながるか(外部)
経済産業省の公式メディアによる、書店業界のRFID導入に関する特集記事。在庫管理の効率化やテクノロジー活用による業界変革を報告。

AI時代に挑む地元書店:多面的な公共性と持続可能性への道(外部)
地方書店がAI技術を活用して地域の文化拠点としての役割を維持する取り組みについて考察。書店の公共性と経営の持続可能性を論じる。

小売業のDXを推進するAIチャットボット、活用メリットや事例を紹介(外部)
小売業界でのAIチャットボット導入事例を複数紹介し、顧客対応の自動化による効果を具体的なデータとともに解説している。

【編集部後記】

地方の書店を最後に訪れたのは、いつだったでしょうか。AIが接客の一部を担うようになった時、書店という場所はどのように変化していくのでしょう。今井書店の取り組みは、テクノロジーが地域の文化拠点を守る可能性を示しています。

一方で「AI書店員」が実現した先には、人間のスタッフはどんな役割を担うのか。効率化の先に、本当に残したい書店の価値とは何なのか。この問いに、正解はまだ見えていません。もし機会があれば、地元の書店に足を運んでみてください。そこで感じる空気感や偶然の出会いが、AIと人間の共存について考えるヒントになるかもしれません。

投稿者アバター
omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。

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