Uberは2025年10月16日、ワシントンD.C.で開催された「Only on Uber 2025」カンファレンスで、米国のドライバーと配達員が乗車サービスを提供していない時間にアプリを通じて収入を得られる新しいパイロットプログラムを発表した。
CEOのDara Khosrowshahiが明らかにしたこのプログラムでは、AI Solutions Groupと連携し、ドライバーが小規模なオンラインジョブを完了できる。具体的なタスクには、AIモデルのトレーニングを支援するための写真のアップロードや、特定の言語やアクセントでの音声録音が含まれる。これらのタスクはすでにインドでテスト済みである。タスクの報酬は複雑さと完了予定時間に基づいて変動し、ドライバーは受け入れ前に支払額を確認できる。
Uberはクライアント名や具体的なAIプロジェクトの詳細は開示していない。また同日、女性ドライバーと女性ライダーをマッチングする機能をボルチモア、ミネアポリス、フィラデルフィア、シアトル、ポートランド、ワシントンD.C.で正式展開することも発表された。
From: Uber will offer gig work like AI data labeling to drivers while not on the road
【編集部解説】
このニュースは、ギグエコノミーの進化における重要な転換点を示しています。Uberはこれまで「移動」というフィジカルなサービスを提供する場として機能してきましたが、今回の発表によってデジタルタスクのプラットフォームへと領域を拡大します。
注目すべきは、Uberが2024年11月から「Scaled Solutions」という名称で開始し、現在は「Uber AI Solutions」にリブランドしている既存のAIデータラベリング事業との統合です。これまで企業向けに提供していたサービスを、自社が抱える数百万人規模のドライバーネットワークに開放することで、AI開発に不可欠なデータラベリング市場において大きな競争力を獲得する可能性があります。
この動きの背景には、2025年6月にMetaがScale AIの49%株式を取得したことが影響していると考えられます。この大規模な資本提携によってデータラベリング市場に大きな動きが生まれ、OpenAIやGoogleなどの主要クライアントがScaleとの契約を縮小する動きを見せています。Uberは自社のギグワーカーネットワークという独自の強みを活かして、この市場機会を捉えようとしています。
ドライバーにとっては、待機時間を収益化できる新しい選択肢が生まれます。従来は乗客を待つ時間や配達の合間は無収入でしたが、このプログラムによって時間をより効率的に活用できるようになるでしょう。タスクの複雑さと所要時間に応じた報酬体系も、透明性の観点から評価できます。
一方で、潜在的な懸念も存在します。データラベリング作業は単純作業が多く、報酬が低い傾向にあります。Amazon Mechanical Turkなどの既存プラットフォームでは、時給換算で最低賃金を下回るケースも報告されています。Uberがどのような報酬水準を設定するかは、ドライバーの実質的な収益に大きく影響するでしょう。
また、Uberは作業内容のクライアント名やプロジェクトの詳細を開示しないとしています。これは企業秘密保持の観点からは理解できますが、ドライバーが自分の労働がどのようなAIシステムのトレーニングに使われているのか知る権利という倫理的な問題も提起されます。
この発表には、女性ドライバーと女性乗客をマッチングする機能の拡大や、低評価乗客を避けられる設定、遅延時の報酬保証なども含まれており、Uberがドライバー体験の改善に注力していることが窺えます。特に女性ドライバー向け機能はすでに世界中で1億回以上の乗車に利用されており、安全性向上への具体的な取り組みとして評価できます。
長期的には、この動きがギグワーカーの働き方をさらに多様化させる可能性があります。フィジカルとデジタルの仕事を自由に組み合わせられるハイブリッド型のギグエコノミーは、労働市場に新しい柔軟性をもたらすかもしれません。しかし同時に、ギグワーカーの労働条件や権利保護に関する議論も活発化することが予想されます。
【用語解説】
ギグエコノミー
インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方、またはその経済圏を指す。配車サービスや配達、フリーランスの仕事など、従来の正規雇用とは異なる柔軟な労働形態。労働者は複数のプラットフォームを使い分けながら収入を得ることができる一方、雇用保障や福利厚生が限定的という課題もある。
Mechanical Turk
Amazonが運営するクラウドソーシングプラットフォーム。企業が小規模なタスク(データ入力、画像分類、アンケート回答など)を投稿し、世界中の労働者がそれを完了して報酬を得る仕組み。AIでは処理が難しい作業を人間が行うことから、18世紀の自動チェス人形「メカニカル・タルク」にちなんで命名された。
Scale AI
AIモデルのトレーニングデータを提供する企業。データラベリング、アノテーション、データ品質管理などのサービスを展開し、自動運転車やAIアシスタントの開発企業に高品質なトレーニングデータを供給している。2025年6月にMetaが49%の株式を取得し、業界に大きな影響を与えた。
【参考リンク】
Uber AI Solutions(外部)
Uberが提供するAIデータラベリング、製品テスト、ローカライゼーションサービスの公式サイト。企業向けにグローバルなギグワーカーネットワークを活用したAIトレーニングデータの作成支援を提供。
Upwork(外部)
世界最大級のフリーランスプラットフォーム。デザイン、プログラミング、ライティング、データ入力など多様な仕事をオンラインで受発注できるサービス。
Amazon Mechanical Turk(外部)
Amazonが運営するマイクロタスク型クラウドソーシングサービス。画像認識、データ検証、コンテンツモデレーションなど、AIでは処理が難しい小規模タスクを人間が実行。
【参考動画】
【参考記事】
Uber Pilots AI Data Labeling Jobs for Drivers During Downtime(外部)
Uberがドライバーの待機時間にAIデータラベリング作業を提供する新プログラムの詳細を報じている。インドでのパイロットテストの実施状況や、タスクの具体的な内容について言及。
Uber Giving Some US Drivers Option to Earn Money From Data Tasks(外部)
Bloomberg Lawによる記事。米国の一部ドライバーがデータタスクで収入を得られるプログラムについて、労働法の観点から分析。報酬体系や労働者の権利に関する専門的な視点を提供。
Uber Is Making A Push In Data Labeling After Scale AI’s Deal With Meta(外部)
MetaがScale AIの49%株式を取得した直後に、Uberがデータラベリング市場への参入を加速させている背景を分析。2024年11月にサービス開始した経緯や市場の競争環境について深掘り。
Uber pitches AI labeling services following Meta’s Scale acquisition(外部)
MetaによるScale AI株式取得後のデータラベリング市場の変化と、Uberの参入戦略について報じている。既存のドライバーネットワークを活用する競争優位性について指摘。
Uber Expands AI Ambitions with Global Data-Labeling Platform(外部)
Uberが2024年11月に「Scaled Solutions」としてサービス開始し、2025年に「Uber AI Solutions」にリブランドして30カ国に拡大した経緯を詳述。市場の競争状況を報告。
【編集部後記】
このニュースを読んで、みなさんはどう感じましたか。AIの進化を支えているのは、実は私たちの身近にいるドライバーや配達員といった「人」の存在なのかもしれません。待機時間に写真をアップロードしたり音声を録音したりする作業が、いずれ私たちが使うAIサービスの精度を左右する。
そう考えると、ギグワーカーとAI開発の関係がとても身近に感じられませんか。一方で、報酬の公平性や労働環境の課題も見えてきます。フィジカルとデジタルが融合する新しい働き方は、私たちの未来にどんな可能性とリスクをもたらすのでしょうか。みなさんの視点をぜひお聞かせください。