株式会社国際電気通信基礎技術研究所、東京科学大学、千葉工業大学、情報通信研究機構、ザインエレクトロニクス、広島大学、名古屋工業大学、東京理科大学、徳山工業高等専門学校、東北大学、シャープの11機関は、150GHz帯および300GHz帯を用いたテラヘルツ波による超大容量無線LANの研究開発を実施した。
テーマは「テラヘルツ波による超大容量無線LAN伝送技術の研究開発」であり、実施時期は令和4年9月から令和8年3月までである。研究開発は総務省「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」により実施された。
本研究では、体積1cm3以下・16素子の150GHz帯AiPフェーズドアレーモジュールにより通信距離3mで伝送速度100Gbpsを達成し、300GHz帯で±30度以上の2次元ビーム制御と1ストリーム40Gbps以上を目指すトランシーバを開発した。150GHz帯において4Gbpsの双方向エラーフリー通信を確認し、成果は2025年11月26日から28日にパシフィコ横浜で開催されるMWE2025で展示され、11月27日のワークショップで説明される。
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「テラヘルツ波による超大容量無線LAN」の実現に必要な要素技術・統合技術を開発
【編集部解説】
テラヘルツ帯という、これまで本格利用が限られてきた周波数が、ついに「無線LAN」という身近なユースケースに入りつつあります。今回のプロジェクトは、150GHz帯と300GHz帯を使い、100Gbps級伝送やビーム制御、アクセスポイント協調など、Beyond 5G/ポストWi‑Fi時代を見据えた技術スタックを一体で検証している点が特徴です。
注目したいのは、単一のデバイス技術ではなく、多素子アンテナモジュール、300GHz帯2次元フェーズドアレー、サブテラヘルツ帯の無線リソース制御、Joint Transmission、さらにIEEE 802.11やITUでの標準化まで射程に入れた「システム+エコシステム」の取り組みであることです。データセンターや高密度オフィス、将来のAR/VR空間などで、有線級のスループットをワイヤレスで扱う現実味が一段階増したと言えます。
今回「テラヘルツ波」と呼びつつも、焦点となるのは150GHz帯/300GHz帯という、ミリ波とテラヘルツの中間にあるサブテラヘルツ領域です。完全なTHz帯よりもデバイス・伝搬のハードルをある程度抑えつつ、既存Wi‑Fiでは届かない数十〜100Gbps級の世界を狙う、現実解に近いゾーンと位置づけられます。MWE2025の展示情報からも、アンテナ、RFチップ、ベースバンドまで含めた実機試作が進んでいることがうかがえます。
この技術が社会に入ってくると、まずデータセンターのサーバー間リンクにおける配線削減やレイアウト自由度の向上が期待されます。さらに、イベント会場や工場など、高トラフィックかつレイアウト変化の多い現場で、光や有線を全面展開しなくても100Gbps級のリンクを補完的に張れる可能性が見えてきます。300GHz帯での2次元ビーム制御とマルチストリーム通信は、マルチユーザーAR/VR、ロボット群、屋内モビリティのような新しい体験インフラにもつながり得ます。
一方で、サブテラヘルツ帯は伝搬損失が大きく遮蔽物にも弱いため、ビームフォーミングやIRS、アクセスポイントの高密度配置など、インフラ設計の難度も上がります。275GHz以上の利用はITUや各国規制当局で制度設計が進行中であり、利用可能な帯域や用途は今後の国際的な議論に左右されます。高周波数帯ゆえの電波防護や安全性評価も、社会実装フェーズでは避けて通れないテーマになっていきます。
長期的には、Wi‑Fiを担うIEEE 802.11でもミリ波〜サブテラヘルツを視野に入れた新たな規格検討が進んでおり、今回の成果は「ポストWi‑Fi」の方向性に対して日本発で実装と標準化双方にコミットする一歩と捉えられます。未来のオフィスやデータセンターからLANケーブルが大きく減り、「空間そのものがネットワーク化された環境」が当たり前になるかどうか──その分岐点の一つとして、押さえておきたいプロジェクトだと感じています。
【用語解説】
サブテラヘルツ帯
テラヘルツ帯に近い高周波数のうち、150GHz帯や300GHz帯などを含む領域を指す用語である。ミリ波より高くテラヘルツ本流より低い中間帯として研究が進められている。
フェーズドアレーアンテナ
複数のアンテナ素子に与える信号の位相や振幅を制御し、電波ビームの向きを電子的に切り替えるアンテナ構成である。機械的な回転なしで高速なビーム走査を実現する技術だ。
MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)
送信側と受信側の両方で複数アンテナを用い、同じ周波数帯で複数の独立した信号を同時送受信する無線技術である。空間多重により伝送容量の向上を図る手法として広く利用されている。
Antenna-in-Package(AiP)
アンテナ素子をRF回路などと同じパッケージに一体実装する技術の総称である。高周波で問題になりやすい損失や配線長を抑えつつ、小型・高密度なアンテナモジュールを実現することを狙う。
Intelligent Reconfigurable Surface(IRS)
多数の反射素子から構成され、各素子の反射特性を制御することで電波の反射方向や位相を動的に変えられる人工表面である。壁などに配置して伝搬経路を制御し、通信品質向上を図る技術だ。
IEEE 802.11 Working Group
Wi‑Fiとして知られる無線LAN規格を策定するIEEEの標準化ワーキンググループである。6GHz帯や60GHz帯に加え、将来の高周波数帯利用についても検討を進めている。
MWE 2025
パシフィコ横浜で開催されるマイクロ波・ミリ波・テラヘルツ関連技術の展示会およびワークショップの総称である。産学官の最新成果が集まる国内有数のマイクロ波イベントだ。
Beyond 5G
現在の5Gの次を見据えた無線通信のコンセプトを指す用語である。超大容量・多数同時接続・超低遅延などをさらに拡張し、新産業やサービスの基盤を目指す。
【参考リンク】
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)(外部)
京都府精華町に本社を置く研究機関で、通信・無線・脳情報など先端分野の研究開発と社会実装を進めている。
情報通信研究機構(NICT)(外部)
総務省所管の情報通信分野ナショナルリサーチ機関で、無線通信や標準時、電波利用技術の研究開発を担っている。
MWE 2025(Microwave Workshops & Exhibition 2025)(外部)
マイクロ波・ミリ波・テラヘルツ関連のワークショップと展示会で、企業や大学が最新の無線技術や応用事例を紹介する。
ザインエレクトロニクス株式会社(外部)
高速インターフェースICなどアナログ/ミックスドシグナル半導体を開発する企業で、ベースバンド集積回路設計を担当している。
名古屋工業大学(外部)
名古屋市の工科系大学で、フェーズドアレーアンテナとRF回路一体型モジュールの開発など通信工学分野の研究を行っている。
【参考記事】
Ultra-high-capacity wireless LAN using terahertz waves(外部)
11機関による150GHz帯・300GHz帯テラヘルツ無線LANプロジェクトを英語で紹介し、100Gbps級伝送や4Gbps双方向通信、標準化活動の概要を整理している。
「テラヘルツ波による超大容量無線LAN」の実現に必要な要素技術・統合技術を開発(PR TIMES)(外部)
研究背景やデータセンターでの利用像、150GHz帯AiPモジュールと300GHz帯トランシーバ、マルチ周波数協調動作技術などを日本語で詳しく解説している。
「テラヘルツ波による超大容量無線LAN」の実現に必要な要素技術・統合技術を開発(NICT)(外部)
課題ア〜ウの構成やMIMO多素子アンテナ、IRS制御、Joint Transmissionなど、サブテラヘルツ無線LANの要素技術を整理して紹介している。
「テラヘルツ波による超大容量無線LAN」の実現に必要な要素技術・統合技術を開発(名古屋工業大学)(外部)
実施時期やテーマ、電波伝搬特性評価、フェーズドアレーアンテナの設計など、大学側の視点から研究内容と役割分担を説明している。
【編集部後記】
今回のテラヘルツ無線LANのプロジェクトは、通信インフラはここまで来ているのかと素直に驚かされる内容でした。1
50GHz帯や300GHz帯で100Gbps級の無線をねらう試みは、まだ実験室寄りの技術ではありつつも、データセンターやオフィス、これからのAR/VRやロボット、モビリティの裏側を支える候補になり得ると感じています。みなさんの身の回りでは、どんな場面でこうした技術があると助かるでしょうか?一緒に考えていければうれしいです。
























