Genesis Mission|トランプ大統領とDOEが立ち上げたAI“マンハッタン計画”

[更新]2025年11月26日

 - innovaTopia - (イノベトピア)

ドナルド・トランプ大統領は2025年11月24日、エネルギー省(DOE)に対し、全米17の国立研究所や連邦スーパーコンピュータ、数十年分の連邦科学データを統合した「closed-loop AI experimentation platform」を構築するGenesis Missionを大統領令で指示した。

大統領令は60日から270日に分かれた期限で、計算資源、データセット、モデル資産、ロボティックラボの棚卸しや、9カ月以内に少なくとも1つの科学課題で初期稼働を示すことを求めている。

Genesis MissionにはOpenAI for Government、Anthropic、Google、Microsoft、NVIDIA、AWS、IBM、Cerebras、HPE、Hugging Face、Dell Technologiesなどの企業が協力者として名を連ねるが、新規支出額や予算配分の詳細は公表されておらず、既存予算や今後の歳出法に依存するとされている。

From: 文献リンクWhat enterprises should know about The White House’s new AI ‘Manhattan Project’ the Genesis Mission

【編集部解説】

Genesis Missionは、「AIとスーパーコンピュータを国家レベルで束ねて、科学の進め方そのものを組み替えるプロジェクト」として構想されています。DOEが17の国立研究所と連邦スーパーコンピュータ群、長年蓄積されてきた科学データを一体運用し、AIエージェントとロボティックラボを組み合わせて、仮説生成から実験、フィードバックまでを閉じたループで回していく計画です。

これが実現すると、核融合や新素材、半導体プロセスのように、これまで数年スパンで回していた実験サイクルを、数カ月単位に圧縮できる可能性があります。連邦が税金で積み上げてきた科学データと計算資源を、AIで再活性化する試みとも言えます。

一方で、政治・ビジネスの文脈も無視できません。大統領令やファクトシートには具体的な新規予算額が示されておらず、資金は既存予算や今後の議会承認に依存すると複数メディアが指摘しています。そのなかで、OpenAIやAnthropic、Google、Microsoft、NVIDIAなど、巨額のクラウド・GPUコストを抱えるプレイヤーが協力企業として並ぶ構図は、「公共科学インフラ」と「フロンティアAIラボの間接支援」という二つの読み方を招いています。

さらにGenesis Missionは、オープンサイエンスというより「国家安全保障と先端科学の接点」として設計されている点も特徴的です。大統領令には分類、輸出管理、サプライチェーン保護、パートナーの審査といったキーワードが繰り返し登場し、プラットフォームへのアクセスは安全保障ルールに基づいて制御されます。かつてオープンソースAIへの理解を示したとされるJD・ヴァンス副大統領の過去発言と比べても、今回はオープンウェイトやコミュニティ主導の研究に特段の配慮は見えません。

エンタープライズの視点で見ると、Genesis Missionは「明日から使える何か」ではなく、「数年スパンで自分たちの前提条件を変えてくる“国レベルのリファレンスアーキテクチャ”」と捉えるのが近い印象です。スーパーコンピュータ、マルチエージェンシーの連邦データ、AIエージェント、ロボティックラボを束ねたクローズドループ環境を前提にしているため、メタデータ標準、プロベナンス管理、多拠点・マルチクラウドでのオーケストレーション、AIパイプラインの可観測性とアクセス制御などが、当然求められる要件として組み込まれていきます。

特に、バイオテック、エネルギー、製薬、先端製造といった規制産業の企業は、将来のコンプライアンスや官民連携で、この連邦レベルの基準が「暗黙のベンチマーク」になる可能性を意識せざるをえません。すでに感じている計算資源の逼迫やクラウド費用の高止まり、AIモデルガバナンスの要求水準の上昇は、Genesis Missionによってむしろ長期化するシナリオも見えてきます。

ポジティブな面にフォーカスすれば、これまで分断されていた公的データとインフラをAIで束ね直すことで、気候モデルやタンパク質構造予測、核融合シミュレーションなど、民間だけでは扱いにくい領域で新しいブレイクスルーが生まれる余地があります。ただ、その恩恵が大規模なAI企業と防衛・エネルギー系プレイヤーに集中し、オープンソースやスタートアップには逆風になるリスクも同時に内包しています。

【用語解説】

Genesis Mission
米国大統領令によりエネルギー省(DOE)が主導するAI・スーパーコンピュータ連携プロジェクトの名称で、連邦の科学データと国立研究所の計算資源を統合した閉ループ型AI実験プラットフォームを構築する取り組みだ。

closed-loop AI experimentation platform
AIエージェントが仮説生成、実験設計、シミュレーション、ロボティックラボによる実験実行、結果のフィードバックまでを一体として自動化し、継続的に研究サイクルを回し続けるための統合プラットフォームを指す概念だ。

federal scientific datasets
連邦政府が気候、エネルギー、物性、生命科学などの研究で長年蓄積してきた大規模科学データ群のことで、Genesis Missionではこれらを基盤モデルやAIエージェントの学習に活用する計画だ。

scientific foundation models
特定分野に閉じない汎用的な科学計算・解析を目的として訓練された大規模AIモデルの総称で、複数の科学領域でシミュレーションや予測、設計支援などに再利用されることを前提としたモデル群を指す。

robotic laboratories
ロボットアームや自動計測装置などで構成され、人手を介さずに試料作成、測定、分析を行える実験施設のことで、AIエージェントと接続して大量の実験サイクルを物理的に回すことを想定したインフラだ。

classification rules / export controls
機微技術や軍事転用可能性を持つ研究成果を、秘密指定や輸出管理規則によって制限するための法的枠組みの総称で、Genesis Missionのデータアクセスやモデル提供にも適用される前提となっている。

R&D productivity
研究開発活動から得られる成果量やインパクトを、投入された時間・コスト・リソースに対してどれだけ高められるかを示す概念で、Genesis Missionでは「R&D生産性を2倍にする」ことが目標に掲げられている。

【参考リンク】

Genesis Mission | Department of Energy(外部)
エネルギー省Genesis Mission公式ページで、目的や構成要素、参加組織と重点分野の概要を確認できる。

Launching the Genesis Mission(外部)
ホワイトハウス公表の大統領令本文で、DOEへの指示内容、期限付きタスク、ガバナンス構造が詳しく記載されている。

OpenAI(外部)
GPTシリーズなど大規模言語モデルを提供する企業で、Genesis Missionでは「OpenAI for Government」として協力企業リストに含まれている。

Anthropic(外部)
Claudeシリーズの生成AIを提供する企業で、安全性重視のAI研究で知られ、Genesis Missionのパートナーとして名が挙がっている。

Google(外部)
検索、クラウド、TPUなどを展開するテクノロジー企業で、DeepMindとともにAI研究を進め、Genesis MissionのAI・コンピュート協力企業となっている。

Microsoft(外部)
AzureクラウドやHPCインフラを提供する企業で、OpenAIとの連携で知られ、Genesis Missionの計算資源・AIプラットフォーム面のパートナーである。

NVIDIA(外部)
GPUおよびAI向けアクセラレータを提供する企業で、大規模モデル学習の主要ハードウェアベンダーとしてGenesis Missionインフラに関与する。

Amazon Web Services (AWS)(外部)
クラウドコンピューティングサービスを提供する事業部門で、GPUインスタンスやAIサービスを通じ、Genesis Missionのクラウド基盤の一角を担う。

IBM(外部)
メインフレーム、ハイブリッドクラウド、量子コンピューティングを展開する企業で、Genesis MissionにおけるHPCやAIソフトウェアのパートナーとして記載されている。

Cerebras Systems(外部)
ウェハースケールチップによるAIアクセラレータを開発する企業で、大規模モデルの高速学習に特化したハードウェアをGenesis Missionに提供しうるベンダーだ。

Hewlett Packard Enterprise (HPE)(外部)
スーパーコンピュータやHPCシステムを提供する企業で、DOEのAIスーパーコンピュータ構築とGenesis Missionの計算基盤に深く関与している。

Hugging Face(外部)
オープンソースモデル共有プラットフォームやMLOpsツール群を提供する企業で、モデルホスティングや実験管理の観点からGenesis Missionの協力企業となっている。

Dell Technologies(外部)
サーバーやストレージ、HPCソリューションを展開する企業で、Genesis Missionにおけるオンプレミス計算資源とインフラ構築のパートナーとして名がある。

【参考記事】

Trump aims to boost AI innovation, build platform to harness government data(外部)
ドナルド・トランプ大統領がGenesis Missionの大統領令に署名し、DOEに連邦科学データとスーパーコンピュータを統合するAIプラットフォーム構築を指示したことを報じている。

Trump launches “Genesis Mission” to harness AI for scientific breakthroughs(外部)
Genesis Missionを「closed-loop AI experimentation platform」として紹介し、エネルギーや核融合、半導体などの分野で科学的ブレイクスルーを狙う取り組みとして解説している。

Energy Department Launches “Genesis Mission” to Transform American Science and Innovation(外部)
DOEがGenesis Missionを「世界で最も複雑で強力な科学装置」と位置づけ、対象分野や参加組織、R&D生産性を2倍にする狙いを詳しく説明している公式リリースである。

Trump’s Genesis Mission Promises Manhattan Project Ambition. The Funding Says Otherwise.(外部)
マンハッタン計画級とされるGenesis Missionの野心と、具体的な予算裏付けの不足とのギャップを指摘し、フロンティアAIラボ支援や産業政策としての側面を批判的に分析している。

Trump’s new executive order brings together Big Tech, academics and the US government for AI science push(外部)
CNNが、Genesis MissionがBig Tech、学界、政府を結びつけるAI科学プラットフォームとして立ち上がる様子と、安全保障や輸出管理の観点からのガバナンス課題を伝えている。

【編集部後記】

少し前に、トランプ政権が州AI法を「連邦優先」で上書きしようとする動きを扱った記事を書きました。
「OpenAI・Metaも巻き込むTrumpのAI規制つぶし 州AI法『連邦優先』構想の狙いと危うさ」

あの記事では、ディープフェイクやアルゴリズム差別などに対応する州レベルのAI規制を、大統領令で弱めようとする構想を通じて、「誰がAIの安全基準を決めるのか」というルール側の主導権争いを見ていました。今回はそれと対になるように、「誰がAIと科学インフラの土台を握るのか」という視点からGenesis Missionを見ています。

同じ政権のもとで、「ルール」と「インフラ」という二つのレイヤーを連邦政府とビッグテック側に寄せていく流れが並行して進んでいるのだとしたら、その上でプロダクトや研究を設計する私たちの選択も、少し変わってくるはずです。

読者のみなさんは、自分の仕事や興味のある分野に引きつけて見たとき、「どのくらいの規制水準」と「どのくらい中央集権的なインフラ」がちょうどいいと感じるでしょうか。前回の記事と今回の記事を行き来しながら、自分なりのラインを一度言葉にしてみると、これからのAIとの付き合い方が少しクリアになるかもしれません。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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