OpenAIがSora 2ビデオモデルと共に、TikTok風の独立型ソーシャルアプリをリリースする計画だとWiredが報じた。アプリは縦型動画フィードとスワイプナビゲーションを備え、AI生成コンテンツのみを特集する。ユーザーが自身の写真や動画をアップロードする機能はない。アプリ内でのSora 2の生成動画は10秒以下に制限される。本人確認ツールを利用すれば、他のユーザーが自分の肖像を使って動画をリミックスできるようになり、OpenAIは肖像使用時に通知を送る。著作権制限により一部の動画生成は拒否されるが、The Wall Street Journalによると、権利保持者はオプトアウト方式での対応が求められる。トランプ大統領によるTikTok規制延期を受けて、OpenAIが市場機会を見出したとされる。
From: OpenAI will reportedly release a TikTok-like social app alongside Sora 2
【編集部解説】
今回の報道で注目すべきは、OpenAIが動画生成AIとソーシャルプラットフォームを統合した新しいエコシステムの構築を目指している点です。これは単なるTikTok対抗製品ではなく、AI生成コンテンツ専用のソーシャルネットワークという新たなカテゴリーの創造を意味します。
本人確認システムとdeepfakeのジレンマ
最も議論を呼ぶ機能が、顔認証による本人確認とリミックス機能の組み合わせです。ユーザーは自分の肖像を登録すれば、他のユーザーが自分の姿を動画に組み込むことが可能になります。OpenAIは肖像使用時に通知を送ると説明していますが、これは本質的にdeepfake技術の民主化とも言えます。現在、多くの国で非同意的なdeepfakeコンテンツに対する規制が議論されている中、この機能は法的にグレーゾーンに位置しています。通知機能があっても、悪用や名誉毀損のリスクは排除できません。
オプトアウト方式の著作権問題
The Wall Street Journalの報道によれば、Sora 2は著作権保持者にオプトアウトを要求する方式を採用します。これはEUのデジタル単一市場著作権指令や、英国政府が2024年12月に提案した方針と類似しています。しかし、オプトアウト方式には根本的な問題があります。著作権は本来、権利者が能動的に主張しなくても自動的に保護されるべき財産権です。オプトアウトを要求する仕組みは、この原則を逆転させるものです。
さらに、The Washington Postの検証では、Soraは既にNetflixの番組やTikTok風の動画を模倣できることが明らかになっており、フィルターを回避する方法も存在します。一度学習されたデータは簡単にはモデルから除去できないため、オプトアウトが提出された時点では既に手遅れという構造的問題も抱えています。
TikTok規制延期という政治的機会
トランプ大統領がByteDanceに対するTikTok売却期限を繰り返し延長したことで、OpenAIは市場参入の好機を見出したとされます。TikTokの不確実性が高まる中、クリエイターとユーザーの移行先を提供することは戦略的に合理的です。しかし、10秒の動画制限や撮影した動画のアップロード不可という制約は、既存プラットフォームとの直接競争には不利です。OpenAIの真の狙いは、AI生成コンテンツのエコシステムに人々をロックインし、他の動画生成モデル(GoogleのVeo 3やMetaのVibes)への流出を防ぐことにあるでしょう。
コンテンツの真正性という課題
アプリ内のすべてのコンテンツがAI生成という特性は、逆説的にコンテンツの信頼性問題を緩和する可能性があります。すべてが作り物と分かっているプラットフォームでは、誤情報拡散のリスクは現実世界のコンテンツと混在する従来型SNSより低いかもしれません。OpenAIはC2PAメタデータの導入を計画しており、動画の出所を追跡可能にする仕組みも用意されます。ただし、メタデータは容易に除去可能であり、完全な解決策とは言えません。
クリエイティブ産業への長期的影響
このプラットフォームが成功すれば、動画制作の敷居は劇的に下がります。小規模チームや個人が高品質な動画コンテンツを大量生産できるようになり、教育コンテンツやマーケティング素材の制作が民主化されます。一方で、既存のクリエイター経済への影響は深刻です。AI生成コンテンツが人間の創作物と競合し、クリエイターの収益機会を奪う可能性があります。ケンブリッジ大学の研究者らは、この種のオプトアウトモデルが新興クリエイターに不当な負担を課すと警告しています。
今後、同様のAI専用ソーシャルプラットフォームが増加すれば、インターネット上のコンテンツは人間作成とAI生成という二つの階層に分離していくかもしれません。その分岐点に、私たちは今立っています。
【用語解説】
Sora:OpenAIが開発したテキストから動画を生成するAIモデル。テキストプロンプト、画像、既存動画を入力として、新しい動画を出力できる。
deepfake:AIを使用して作成された、実在の人物の顔や声を別の映像に合成した偽動画。悪用による名誉毀損や詐欺のリスクが懸念されている。
オプトアウト:サービスや権利の適用から自ら除外する意思を明示的に表明する方式。著作権保護において、権利者が自ら「使用を許可しない」と表明しない限り、AI学習への利用が許可される仕組み。
C2PAメタデータ:Content Credentials(コンテンツ認証情報)を示す業界標準規格。デジタルコンテンツの出所、作成者、編集履歴などを記録し、真正性を検証可能にする技術。
ByteDance:TikTokを運営する中国のテクノロジー企業。米国では国家安全保障上の懸念から、TikTokの米国事業売却が求められている。
【参考リンク】
Sora | OpenAI(外部)
OpenAI公式のSora製品ページ。動画生成モデルの機能、使用例、技術的な詳細について解説されている。
Sora is here | OpenAI(外部)
Soraの一般公開に関するOpenAIの公式発表。安全対策、C2PAメタデータ、deepfake防止策などについて詳述。
【参考記事】
OpenAI’s video generator Sora can mimic Netflix, TikTok and Twitch(外部)
Washington PostによるSoraの検証記事。著作権保護されたコンテンツを模倣できる能力について実証的に報告。
Forcing UK creatives to ‘opt out’ of AI training risks stifling new …(外部)
ケンブリッジ大学の研究レポート。オプトアウトモデルがクリエイターに与える影響と著作権法の精神との矛盾を指摘。
【編集部後記】
AI生成コンテンツだけのSNSという発想は、ある意味で誠実かもしれません。すべてが偽物と分かっているなら、誤情報への警戒心も働くでしょう。しかし本人確認して肖像を他人が自由に使える仕組みは、通知機能があっても不気味です。オプトアウト方式の著作権対応も、権利者に立証責任を転嫁する構造に見えます。10秒制限でTikTokに対抗できるのか、それとも別の市場を狙っているのか。最も気になるのは、このプラットフォームで形成されるコミュニティがどんな文化を生むかです。人間の創造性とAIの境界線が、ここでまた一つ曖昧になります。