北斗星ラストラン――移動の風景が変わる日
2015年8月23日午前9時30分頃。寝台特急ブルートレイン「北斗星」の最終列車が、終点のJR上野駅に到着しました。現役ブルートレイン最後の運行であり、1958年から続いた約57年間にわたるブルートレインの歴史が幕を閉じた瞬間でした。
札幌駅には約1,500人、上野駅には約2,500人が集まりました。多くの人々が、一つの時代の終わりを見届けるために。
この日、私たちの「移動」は、どう変わり始めたのでしょうか。
青函トンネルとともに生まれた星
北斗星は、青函トンネルの開業と同じ日、1988年3月13日に運行を開始しました。初めて東京と北海道を乗り換えなしで直行する列車として。
上野駅と札幌駅間、約1,200キロメートル。東北本線から函館本線までを16時間かけて結びました。A寝台1人用個室「ロイヤル」、食堂車、ロビーカー。「日本初の豪華寝台特急」と呼ばれた設備は、当時最高峰のものでした。
北へ向かうフラッグシップ。新時代の象徴。夜行列車の車窓から見る景色、食堂車での食事、見知らぬ乗客との会話――移動そのものが、旅の目的でした。
ブルートレインの栄光と終焉
ブルートレインという名称は、1958年10月1日に誕生しました。寝台特急「あさかぜ」の車両が青い20系客車に置き換えられたことに始まります。青い車体で特徴付けられた寝台列車は、1970年代後半に空前のブームを巻き起こしました。
1974年、東京駅を発車する東海道・山陽方面の夜行列車は12本。しかし1964年の東海道新幹線開通後、寝台列車は取り残され続けました。新幹線、飛行機、そして2002年以降は格安の夜行高速バス。選択肢が増えるたびに、ブルートレインの立場は厳しくなりました。
速く、安く、確実に。移動は次第に「効率化」の対象となり、移動時間を短縮することが重視されるように。北斗星の廃止は、この長い変化の終着点でした。
変わる移動、変わらない移動
2025年現在、私たちの移動はさらに変化しています。
LCC(格安航空会社)の台頭により、空の旅は身近なものとなりました。オンライン会議とリモートワークは、物理的な移動の必要性そのものを問い直しています。そして自動運転技術の進歩により、運転から解放された移動時間を仕事や娯楽に充てることが可能になりつつあります。
「空飛ぶクルマ」は、もはやSFではありません。日本政府は2022年度から「ReAMo(リアモ)プロジェクト」を開始。ドローンタクシーによる人の輸送が、そう遠くない将来に実現しようとしています。渋滞のない空路、災害時の救急搬送、過疎地域への物資輸送。
さらにハイパーループ――真空チューブ内で時速1,000kmを超える速度で移動する技術も開発が進んでいます。東京-大阪間が30分で結ばれる未来。距離という概念が、意味を失うかもしれません。
一方で、移動を楽しむ文化も新しい形で復活しています。JR九州の「ななつ星 in 九州」(2013年)、JR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」(2017年)、JR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」(2017年)。これらの豪華クルーズトレインは、移動それ自体を目的とした「体験」として。
青い軌跡の先に
2015年8月23日。北斗星が最後に駆け抜けた1,200キロメートルは、やがて空飛ぶクルマが数時間で、ハイパーループが数十分で結ぶ距離となるかもしれません。
ブルートレインが終わりを告げた日、私たちは移動の新たな章の始まりを目撃しました。技術は進化し、選択肢は増え、移動の風景は変わり続けています。
けれども移動が、人間の本質的な営みの一つであることに変わりはありません。北斗星が残した青い軌跡の先に、どんな風景が広がっているのか。その答えは、まだ誰も知りません。
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参考リンク
用語解説
ブルートレイン 青い車体で特徴付けられた寝台特急列車の愛称。1958年の「あさかぜ」20系客車導入に始まり、1970年代後半に全盛期を迎えた。
ハイパーループ 真空状態にしたチューブ内で磁力により浮遊させた車両を高速移動させる次世代輸送システム。最高速度は時速1,000kmを超えるとされる。
ReAMo(リアモ)プロジェクト 「次世代空モビリティの社会実装に向けた実現プロジェクト」の通称。経済産業省とNEDOが2022年度から5年計画で実施している、空飛ぶクルマの実用化に向けた取り組み。
































