8月25日イーロン・マスク率いるAI企業xAIとX(旧twitter)が、Open AI及びAppleを提訴したが、2024年5月9日までにネバダ州での公益法人(PBC)ステータスを放棄していたことが判明した。
同社は2023年に公益法人として設立されたが、この変更を公表しなかった。xAIは2025年3月28日にX(旧Twitter)と合併したが、更新書類では公益指定は復活しなかった。この時期、マスク氏はOpenAIとサム・アルトマンを非営利ミッションの裏切りで訴訟していた。マスク氏の弁護士マーク・トベロフは2025年5月の法廷文書で、xAIを依然として「公益法人」と記載していた。
公益法人放棄後、xAIはテネシー州メンフィスのデータセンターで天然ガスタービンを稼働させ、約束していた汚染制御システムは未設置である。ノックスビルのテネシー大学の研究でxAIの事業が大気質問題を悪化させることが判明し、NAACPがクリーンエア法違反で訴訟を起こした。xAIは2025年7月9日にGrok 4をリリースしたが、安全テストに関する公開情報は提供しなかったとCryptopolitanが報じた。
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【編集部解説】
今回のxAIの動向は、AI業界における「倫理的責任」と「商業的成長」の矛盾を浮き彫りにした象徴的な事件といえます。
公益法人(PBC)とは、アメリカで2010年頃から導入された企業形態で、利益追求と同時に社会的利益の創出を法的に義務づける制度です。企業は年次報告書で環境・社会への影響を開示し、株主だけでなく社会全体への責任を果たすことが求められます。このようなガバナンス構造は、特に影響力の大きなテック企業において重要視されてきました。
xAIのPBC放棄は、単なる法的手続きの変更ではありません。同社がメンフィスで展開しているデータセンターの環境問題と深く結びついているのです。35基のガスタービンによる大気汚染について、環境団体は年間1,200〜2,000トンの窒素酸化物を排出していると推定しており、これは隣接するガス火力発電所や石油精製所を上回る規模です。
特に深刻なのは、メンフィス南部がテネシー州内で最も喘息による救急搬送が多い地域だという点です。この地域の住民たちは「なぜ息ができないのか」と訴えており、環境正義の観点からも重大な問題となっています。
さらに注目すべきは、Grok 4のリリース時における安全性の透明性不足です。OpenAIやAnthropicなどの競合他社が、新モデルの安全テスト結果を公表する業界慣行に対し、xAIは2ヶ月間沈黙を続けました。これは、AI安全性研究者から「無謀」との批判を受けています。
皮肉なことに、マスク氏は長年AI安全性の提唱者として知られ、OpenAIを「人類の利益」から逸脱したと批判していたのです。しかし、自社の行動は批判していた相手と同様の道をたどっているように見えます。
この状況は、AI業界全体に重要な示唆を与えています。急速な技術発展と資金調達圧力の中で、企業が当初の理念をいかに維持するかという根本的な課題が浮上しているのです。特に数十億ドル規模の投資が流入する現在、公益と利益のバランスをどう取るかは業界共通の課題といえるでしょう。
【用語解説】
PBC(Public Benefit Corporation):利益追求だけでなく社会的利益の創出も法的に義務づけるアメリカの企業形態。年次報告書で環境・社会への影響開示が求められる。
Grok:xAIが開発したAIチャットボット。Xプラットフォームやテスラ車両に統合されている。名前は作家ロバート・ハインラインの小説『異星の客』から取られた。
NAACP:1909年設立の全米黒人地位向上協会。アメリカで最も古い公民権運動組織の一つで、環境正義問題にも取り組む。
クリーンエア法:アメリカの大気汚染防止法で、大気質基準の設定と汚染源の規制を定める。
ガスタービン:天然ガスを燃料とする発電機。高い電力供給能力を持つが、適切な汚染制御システムなしでは大気汚染の原因となる。
【参考リンク】
xAI公式サイト(外部)
イーロン・マスクが設立したAI企業。Grok AIチャットボットの開発・運営を行い、科学的発見の加速を使命とする。
OpenAI公式サイト(外部)
2015年設立のAI研究機関。ChatGPTやGPT-4などの言語モデルを開発し、AI安全性研究の先駆者。
LASST公式サイト(外部)
科学技術の安全性を法的手段で確保する非営利組織。AI企業の透明性と責任を求める活動を展開。
Solaris Energy Infrastructure公式サイト(外部)
エネルギー技術ソリューション企業。xAIのメンフィスデータセンターにエネルギー供給を行っている。
【参考記事】
Elon Musk xAI dropped public benefit corp status while fighting OpenAI – CNBC(外部)
CNBCによる詳細な調査報告。xAIの公益法人地位放棄の経緯と、同社弁護士が数ヶ月後まで変更を知らなかった事実を報じる。
‘How come I can’t breathe?’: Musk’s data company draws a backlash – POLITICO(外部)
メンフィス住民の健康被害と環境問題を詳細に報告。年間1,200〜2,000トンの窒素酸化物排出の影響を分析。
xAI data centre emits plumes of pollution, new video shows – Gas Outlook(外部)
xAIデータセンターからの汚染物質排出を視覚的に記録した報告。35基のガスタービンによる環境影響を具体的に示す。
The Story Behind Elon Musk’s xAI Grok 4 Ethical Concerns – AI Magazine(外部)
Grok 4リリース時の安全性透明性不足について詳細に分析。他社との安全性開示の差を比較検証。
OpenAI and Anthropic researchers decry ‘reckless’ safety culture at Elon Musk’s xAI – TechCrunch(外部)
AI安全性研究者によるxAIの「無謀」な安全文化への批判を報告。業界標準からの逸脱を指摘。
【編集部後記】
イノベーションの最前線にいる企業が、掲げていた理念を静かに放棄するという事実に、技術進歩と社会的責任のバランスの難しさを感じずにはいられません。特に、日本でもデータセンターの建設が各地で議論になっている今、この問題は決して対岸の火事ではないでしょう。また、説明可能なAI(XAI)と銘打っているのに、頑なに説明をしようとしないイーロン・マスクにも疑問符が付きます。皆さんは、技術の発展と環境・社会への配慮をどう両立させるべきだと思われますか?