【イグノーベル賞2025】農研機構「シマウシ」研究で日本19連覇!受賞の裏側と歴代受賞者を解説

 - innovaTopia - (イノベトピア)

2025年9月、科学の世界が最もユーモアに包まれる季節がやってきた。「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究に贈られるイグノーベル賞が発表され、今年もまた日本の研究チームが生物学賞を受賞。これで、実に19年連続の快挙となる。

今年の受賞作の中でも、牛にシマウマ模様を描いて吸血バエを防ぐという日本の研究は、世界中から大きな注目を集めた。しかし、この連続受賞の裏には何があるのか?そもそも受賞者たちは、このユニークな賞を目指しているのだろうか? イグノーベル賞が持つ独特の哲学から、日本の強さの秘密と、これからのイノベーションのヒントを探る。

2025年、世界を笑わせ、考えさせた研究たち

今年も10部門でユニークな研究が受賞した。物理学賞の「パスタソースがダマになる原因の解明」や、平和賞の「少量の飲酒は外国語能力を高める」研究など、日常に根差したテーマが並ぶ。その中でも特に異彩を放ったのが、日本の「シマウシ」研究だ。

主役は「シマウシ」— 笑いと実用性の融合

日本の農研機構などのチームが受賞した生物学賞は、「牛にシマウマ模様を描くと、吸血バエの付着が半減する」ことを科学的に証明したものだ。この研究は、単に面白いだけでなく、農薬を減らしながら家畜を害虫から守るという、畜産業の課題解決に貢献する可能性を秘めている。まさにイグノーベル賞の精神を象徴する、笑いと実用性が見事に融合した研究と言えるだろう。

賞は狙わない、好奇心の先に栄誉が待つ

ここで一つの疑問が浮かぶ。彼らは、この奇妙で栄誉ある賞を目指して研究しているのだろうか?

答えは明確に「ノー」だ。

過去の日本人受賞者のほとんどが「まさか自分が受賞するとは思わなかった」「突然メールが来て驚いた」と口を揃える。彼らの動機は賞ではなく、あくまで純粋な知的好奇心。誰も解き明かしていない身の回りの「なぜ?」を、真面目に、そして楽しみながら探求した結果が、後から評価されているに過ぎない。

この賞を選考するのは、創設者マーク・エイブラハムズ氏を中心とし、本物のノーベル賞受賞者から科学者、一般人までを含む多様な委員会だ。彼らが探しているのは、ただ面白いだけの研究ではない。絶対的な基準は「人々を笑わせ、そして考えさせる」こと。一見バカバカしくとも、その裏にしっかりとした科学的探求があり、私たちの知的好奇心を揺さぶる研究に光を当てるのだ。

なぜ日本はイグノーベル賞に強いのか?

受賞者が賞を狙わないとすれば、日本の連続受賞の背景には、そうした研究が生まれやすい土壌があると考えられる。そのユニークさの証として、今回の受賞以前の、2007年から2023年までの17年間の受賞リストを見てみよう。

日本の探究心の軌跡:イグノーベル賞受賞一覧(2007-2023)

  • 2023年 栄養学賞: 電気を通す箸やストローで食の味を変える研究(宮下芳明氏ら)
  • 2022年 工学賞: 円柱状のつまみを多数の指でつかむ際の指の動きの研究(千葉工業大学チーム)
  • 2021年 動力学賞: 歩きスマホをする集団の危険性に関する実証研究(村上久氏ら)
  • 2020年 音響学賞: ワニにヘリウムガスを吸わせ声の変化を調べる研究(國領泰一郎氏ら)
  • 2019年 化学賞: 5歳児の1日の総唾液分泌量の推定(坂本恵一氏ら)
  • 2018年 医学教育学賞: 座位で行う大腸内視鏡検査の有効性の実証(堀内朗氏
  • 2017年 生物学賞: 雌雄の生殖器が逆転した昆虫の発見(吉沢和徳氏ら)
  • 2016年 知覚賞: 前かがみで股の間から物を見ると小さく見える「股のぞき効果」の研究(東山篤規氏ら)
  • 2015年 医学賞: キスによるアレルギー反応抑制効果の発見(木俣肇氏ら)
  • 2014年 物理学賞: バナナの皮を踏んだ際の摩擦係数の測定(馬渕清資氏ら)
  • 2013年 化学賞: タマネギが人を泣かせる仕組みの解明(熊谷信一氏ら)
  • 2012年 音響学賞: 発言を妨害する装置「スピーチジャマー」の開発(栗原一貴氏ら)
  • 2011年 化学賞: わさびの匂いで火災を知らせる警報装置の開発(田島幸信氏ら)
  • 2010年 交通計画賞: 単細胞生物の粘菌に最適な鉄道網を作らせる研究(中垣俊之氏ら)
  • 2009年 生物学賞: パンダの糞から採取した細菌による生ゴミ削減の研究(田口文章氏ら)
  • 2008年 認知科学賞: 粘菌が迷路の最短ルートを見つける能力の発見(中垣俊之氏ら)
  • 2007年 化学賞: 牛の糞からバニラの香りの成分を抽出する研究(山本麻由氏

このリストは、日本の研究者たちの探究心がいかに幅広く、そしてユニークであるかを物語っている。この背景には、以下の要因が考えられる。

  1. 「真面目に遊ぶ」探究心:日常の素朴な疑問に対し、細部までこだわる職人的な気質で科学的にアプローチする文化。
  2. 多様性を許容する研究環境:短期的な成果や経済性を性急に求めず、知的好奇心に基づく多様な基礎研究を支える懐の深い科学研究費助成事業(科研費)制度。
  3. 独自の視点(ガラパゴス効果):世界のトレンドから少し離れ、独自のテーマをとことん深掘りする研究スタイルが、結果的に世界を驚かせる独創的な成果につながっている。

結論:イノベーションは「無駄」と「好奇心」から生まれる

イグノーベル賞の一連の話題は、私たちに重要なメッセージを投げかける。それは、効率や実用性ばかりを追求する現代において、「一見、無駄に見える探究心」こそが、未来を切り拓く真のイノベーションの源泉であるということだ。

日本の快挙は、管理された計画の中からだけでなく、個々の研究者の自由な好奇心や遊び心からこそ、世界を変えるブレークスルーが生まれることを証明している。この「イグノーベル的な精神」に、私たちはもっと学ぶべきなのかもしれない。

【用語解説】

ROI(投資対効果)
Return on Investmentの略。投じた費用に対して、どれだけの利益や効果が得られたかを測る指標。ビジネスの世界では、事業やプロジェクトの収益性を判断するために広く用いられる。

基礎研究
特別な応用や用途を直接的に目指すことなく、仮説や理論を検証するため、あるいは物事の根源的な仕組みを解明するために行われる研究のこと。すぐには実用化に結びつかないが、将来の科学技術の発展の基盤となる重要な活動である。

【参考リンク】

Improbable Research(外部)
イグノーベル賞の主催母体である科学ユーモア雑誌『Annals of Improbable Research』の公式サイト。過去の受賞研究の詳細や授賞式の映像などを閲覧できる。

農研機構(NARO)(外部)
日本の農業と食料に関する研究開発を行う国立研究開発法人。「シマウシ」研究の中心的な役割を担った。食料の安定供給、農業の競争力強化、環境保全など、幅広い分野の研究に取り組む。

【参考動画】

【参考記事】

Ig Nobel prizes 2025: the unlikely winners of this year’s awards(外部)
英国の大手メディア「The Guardian」による2025年イグノーベル賞の速報記事。全受賞者の研究内容を簡潔に紹介しつつ、特に注目された「シマウシ」研究や「パスタの物理学」について解説。

Why do zebra stripes stop flies from biting?(外部)
科学雑誌「Nature」のニュース記事。「シマウシ」研究の基盤となった、シマウマの縞模様が吸血バエを避けるメカニズムに関する先行研究を解説。縞模様がハエの視覚システムを混乱させるという仮説を紹介。

Laughing matter: The science behind the Ig Nobel Prizes(外部)
通信社「Reuters」による、イグノーベル賞の哲学と意義に焦点を当てた記事。創設者マーク・エイブラハムズ氏へのインタビューを交え、賞が科学への関心を喚起し、常識を疑うことの重要性を論じる。

【編集部後記】

イグノーベル賞の記事を執筆しながら、改めて科学の面白さと奥深さを感じました。一見「無駄」や「突拍子もない」と思える研究の中に、誰もが気づかなかった真理や、未来につながるヒントが隠されている。これは、現代社会が効率性ばかりを追求する中で忘れがちな、大切な視点かもしれませんね。

私も、これからも「笑って、考えさせる」ようなイノベーションの種を探し、皆さんに届けていきたいと思います。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。

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