9月28日【今日は何の日?】「第1回国際度量衡総会」─定義をどうやって決めるかという大問題

[更新]2025年9月28日00:51

 - innovaTopia - (イノベトピア)

世界を統一する物差し

1889年9月28日に開催された第1回国際度量衡総会に至るまでの道のりは、1875年のメートル条約調印から始まっていました。メートル条約は、世界各国がばらばらに使用していた度量衡制度を統一し、国際的な標準を確立することを目的としていました。産業革命の進展とともに国際貿易が活発化する中、各国が異なる単位系を使用することによる混乱と経済的損失は深刻な問題となっていたのです。

当時の状況を想像してみてください。イギリスではヤード・ポンド法、フランスではメートル法、そして各地域には独自の伝統的単位が存在していました。商人は国境を越えるたびに複雑な換算を強いられ、科学者たちは研究成果の共有に支障をきたしていたのです。このような状況を打開するため、1875年に17カ国がメートル条約に調印し、国際度量衡局(BIPM)がフランスのセーヴルに設立されることになりました。

第1回総会で決まったこと

そして1889年9月28日、第1回国際度量衡総会が開催されました。この歴史的な総会で最も重要な決定は、キログラムを白金とイリジウムの合金である国際キログラム原器の質量と定義し、国際キログラム原器を国際度量衡局(BIPM)が保管することが決定されたことでした。同時に国際メートル原器も承認されました。

これらの原器、特に国際キログラム原器(IPK)は、白金90%、イリジウム10%の合金で作られた直径・高さともに39ミリメートルの円柱体でした。この原器が、その後130年間にわたって質量の国際標準として使用されることになったのです。各国には原器の複製が配布され、日本にも1890年にキログラム原器No.6が「日本国キログラム原器」として割り当てられました。

考えてみれば、これは人類が初めて地球規模で共通の物差しを手に入れた瞬間だったのです。

古今東西、統治の基盤としての度量衡統一

実は、度量衡の統一というのは人類の文明史において繰り返し現れるテーマなのです。古代中国では、紀元前3世紀に秦の始皇帝が「車同軌、書同文、行同倫」の政策の一環として全国の度量衡を統一しました。これにより、商取引における不正が防止され、税の徴収が合理化され、広大な帝国の統治基盤が強固になったのです。始皇帝の度量衡統一は、単なる技術的改良ではなく、帝国統一の象徴的意味も持っていました。

日本でも大化の改新(645年)以降、律令制の導入とともに度量衡の統一が図られました。平安時代には「尺」「升」「斤」などの基本単位が全国で共通化され、これが室町時代、江戸時代を通じて日本社会の商業基盤を支えたのです。江戸時代には各藩で独自の単位が並存する場面もありましたが、基本的な尺度は幕府の定めた標準に準拠していました。

ヨーロッパでも中世以降、各地の領主が独自の度量衡を定めていましたが、商業の発達とともに統一への要求が高まっていきました。フランス革命後の1790年代に制定されたメートル法は、このような歴史的要求に応える形で生まれたのです。

これらの事例が示すように、統一された度量衡制度は単なる利便性の問題を超えて、社会の安定と経済発展の基盤なのです。商売においては公正な取引が保証され、農業においては税の公平な徴収が可能になり、技術の発展においては正確な設計図や製法の伝承が実現されました。まさに文明の発達段階を示すバロメーターでもあったわけです。

科学の発展と定義の革命

しかし、19世紀後半から20世紀にかけて起こった科学革命は、度量衡の概念そのものを根本から変革することになりました。人工的な原器に依存する定義から、自然界の普遍的な法則に基づく定義への転換です。この変化は、人間が自然界の根本法則を発見し、それを実用的な標準として活用できるようになったことを意味しています。

現在のメートルは、1983年以降「光が真空中で1/299,792,458秒間に進む距離」として定義されています。この定義の背景には、光速度が宇宙における絶対的な定数であるという相対性理論の成果があります。アインシュタインが示したように、光速は観測者の運動状態に関係なく常に一定であり、宇宙のどこでも同じ値を示すのです。このような普遍的な物理定数を基準とすることで、メートルという単位は人工的な約束事から自然法則に根ざした絶対的な尺度へと昇華したのです。

キログラムの定義も2019年に大きな転換を迎えました。それまでは国際キログラム原器という物体の質量を基準としていましたが、これをプランク定数という量子力学の基本定数に基づく定義に変更したのです。プランク定数は、量子の作用の最小単位を表す定数であり、ミクロな世界の物理法則を支配しています。この変更により、キログラムも宇宙の根本法則に基づく単位となりました。

時間の単位である秒も、1967年にセシウム133原子の基底状態における二つの超微細構造準位間の遷移に対応する放射の9,192,631,770周期の継続時間として定義されました。これは原子の内部構造という、宇宙のどこでも同じ物理現象を基準としているのです。

宇宙の共通言語としての科学

このような科学に基づく定義の採用は、重要な哲学的意味を持っています。科学は、ある意味で宇宙の共通言語なのです。1977年に打ち上げられたボイジャー探査機に搭載されたゴールデンレコードは、この考え方の象徴的な例です。

ゴールデンレコードには、地球外知的生命体へのメッセージが収録されていますが、そこで長さや時間の尺度を表現するために使用されているのは、水素原子の基底状態における超微細構造遷移の波長と周期です。水素は宇宙で最も豊富な元素であり、その原子構造は宇宙のどこでも同一です。したがって、もしも宇宙の彼方に知的生命体が存在し、彼らが物理法則を理解しているならば、このような自然定数を基準とした情報を正確に解読できるはずなのです。

これは人類の驕りではありません。物理法則は人間が発明したものではなく、発見したものだからです。重力の法則、電磁気学の法則、量子力学の原理などは、宇宙のあらゆる場所で同じように作用しています。したがって、これらの法則を理解した知的存在であれば、同じ結論に到達するはずなのです。

パルサーの周期、原子の振動数、光の速度といった物理量は、まさに宇宙の「語彙」ともいえるでしょう。現代の度量衡体系は、これらの普遍的な「語彙」を用いて構築されており、それゆえに真の意味での国際性、いや宇宙性を獲得したといえるのです。

定義の変化が示す世界観の変遷

度量衡の定義が変わるということは、測定精度の向上という技術的側面を超えて、人間の世界に対する根本的な理解の変化を反映しています。温度を例に取ってみましょう。

かつて温度は、人間の主観的な感覚に基づいて定義されていました。摂氏温度は水の凝固点と沸点を基準とし、華氏温度は人間の体温や塩水の凝固点を基準としていました。これらは確かに実用的ではありましたが、人間中心的な尺度だったのです。

しかし、絶対零度を基準とするケルビン温度の導入により、温度に対する理解は根本から変わりました。絶対零度とは、原理的にこれ以上冷却することが不可能な温度であり、すべての分子運動が停止する理論的な下限です。ケルビン温度は、この自然界の絶対的な基準点から測定された温度を表しています。

この変化により、私たちは熱を単なる感覚的な現象ではなく、分子運動エネルギーの表れとして理解するようになりました。「熱い」ということは分子が激しく運動している状態であり、「冷たい」ということは分子運動が緩やかになった状態なのです。現在では、このような分子運動論的な描像を自然に受け入れ、日常的に使用しています。子供でも「摩擦で熱くなる」現象を分子の運動として説明できるのは、このような科学的世界観が社会全体に浸透しているからなのです。

同様に、長さや質量の定義の変化も、私たちの宇宙観の変遷を物語っています。地球の大きさを基準としたメートルから光速を基準としたメートルへの変化は、私たちが地球中心的な視点から宇宙的な視点へと移行したことを示しています。人工的な原器に依存したキログラムから量子力学の基本定数に基づくキログラムへの変化は、私たちがマクロな世界からミクロな世界の法則へと理解を深めたことを表しているのです。

未来への展望

科学技術が指数関数的に発展する現代において、度量衡の進化は決して過去の出来事ではありません。情報化社会の進展により、データの量や処理能力、通信速度などの新たな物理量の重要性が増しています。量子コンピューターの発展により、量子ビット(qubit)という新しい情報単位の概念が生まれ、従来の情報理論を拡張する必要が生じています。

人工知能の能力を測定する尺度についても、現在のところ決定的な標準は存在しません。計算速度、記憶容量、学習効率など、様々な指標が提案されていますが、知能そのものを定量化する普遍的な単位は未だ確立されていないのです。これは、知能という現象の本質について、人類がまだ完全に理解していないことを示しています。

しかし、これらの新しい物理量についても、最終的には自然界の基本法則に基づく定義が確立されるでしょう。情報の本質については量子力学の原理が、知能の本質については脳科学と計算理論の発展が、それぞれ鍵を握っています。そのとき、私たちは再び「定義をどうやって決めるか」という根本的な問いに直面することになるのです。

第1回国際度量衡総会から150年近くが経った現在、私たちは当初の実用的な統一という目標をはるかに超えて、宇宙の根本原理そのものを日常の尺度として使用する時代に到達しました。これは人類の知的進歩の驚くべき証拠です。そして、この進歩はまだ続いています。未来の人類が、現在の私たちには想像もつかない新しい物理量を発見し、それらを宇宙の法則に基づいて定義する日が来るかもしれません。

度量衡の歴史は、人類が宇宙を理解していく壮大な物語の一部なのです。

投稿者アバター
野村貴之
理学と哲学が好きです。昔は研究とかしてました。

読み込み中…
advertisements
読み込み中…