毎年10月の第1月曜日は「世界ハビタットデー(World Habitat Day)」です。1985年に国連が制定したこの国際デーは、すべての人が適切な住居を持つ権利について考え、持続可能な都市開発の重要性を世界に訴えかけています。
2025年現在、世界人口の約55%以上が都市部に居住しており、この割合は2050年までに68%に達すると予測されています。急速な都市化は経済成長の原動力となる一方で、深刻な住宅不足、スラム化、住宅価格の高騰といった問題を引き起こしています。UN-Habitatの最新推計では、2022年時点で1.12億人超が非正規居住地で暮らし、少なくとも約3.18億人がホームレス状態に相当すると見積もられています。さらに、『適切な住居を欠く人』は約28億人に達すると報告されています。
この世界的な課題に対して、テクノロジーは新たな解決の糸口を提供しつつあります。
3Dプリント建築:24時間で家を「印刷」する
米国のICON社は、メキシコのタバスコ州で50戸の3Dプリント住宅コミュニティを建設しています。1戸あたり約24時間で主要構造を印刷できることを実証しました。同社の「Vulcan II」プリンターは、独自開発した耐久性の高いセメント系材料を使用し、従来のコンクリート建築よりも優れた断熱性と耐久性を実現しています。
オランダでは、世界初の商業用3Dプリント住宅プロジェクト「Milestone」が進行中です。2021年に最初の1戸が完成し、実際に居住者を迎えました。曲線を多用した有機的なデザインが特徴で、従来の建築では実現困難だった複雑な形状も、追加コストなしで製造できます。
アフリカのケニアでは、現地の土を主原料とした3Dプリント住宅の建設に成功しました。地産材料を活用することで輸送コストを削減し、環境負荷を最小限に抑えながら、低所得者層向けの手頃な住宅を提供しています。
モジュラー建築:工場で家を「製造」する
シンガポールは国家戦略として「DfMA(Design for Manufacturing and Assembly)」を推進しており、2025年までに延床面積ベースで70%のDfMA採用率を目標に掲げています。同国のHDB(住宅開発庁)は、すでに複数の高層集合住宅プロジェクトでこの技術を導入し、建設期間を従来の半分に短縮することに成功しています。
日本では、積水ハウスの「ユニット工法」が工場での生産率80%に達し、現場作業の省力化と工期短縮を実現しています。イギリスのスタートアップ企業は、モジュラー建築にロボット工学とAIを組み合わせ、完全自動化された住宅生産ラインを開発しました。このシステムでは、設計データから直接、ロボットアームが部材の加工と組み立てを行い、24時間稼働が可能です。
AIとビッグデータ:都市を「シミュレーション」する
シンガポールの「Virtual Singapore」プロジェクトは、都市全体の3Dデジタルツインを構築し、住宅開発の影響をシミュレーションできるプラットフォームを提供しています。このシステムは、交通流、日照条件、風通し、エネルギー消費など、あらゆる要素を統合的に分析し、最適な住宅配置と都市設計を導き出します。
中国の深圳市では、AI駆動型の都市計画システムが、人口動態、経済活動、環境データを統合分析し、将来の住宅需要を高精度で予測しています。日本では、自治体が保有する膨大な建築データをAIで分析し、災害リスクの高い地域や建物を特定することで、効率的な耐震補強計画の策定が進められています。
新素材革命:透明な木材、育つレンガ
スウェーデンのKTH王立工科大学が開発した透明木材は、木材からリグニンを除去し、透明なポリマーを注入することで、ガラスと同等の透明性を持ちながら、優れた断熱性と強度を兼ね備えています。
マイセリウム(菌糸体)を活用したバイオ建材は、農業廃棄物を基質として数日間で成長し、軽量でありながら優れた断熱性と耐火性を持ちます。米国のスタートアップ企業は、すでにマイセリウム建材を使用した実験住宅を建設し、その実用性を実証しています。
アフリカのケニアでは、プラスチック廃棄物から製造したレンガが、従来のコンクリートブロックよりも安価で強度も高いことが確認され、低所得者向け住宅建設に採用されています。
ブロックチェーン:土地所有権の「透明化」
世界では約10億人が法的に認められた土地所有権を持たず、このことが住宅投資や金融アクセスの障壁となっています。
ジョージアは2017年にブロックチェーンベースの土地登記システムを正式に導入した先駆的な国です。ビットコインのブロックチェーンを活用したこのシステムにより、土地取引の透明性が向上し、不正取引や書類改ざんのリスクが大幅に減少しました。スウェーデンの土地登記局も、ブロックチェーンベースのシステムの試験運用を行い、不動産取引プロセスを数ヶ月から数日に短縮することに成功しました。
災害に強い住宅:浮かぶ家、揺れない家
オランダが開発した「アンフィビアス・ハウス(水陸両用住宅)」は、洪水時に水位とともに浮上する設計となっており、ガイドポストに沿って垂直に移動することで、建物への浸水を完全に防ぎます。
日本の最新の免震システムは、建物の揺れを低減し、内部の家具や設備の損傷も防ぎます。米国フロリダ州では、ドーム型住宅が従来型住宅よりも風圧を効果的に分散し、屋根の飛散リスクを大幅に低減することが実証されています。
住宅を「建てる」から「製造する」へ
3Dプリンターは24時間で家を印刷し、工場では完全自動化されたラインが住宅を製造しています。AIは都市全体をシミュレーションし、菌糸体は数日で建材として成長します。ブロックチェーンは土地取引を数ヶ月から数日に短縮し、住宅は洪水時に浮上します。
私たちが当たり前だと思っていた「住まい」の概念は、静かに変わり始めています。
Information
世界ハビタットデーとは 国連が1985年に制定した国際デー。毎年10月の第1月曜日に、すべての人が適切な住居を持つ権利について考え、持続可能な都市開発の重要性を訴えかけています。
参考リンク
- 国連ハビタット(UN-Habitat)公式サイト
- 国連持続可能な開発目標(SDGs)目標11「住み続けられるまちづくりを」
- ICON社 3Dプリント住宅プロジェクト
- Virtual Singapore
用語解説
DfMA(Design for Manufacturing and Assembly) 製造と組立を前提とした設計手法。建物の大部分を工場で製造し、現場で組み立てることで、建設期間の短縮、品質の均一化、廃棄物の削減を実現します。
マイセリウム(菌糸体) キノコの根に相当する部分。農業廃棄物を栄養源として急速に成長し、軽量でありながら優れた断熱性と耐火性を持つ建材として注目されています。
デジタルツイン 現実世界の都市や建物をデジタル空間に再現したもの。センサーデータをリアルタイムで反映することで、都市計画や建物管理のシミュレーションが可能になります。
































