歴史が刻んだ転換点
2005年12月、「安全・安心なまちづくり条例」が施行されました。10月11日は、この条例の啓発を目的として制定された記念日です。当時の日本は犯罪発生率の上昇に直面し、都市化による地域コミュニティの希薄化が進んでいました。「地域の目」による相互監視機能が低下する中、行政・警察・地域住民が一体となって安全を守る、新たな仕組みが求められていたのです。
それから約20年。人の目と足に依存していた防犯・警備は、テクノロジーの力で大きく変容しました。
私たちの「安全」を守る手段は、今どこまで進化しているのでしょうか。
公共空間を巡回するロボットたち
屋内を見守る自律巡回
日本の商業施設や公共施設では、警備ロボットの導入が着実に進んでいます。セコムの「セコムロボットX2」は、レーザーセンサーとカメラを搭載し、施設内を自律巡回しながら異常を検知します。不審者の発見、火災の兆候、設備の異常—人間の警備員が見落としがちな微細な変化も捉えることができます。
このロボットは単なる「移動する監視カメラ」ではありません。AIによる画像認識技術により、通常とは異なる人の動きや物体の配置を自動判断し、必要に応じて警備センターに通報します。経験と勘で培われてきた「異常を察知する能力」が、データとアルゴリズムによって再現されつつあります。
屋外という挑戦
より複雑な環境として、屋外での自律巡回も始まっています。SoftBank Roboticsの「SQ-2」やKnightscope社の「K5」は、駐車場や敷地内を巡回し、不審者の検知や緊急通報の受付を行います。天候の変化、明暗の差、予測不可能な障害物—屋外環境は技術的なハードルが高くなります。それでも、3Dマッピング技術と高精度なセンサー群により、人間が巡回するよりも効率的に広大な敷地をカバーできるようになっています。
暮らしを守る技術の重層化
記録から予測へ—AIカメラの進化
防犯カメラは「記録装置」から「予測し、予防する装置」へと変わりました。エッジAIを搭載した最新カメラは、リアルタイムで映像を解析し、異常行動を検知します。特定エリアへの長時間の滞留、不自然な徘徊パターン、置き去りにされた荷物—これらを自動認識し、警備員に即座に通知します。
注目すべきは、プライバシー保護技術との融合です。顔や服装の特徴を保持しながら個人情報は匿名化する「プライバシー配慮型AI」は、2025年現在、実用化が進んでいます。
都市を覆うセンサーの網
スマートシティ構想の中核をなすのが、IoTセンサーによる包括的な都市監視システムです。街灯に設置された環境センサーは、照度・温度・湿度だけでなく、人の流れや車両の動きもモニタリングします。このデータを統合分析することで、犯罪が発生しやすい「死角」や「暗がり」を特定し、照明の自動調整や警備リソースの最適配置が可能になります。
音響センサーによる「異常音検知システム」も実用化されています。ガラスの割れる音、悲鳴、爆発音を自動認識し、映像監視と連動して迅速な対応を可能にします。
空からの視点
自律飛行ドローンは、広範囲の巡回、災害時の状況把握、行方不明者の捜索など、多様な場面で活用されています。夜間の赤外線カメラを搭載したドローンは、人間の目では確認できない暗闇でも熱源を検知し、不審者を発見できます。AIによる自動巡回ルート設定により、効率的かつ網羅的な監視が実現されています。
統合と予測—次のステージ
個別技術の統合
現代の安全管理システムは、警備ロボット、AIカメラ、IoTセンサー、ドローン、そして人間の警備員を一元管理する「統合プラットフォーム」へと進化しています。各デバイスからの情報がリアルタイムで集約され、AIが状況を総合判断します。IoTセンサーが異常な人の流れを検知した場合、その地点に最も近い警備ロボットを自動派遣し、同時にドローンを飛ばして上空から状況確認を行い、人間の警備員にも通知する—こうした連携が自動的に行われます。
犯罪を予測する試み
さらに先進的な取り組みとして、「予測型セキュリティ」の開発が進んでいます。過去の犯罪データ、気象情報、イベント情報、人流データなどを機械学習で分析し、「どこで、いつ、どのような種類の犯罪が発生しやすいか」を予測するシステムです。アメリカの一部都市では既に導入され、犯罪発生率の低減に一定の効果を上げています。日本でも、プライバシー保護や倫理的配慮を前提としながら、類似のシステム導入が検討されています。
人間とテクノロジーの境界線
役割の再配置
ロボットやAIが得意とするのは、反復的な巡回、膨大なデータの監視、パターン認識です。一方、人間が優れているのは、文脈の理解、複雑な状況判断、コミュニケーション、そして倫理的判断です。警備ロボットが不審者を検知したとき、その人物が本当に危険なのか、それとも単に道に迷っているのか—こうした判断には人間の介入が必要です。
住民参加型の安全アプリも普及しています。不審者情報の共有、子どもの見守り、災害時の安否確認—スマートフォンを通じて住民同士がつながり、支え合うプラットフォームが各地で立ち上がっています。
監視社会という影
一方で、重大な課題も存在します。AIカメラやセンサーが街中に配置され、私たちの行動が常に記録・分析される状況は、安全をもたらすと同時に、個人のプライバシーや自由を脅かす可能性があります。中国の社会信用システムは、テクノロジーが権威主義的な統制に利用されるリスクを示しています。
もう一つの懸念は、AIの偏見(バイアス)問題です。学習データに偏りがあれば、特定の人種、性別、年齢層を不当に「危険」と判定する可能性があります。なぜそのアラートが発せられたのか、なぜその人物が不審者と判定されたのか—判断プロセスの透明性と公平性の担保が求められています。
技術が拓く可能性
これからの安全技術は、犯罪防止だけでなく、自然災害やパンデミック、サイバー攻撃など、多様なリスクに対応できる「レジリエント(回復力のある)な都市」の構築に貢献するでしょう。IoTセンサーとAIの組み合わせは、地震の初期微動検知、豪雨時の浸水予測、建物の劣化監視など、災害の予兆を捉えることを可能にします。
安全が確保された環境では、子どもたちは自由に遊び、高齢者は安心して外出し、人々は夜間でも心置きなく活動できます。
私たちはどこへ向かうのか
2005年の条例制定から20年。警備ロボットが街を巡回し、AIカメラが異常を検知し、IoTセンサーが都市全体を見守る—かつてはSFの世界だった光景が、今や現実のものとなっています。
テクノロジーは、私たちの暮らしを守る強力なツールです。しかし、どこまで、どのように活用するかは、社会的合意に基づいて決定されるべきでしょう。安全と自由のバランスをどこに設定するか。この問いに、私たちはまだ答えを見つけていません。
暮らしを守るテクノロジーの進化は、まだ始まったばかりです。
Information
参考リンク
用語解説
エッジAI
クラウドではなく、デバイス(カメラなど)自体にAI処理機能を搭載する技術。リアルタイム処理が可能になり、通信遅延がなくなる。
3Dマッピング技術
レーザーやカメラを使って周囲の環境を三次元的に認識する技術。ロボットやドローンの自律移動に不可欠。
IoT(Internet of Things)
モノのインターネット。様々な機器がインターネットに接続され、データを収集・共有する仕組み。
レジリエント
回復力、復元力を意味する言葉。災害などの危機に対して、迅速に回復できる能力。
予測型ポリシング
過去のデータを分析し、犯罪発生の可能性が高い場所や時間を予測して警備リソースを配置する手法。
































