10月はアール・デコ様式で技術の発展と芸術表現を俯瞰する――芸術の秋「アール・デコとモード」展と「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル」展

[更新]2025年10月14日22:50

 - innovaTopia - (イノベトピア)

10月はアール・デコ様式で技術の発展と芸術表現を俯瞰する――芸術の秋「アール・デコとモード」展と「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル」展

芸術の秋を迎える10月、東京では2つの重要なアール・デコ展覧会が開催されます。1925年のパリ万博から100周年を記念するこれらの展覧会は、単なる回顧展ではありません。技術の進化が芸術表現をいかに変革してきたか、そして現代のデジタル時代にどのような示唆を与えるのか――普遍的な問いを私たちに投げかけてくれる展覧会なのです。

from:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000118.000030575.html

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展覧会概要

PRTIMESより引用
永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル ― ハイジュエリーが語るアール・デコ

会場: 東京都庭園美術館(本館+新館)
会期: 2025年9月27日(土)〜2026年1月18日(日)
開館時間: 10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
※11月21日(金)・22日(土)・28日(金)・29日(土)・12月5日(金)・6日(土)は夜間開館で20:00まで
休館日: 毎週月曜日、年末年始(12月28日〜1月4日)
※祝日の月曜日(10月13日、11月3日・24日、1月12日)は開館、翌火曜日休館
観覧料: 一般1,400円、大学生1,120円、高校生・65歳以上700円
備考: 日時指定予約制

URL:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/250927-260118_timeless-art-deco/

展覧概要

旧朝香宮邸のアール・デコ様式を現在に伝える東京都庭園美術館を舞台に、ヴァン クリーフ&アーペルのパトリモニー コレクションから厳選された約250点のジュエリー、時計、工芸品、さらにアーカイブ資料約60点が展示されます。1925年のアール・デコ博覧会でグランプリを受賞した《絡み合う花々、赤と白のローズ ブレスレット》(1924年)をはじめとする歴史的名品が一堂に会します。

PRTIMESより引用
アール・デコとモード ― 京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に

会場: 三菱一号館美術館
会期: 2025年10月11日(土)〜2026年1月25日(日)
開館時間: 10:00〜18:00(入館は閉館30分前まで)
※1月2日を除く金曜日、会期最終週平日、第2水曜日は20:00まで
休館日: 祝日・振替休日を除く月曜日、12月31日と1月1日
※トークフリーデーの10月27日、11月24日、12月29日、会期最終週の1月19日は開館
観覧料: 一般2,300円、大学生・専門学校生1,300円、高校生1,000円

URL:https://mimt.jp/ex/artdeco2025/

展覧概要

世界的な服飾コレクションを誇る京都服飾文化研究財団(KCI)が収集してきたアール・デコ期の服飾作品約60点と服飾資料約200点に、国内外の美術館所蔵の絵画、版画、工芸品などを加えた合計約310点により、1920年代の「モード」を多角的に検証します。ポワレ、ランバン、シャネルなど、パリ屈指のメゾンが生み出したドレスの数々が、当時の社会変革と女性解放の息吹を今に伝えてくれます。


アール・デコって何? ― 技術発展が生んだ装飾様式

19世紀後半、産業革命による大量生産がもたらした画一的な製品への反動として、イギリスでアーツ・アンド・クラフツ運動が興りました。ウィリアム・モリスらが提唱したこの運動は、手仕事の価値と「生活の中の芸術」という理念を掲げました。職人が制作過程の全てに関わる喜びを取り戻そうとする思想は、分業化が進む産業社会への根源的な批判だったのです。

アーツアンドクラフツ運動の解説が分かりやすいです。当時から職人仕事を守るという発想があったことが興味深いですね。そして椅子や壁紙の様な家具を直線的で大量生産の味気ないものじゃなくて芸術を職人仕事で日用品から取り入れていくという流れがこのあたりからできました。

この思想はフランスに渡り、アール・ヌーヴォーとして花開きます。「新しい芸術」を意味するアール・ヌーヴォーは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを席巻しました。その特徴は、自然をモチーフとした有機的な曲線美にありました。花や植物のつる、女性の流れるような髪や身体のライン、そして日本美術からの影響――ジャポニズム――が融合し、エレガントで装飾的な様式を確立したのです。エミール・ガレやドーム兄弟のガラス工芸、パリのメトロ入口の装飾などに、その優美さを見ることができます。

日本人に人気のある、アルフォンス・ミュシャもアールヌーヴォー様式を採用した人の一人です。彼の作品には花のモチーフが使われていて優美で曲線的なのはやはり、アーツアンドクラフツ運動の影響がまだ、色濃く残っていることを象徴していると思います。(お菓子のパッケージやポスターを当時手掛けていたことからも、一般に広くデザインや新しい一般へのアートの受け入れられかたを作った人物の一人ですね。

しかし、第一次世界大戦が全てを変えました。戦争は伝統的な価値観を破壊し、新しい時代の到来を告げました。職人技に頼るアール・ヌーヴォーの手法は、もはや大量生産の時代に適応できませんでした。人々は過度な装飾に前時代性を感じ、より合理的で機能的な美を求めるようになります。そして1925年、パリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」――通称アール・デコ博覧会――が、新時代の美意識を定義しました。

アール・デコの本質は、テクノロジーの進化との共生にあります。工業の発展は、合成樹脂、鉄筋コンクリート、強化ガラスといった新素材を次々と生み出しました。これらの新素材は、かつてない造形の可能性を開いたのです。アール・デコは、アール・ヌーヴォーの有機的曲線を捨て、幾何学的で直線的なデザインを採用しました。キュビズムの影響を受けた立体的構成、ジグザグ模様や放射線(電波のイメージ)、流線形(スピードの表現)――これらは全て、機械文明の時代精神を象徴するモチーフでした。

1920年代、飛行機が空を飛び、汽船が海を渡り、自動車がスピードを上げる時代において、アール・デコはまさに「動き」を表現しました。リズミカルでメカニックな動きが、鉱物的で直線的なデザインの基調となったのです。それは装飾を排除した機能美ではなく、新しい技術の可能性を讃える装飾性であり、シンプルながらも洗練された都市生活者の美意識を体現しました。

ジグザグ・幾何学的な様式と言われるとアメリカのクライスラービルを思いだす人も多いかと思います。アールデコかこのようにシンプルでモードなデザインの泉源となり「未来」を当時の人には感じさせるものでした。

興味深いことに、当初パリではアール・デコはそれほど隆盛しませんでした。むしろアメリカ――第一次世界大戦の戦勝国として空前の繁栄を謳歌した国――で大々的に花開いたのです。「狂騒の20年代」と呼ばれるこの時代、ニューヨークのマンハッタンには次々と摩天楼が建設されました。エンパイア・ステート・ビル、クライスラー・ビル、ロックフェラー・センター――特にクライスラー・ビルはアール・デコ建築の最高傑作と称されます。アール・デコは映画、ジャズ、自動車文化と結びつき、都市文化そのものの表象となったのです。


今回の展覧の見どころ

アール・デコの聖地で見る至高のハイジュエリー

ヴァン クリーフ&アーペル展の最大の魅力は、会場そのものがアール・デコの傑作であることです。1933年に竣工した旧朝香宮邸(現・東京都庭園美術館)は、朝香宮夫妻が1925年のアール・デコ博覧会で受けた感銘をもとに建てられました。フランスの装飾美術家アンリ・ラパンによる内装設計、ルネ・ラリックが特別にデザインしたガラスレリーフ扉や照明――随所にアール・デコの粋が凝らされた空間です。

東京都庭園美術館は日本に残るアール・デコ様式の建築物です。筆者もたまに企画展があるときに行くのですが、目黒から少し歩くのでいい運動になります。

この空間で、同じ1925年の博覧会でグランプリを受賞したジュエリーを鑑賞する。これは単なる展覧会鑑賞を超えた、時空を超えた体験と言えるでしょう。大客室のシャンデリアの下で見るジュエリー、自然光が差し込む邸宅空間での鑑賞――建物とジュエリーが共鳴し合う、この場所でしか味わえない贅沢です。

展示されるのは、ヴァン クリーフ&アーペルのパトリモニー コレクションから厳選された約250点のジュエリー、時計、工芸品です。1910年代から1930年代のアール・デコ期の作品を中心に、幾何学的デザインと色彩の大胆な組み合わせ、立体的なボリューム感、そして機能性と美の融合――時代ごとの変遷を見ることができます。

新館では、メゾンが世代を超えて継承してきた「サヴォアフェール(匠の技)」に焦点を当てます。ミステリーセット技法――宝石を留める金属が見えないように石を配置する革新的技術――や、エナメル細工、宝石彫刻など、アール・デコ期に確立された技術が現代まで受け継がれている様子を見ることができます。

モードに刻まれた時代の変化

一方、三菱一号館美術館の「アール・デコとモード」展は、服飾という切り口から1920年代の社会を読み解く試みです。

アール・ヌーヴォー期の装いは、長いスカート丈と曲線的なシルエットが特徴でした。しかしアール・デコ期には、スカート丈は劇的に短くなり、髪型もショートヘアが流行します。直線的で幾何学的なライン、動きやすさを重視したデザイン――これらは、アール・デコの美意識がそのまま服飾に反映されたものです。

三菱一号館美術館の建築様式は、アール・デコよりももう少し古いです。丸の内の中心にあり赤レンガ造りの綺麗な建物です。しばらくの間、改装で閉館していたので、久しぶりに行きたいですね。(最後に行ったのはヴァロットン展の時だったような気がします。

ポール・ポワレ、ジャンヌ・ランバン、ガブリエル・シャネルといったパリの名だたるクチュリエたちが生み出したドレスの数々。KCIコレクションから厳選された約60点の服飾作品は、単なるファッションの歴史ではなく、1920年代という時代そのものを体現しています。

特に興味深いのは、クチュリエと芸術家の協働です。ラウル・デュフィやソニア・ドローネーといった画家がテキスタイルデザインを手がけ、ファッションとアートの境界を曖昧にしました。さらに、服飾小物――帽子、バッグ、靴――やジュエリー、腕時計、化粧道具といったアイテムも展示され、同時代の絵画や版画、グラフィック作品とともに、1920年代の都市文化を立体的に浮かび上がらせます。彼女たちは自らが着たいと思う服を創造し、女性の視点からモードを再定義した。

展示は、服飾小物――帽子、バッグ、靴――やジュエリー、腕時計、化粧道具(コンパクト)にも及ぶ。これらは単なる付属品ではなく、現代に繋がる女性のライフスタイル全体を象徴するアイテムである。さらに、同時代の絵画や版画、グラフィック作品を通して、当時の社会・文化的背景が立体的に描き出される。


芸術表現は常に新しい技術とともに

アール・デコが私たちに教えてくれるのは、芸術表現が常に技術革新と不可分であるという普遍的真理です。1920年代の新素材――合成樹脂、鉄筋コンクリート、強化ガラス――が新しい美の概念を生み出したように、21世紀の技術もまた芸術の地平を拡張しています。

最も象徴的な例が、デジタルアートでしょう。コンピュータやタブレットを用いた創作は、RGB(光の三原色)による発光する色彩表現を可能にし、従来の絵の具では実現できない輝きを画面にもたらしました。レイヤー機能による複雑な構成、無限の修正可能性、多様なブラシツール――これらは全て、デジタル技術がもたらした新しい表現手段です。

素材の革新も重要です。20世紀初頭、プラスチックという新素材の発見は、工業製品のみならず、芸術作品にも大きな影響を与えました。軽量で成形が容易なプラスチックは、彫刻やインスタレーションに新しい可能性をもたらしたのです。

こうした最先端素材は、アーティストの想像力次第で、かつて不可能だった表現を現実にします。アール・デコ期に鉄筋コンクリートやガラスブロックが建築の概念を変えたように、これらの新素材は21世紀の芸術表現を変革する潜在力を持っています。

ルネサンス期の画家たちは、油絵具という新技術によって豊かな色彩表現を獲得しました。印象派は、チューブ入り絵具の発明により屋外制作が可能になりました。写真技術の登場は、絵画を写実から解放し、抽象表現への道を開きました。そしてアール・デコは、工業化時代の新素材と大量生産技術を芸術の領域に統合したのです。

現代のデジタル技術や新素材も、この系譜の延長線上にあります。重要なのは、技術それ自体ではなく、アーティストがそれをいかに用いて人間の感情や思想を表現するかです。アール・デコが機械文明の時代精神を幾何学的デザインで表現したように、21世紀のアーティストたちは、デジタル技術や新素材を通して現代社会の本質を問いかけています。


過去から未来へ

今秋の2つのアール・デコ展は、過去を懐古するだけの企画ではありません。技術革新と芸術表現の関係という普遍的テーマを、100年という時間軸を通して再考する機会を私たちに与えてくれていると思います。

私たちが今、デジタルアートやAI生成画像に魅了され、あるいは困惑するのは、100年前の人々が機械生産の製品や摩天楼に感じた驚きと本質的に同じではないでしょうか。技術は常に新しい表現の可能性を開くと同時に、芸術とは何か、創造とは何かという根源的な問いを突きつけます。

投稿者アバター
野村貴之
大学院を修了してからも細々と研究をさせていただいております。理学が専攻ですが、哲学や西洋美術が好きです。日本量子コンピューティング協会にて量子エンジニア認定試験の解説記事の執筆とかしています。寄稿や出版のお問い合わせはinnovaTopiaのお問い合わせフォームからお願いします(大歓迎です)。

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