10月27日【今日は何の日?】「イーロン・マスク、Twitter買収」——プラットフォーム権力という見えない設計

 - innovaTopia - (イノベトピア)

その瞬間、世界中が見守っていた

2022年10月27日、木曜日。サンフランシスコのTwitter本社に、白い陶器の流し台を抱えた男性が入っていく映像が、インターネット中を駆け巡りました。「Entering Twitter HQ – let that sink in!(Twitter本社入り——よく考えてみて!)」。投稿主は、テスラとSpaceXのCEOであり、世界で最も裕福な人物の一人、イーロン・マスク。この日、440億ドル(約6兆円)という途方もない金額で、Twitterの買収が完了したのです。

取引が完了した瞬間、Twitterの株式はニューヨーク証券取引所から上場廃止となりました。2013年以来、公開企業として株主に対する説明責任を負ってきたTwitterは、一夜にして完全な私企業へと変貌しました。CEO、CFO、法務責任者といったトップエグゼクティブたちは即座に解雇され、3億人以上のユーザーが日々使う「デジタル広場」の鍵が、文字通り一人の人物の手に渡ったのです。

なぜこの出来事が、単なる企業買収以上の意味を持つのか

Twitterは、単なるソーシャルメディアではありません。政治家が政策を発表し、ジャーナリストがニュースを共有し、市民が声を上げる——21世紀における「公共圏」の重要な一部です。2009年のイラン選挙抗議、2011年のアラブの春、2020年のBlack Lives Matter運動。現代史の重要な瞬間は、しばしばこのプラットフォーム上で展開されてきました。

その「広場」を、誰が所有するのか。そこで何が見え、何が見えないかを、誰が決めるのか。この問いは、民主主義そのものの根幹に関わります。活版印刷が情報流通を民主化し、ラジオとテレビが大衆文化を形成したように、SNSプラットフォームは私たちの言論空間を再構築してきました。そして2022年10月27日、その権力の所在が劇的に移動したのです。

この記事が探究する問い

しかし、本当に重要なのは「誰が所有するか」だけなのでしょうか?

この記事では、より本質的な問いを探究します。プラットフォームを「所有する」とは、実際には何を所有することなのか? そして、私たちが日々目にするタイムラインは、誰の価値観によって設計されているのか?

Twitterの鍵が手渡されたあの日から、まもなく3年が経とうとしています。その間に明らかになったのは、SNSプラットフォームが単なる「場」ではなく、高度に設計された「システム」であるという事実です。アルゴリズムがツイートをランク付けし、レコメンデーションが情報の流れを形成し、モデレーションが言論の境界を定める——この「見えない設計」こそが、現代における最も強力な権力の一つかもしれません。

この権力は、所有者が変わっても消えません。むしろ、構造そのものに埋め込まれているのです。


権力の歴史——誰が「広場」を設計してきたか

人類は常に、情報が流れる「広場」を必要としてきました。そして、その広場の形は、時代とともに変化してきました。

印刷技術:情報流通の最初の民主化

1440年代、ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術を実用化したとき、情報の権力構造は根底から変わりました。それまで、書物は修道院の写字室で手作業で複製される貴重品でした。知識へのアクセスは、ごく限られた特権階級のものだったのです。

活版印刷は、この構造を破壊しました。1500年までに、ヨーロッパでは約2,000万冊の本が印刷されたと推定されています。マルティン・ルターの『95カ条の論題』は、印刷技術によってわずか数週間でヨーロッパ中に広まり、宗教改革を引き起こしました。情報流通の民主化は、文字通り世界を変えたのです。

マスメディア時代:「ゲートキーパー」の誕生

しかし、19世紀から20世紀にかけて登場した新聞、ラジオ、テレビは、新たな権力構造を生み出しました。放送には巨額の設備投資が必要で、電波という限られた資源を誰が使うかは、政府や企業が決定しました。

ここで「ゲートキーパー」という概念が重要になります。編集長が何をニュースとして報じるかを決定し、プロデューサーが何を番組で放送するかを選択する——情報の流れは、少数の専門家によってコントロールされました。この集権的なシステムには、一定の質の保証と責任の所在という利点がありましたが、同時に、多様な声が届きにくいという限界もありました。

Web 1.0:誰もがホームページを持てる時代

1990年代、インターネットの普及は再び状況を変えました。誰もが自分のウェブサイトを開設でき、HTMLを書けば世界中に情報を発信できる——それは、活版印刷以来の情報民主化でした。

しかし、この時代の課題は「発見可能性」でした。あなたのウェブサイトがどんなに素晴らしくても、そのURLを誰かが知らなければ、事実上存在しないのと同じです。検索エンジンはこの問題を部分的に解決しましたが、それでも情報は断片化され、つながりは希薄でした。

Web 2.0とSNS:「誰もが発信者」だが、アルゴリズムが「誰が見られるか」を決める

2006年3月21日。「just setting up my twttr(今、私のtwttrを設定中)」。Jack Dorseyが投稿した最初のツイートは、新しい時代の幕開けを告げるものでした。

Twitterの革新性は、シンプルさにありました。140文字(後に280文字に拡大)という制約は、誰もが気軽に発信できる敷居の低さを生み出しました。フォロー/フォロワーという非対称な関係性は、有名人と一般人が同じ空間で会話できる可能性を開きました。リツイート機能(当初はユーザーの工夫として生まれ、後に公式機能化)は、情報が爆発的に拡散する仕組みを提供しました。

2007年のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)カンファレンスで、Twitterの利用は1日2万ツイートから6万ツイートへと3倍に跳ね上がりました。2009年のイラン選挙抗議では、政府がメディアを規制する中、Twitterが世界への窓となりました。米国務省がTwitterに対し、メンテナンス延期を要請したほど、このプラットフォームは戦略的に重要になっていたのです。

しかし、ここに新たな権力が生まれていました。アルゴリズムという、見えない設計者です。


見えない設計——アルゴリズムという権力

あなたがTwitter(現X)を開いたとき、目にするタイムラインは、どのようにして決まっているのでしょうか?

1日50億回、1.5秒で完了する選択

2023年、TwitterはレコメンデーションアルゴリズムのコードをGitHub上で公開しました。その内部を覗くと、驚くべき規模の処理が明らかになります。

毎日、約5億件のツイートが投稿されています。あなたのタイムラインには、そのうちのほんの一握り——わずか数十件から数百件——しか表示されません。この選択を行うプロセスは、1日に約50億回実行され、平均してわずか1.5秒で完了します。

具体的なプロセスは以下の通りです:

第1段階:候補の選定 システムはまず、あなたのために1,500件のツイート候補を選びます。その内訳は、約50%があなたがフォローしているアカウントからのツイート(In-Network)、残り50%があなたがフォローしていないアカウントからのツイート(Out-of-Network)です。

フォロー外のツイートは、どのように選ばれるのでしょうか?ここで「SimClusters」という技術が使われます。Twitterは、全ユーザーを興味関心に基づいて「コミュニティ」にマッピングしています。ポップカルチャー、ニュース、サッカー、ボリウッド、NBAなど——あなたが興味を示しそうなコミュニティから、ツイートが推薦されるのです。

第2段階:ランキング 次に、機械学習モデルがこの1,500件をランク付けします。重要なのは、すべてのアクション(反応)が平等ではないという点です。

リプライ(返信)が最も高い重みを持ちます。特に、あなたがリプライし、相手がさらに返信した「会話」になったツイートは、最高スコアを獲得します。次にリツイート、そして「いいね」の順です。単なる閲覧は、ほとんど重みを持ちません。

さらに「RealGraph」というモデルが、あなたと各投稿者との「関係性の強さ」を予測します。過去にどれだけ頻繁にやり取りしたか、どのような形で関わったか——これらのデータから、将来あなたが誰のツイートに反応しやすいかを算出するのです。

第3段階:フィルタリングと調整 システムは、ミュートやブロックしたアカウントを除外し、同じアカウントからのツイートが連続しすぎないようバランスを取ります。そして最後に、広告が適切な位置に挿入されます。

時系列タイムラインという「中立」な選択肢は存在するか?

「アルゴリズムなんて要らない。時系列で全部見せてくれればいい」——そう思う人もいるでしょう。実際、Twitterには「Following」タブという、時系列表示のオプションがあります。

しかし、ここに興味深い問いが生まれます。時系列表示は、本当に「中立」なのでしょうか?

考えてみてください。もしあなたが500人をフォローしていて、そのうち10人が1日に100回ツイートし、残り490人が1日に1回しかツイートしなかったら?時系列タイムラインは、その10人のツイートで埋め尽くされ、残り490人の声はほとんど届きません。

これは一種の「自然な不平等」です。ツイート頻度の高い人が、より多くの注目を集める——それは誰かの意図的な判断ではなく、システムの構造から生まれます。しかし、結果として誰かの声が聞こえにくくなるという点では、アルゴリズムによるフィルタリングと何が違うのでしょうか?

モデレーションという、避けられない価値判断

アルゴリズムだけが「設計権力」ではありません。何を削除し、何を残すかという「モデレーション」も、同様に重要な権力です。

ヘイトスピーチを削除するのは「検閲」でしょうか、それとも「コミュニティの保護」でしょうか?フェイクニュースに警告ラベルを付けるのは「事実確認」でしょうか、それとも「言論統制」でしょうか?特定の政治家のアカウントを停止するのは「規約の執行」でしょうか、それとも「政治的偏向」でしょうか?

2021年1月、米国議会議事堂襲撃事件の後、Twitterは当時のドナルド・トランプ大統領のアカウントを永久停止しました。「暴力の賛美」に関するポリシー違反が理由でした。この決定を、ある人々は民主主義を守る勇気ある行動と称賛し、別の人々は言論の自由への攻撃と非難しました。

どちらが「正しい」のでしょうか?実は、この問いに絶対的な答えはないのかもしれません。なぜなら、すべてのモデレーションは、何らかの価値判断を伴うからです。「中立」を目指すこと自体が、ある種の価値観の表明なのです。

「バズる」とは、誰が決めているのか?

あるツイートが「バズる」——数万、数十万のリツイートとインプレッションを獲得する——のは、そのツイートの内容が優れているからでしょうか?

部分的にはそうです。しかし、それだけではありません。

アルゴリズムは「エンゲージメントを最大化する」ように設計されています。つまり、人々が反応しやすい——クリック、いいね、リツイート、リプライをしやすい——コンテンツを優先的に表示します。そして研究によれば、人々が最も反応しやすいのは、感情を強く刺激するコンテンツです。怒り、驚き、恐怖、そして時には喜び。

2021年、Twitterの内部調査(後に公開)によれば、同社のアルゴリズムは右派の政治的コンテンツをやや優先的に拡散していました。これは意図的な政治的偏向ではなく、右派コンテンツが平均的により高いエンゲージメントを生み出していたという、システムの「最適化」の結果でした。

つまり、何が「バズる」かは、以下の複雑な相互作用によって決まります:

  • コンテンツの質と魅力
  • 投稿のタイミング
  • 投稿者のフォロワー数と影響力
  • アルゴリズムの評価基準
  • ユーザー全体の反応パターン
  • そして、運

この構造を理解すると、ある重要な洞察に到達します。プラットフォームは、単なる「場」ではありません。それは、特定の行動を促進し、特定の声を増幅するように設計された「システム」なのです。


所有権の移動——2022年10月27日に何が起きたか

では、このシステムの所有者が変わるとき、何が変わるのでしょうか?

買収に至る経緯

2022年1月31日、イーロン・マスクはTwitter株の購入を開始しました。4月4日には9.2%の株式を取得し、最大株主となったことを発表。Twitter株は27%も急騰しました。

翌日、Twitterは彼に取締役会への参加を打診しましたが、マスクはそれを拒否し、4月14日に全株式の買収を提案します。金額は1株54.20ドル、総額約440億ドル——当時のTwitterの時価総額に38%のプレミアムを上乗せした金額でした。

4月25日、Twitter取締役会は全会一致でこの提案を受け入れました。しかし、ここからドラマが始まります。マスクは「ボット(自動化されたアカウント)の数が公表値より多い」と主張し、7月に買収中止を通告。Twitterは裁判所に提訴しました。

10月4日、裁判の直前になって、マスクは突如として「やはり当初の条件で買収する」と方向転換します。そして10月27日、取引は完了しました。

上場企業から私企業へ——株主責任からオーナー裁量へ

この買収の最も重要な側面は、金額の大きさではありません。所有形態の変化です。

上場企業としてのTwitterは、株主に対する受託者責任(fiduciary duty)を負っていました。四半期ごとに財務報告を行い、株主総会で経営判断の説明を求められ、SECの規制に従う——これらの制約は、企業の行動に一定の透明性と予測可能性をもたらしていました。

私企業となったTwitter(後にXへと改名)には、そうした外部からの監視はありません。所有者が、ほぼ完全な裁量を持ちます。

これは「良い」ことでしょうか、それとも「悪い」ことでしょうか?実は、どちらとも言えません。問題は、もっと構造的なのです。

買収後の変化——データが示すもの

買収から1年後、2023年10月27日の時点で、マスク自身がX(旧Twitter)の企業価値を190億ドルと評価しました。これは買収価格の約55%減少を意味します。投資会社Fidelityは、さらに厳しく65%の価値減少と算定しました。

ユーザー数とエンゲージメントについて、複数の統計が報告されていますが、数字は情報源によって大きく異なります。ある分析では、アクティブユーザーが30%減少、広告収入が60%減少したとされる一方、X側は「エンゲージメントは増加している」と主張しています。

客観的に確認できる変化としては:

  • プラットフォーム名称の「X」への変更(2023年7月)
  • 認証システムの変更(有料サブスクリプション「X Premium」で誰でも認証バッジを取得可能に)
  • コンテンツモデレーションポリシーの変更
  • アルゴリズムのオープンソース化(2023年4月)
  • 組織の大規模な再編

プラットフォーム所有の歴史における位置づけ

Twitter買収は、SNSプラットフォームの所有をめぐる長い歴史の中で、どのような位置にあるのでしょうか?

Facebook(現Meta)は創業者マーク・ザッカーバーグが支配的株式を保持しており、実質的に彼個人のコントロール下にあります。TikTokは中国企業ByteDanceの子会社です。YouTubeはGoogleに買収され、現在はAlphabet傘下です。

つまり、主要なSNSプラットフォームのほとんどは、何らかの形で特定の個人または企業の強力な影響下にあるのです。Twitter買収は、この既存の傾向を極端な形で示した例と言えるかもしれません。

重要なのは、所有形態がどうあれ、プラットフォームの根本的な構造——アルゴリズム、モデレーション、広告モデル——は驚くほど似通っているという点です。


構造という檻——なぜ「良い所有者」では解決しないのか

ここで、私たちは本質的な問いに直面します。もし「理想的な所有者」がプラットフォームを運営したら、すべての問題は解決するのでしょうか?

答えは、残念ながら「いいえ」です。なぜなら、問題の多くは所有者の善意や能力ではなく、プラットフォームというシステムの構造そのものに根ざしているからです。

中立性の不可能性——すべての設計は価値判断を伴う

「中立的なプラットフォーム」を作ることは可能でしょうか?

一見、これは合理的な目標のように思えます。しかし、よく考えると、中立性とは非常に捉えがたい概念です。

例えば、時系列タイムラインを提供することは「中立」でしょうか?先ほど見たように、これは投稿頻度の高いアカウントを優遇する構造を生み出します。

では、アルゴリズムによるランキングは?これは「エンゲージメント」という特定の価値を優先します。リプライを最も重視するのか、リツイートを重視するのか、閲覧時間を重視するのか——どの選択も、異なる種類のコンテンツを優遇します。

モデレーションポリシーはどうでしょう?「言論の自由を最大限尊重する」というスタンスも一つの価値判断です。なぜなら、それは「ヘイトスピーチの被害者の安全」よりも「発信者の権利」を優先するという選択を意味するからです。

哲学者で政治学者のシャンタル・ムフは「アゴニスティック(闘技的)多元主義」という概念を提唱しました。健全な民主主義には対立が不可欠であり、それを排除するのではなく、建設的な形で制度化すべきだ、と。プラットフォーム設計においても、「完全な中立性」という幻想ではなく、「どの価値を優先し、どのように異なる価値をバランスさせるか」という意識的な選択が必要なのかもしれません。

「善意の独裁者」問題——たとえ意図が良くても

ソフトウェア開発の世界には「BDFL(Benevolent Dictator For Life:終身の善意の独裁者)」という概念があります。プログラミング言語Pythonの生みの親、グイド・ヴァン・ロッサムがその代表例でした。

善意の独裁者モデルには、確かに利点があります。意思決定が迅速で、一貫したビジョンを保てます。しかし、プラットフォームのような公共性の高いシステムにおいて、このモデルは脆弱です。

第一に、権力の集中は腐敗のリスクを生みます。どんなに善意の人物でも、絶対的な権力を持てば、徐々に現実から乖離していくかもしれません。チェック・アンド・バランスの欠如は、長期的に問題を生み出します。

第二に、単一の視点には盲点があります。特定の文化圏、特定の経験を持つ個人が設計したシステムは、必然的にその視点を反映します。グローバルに使用されるプラットフォームには、多様な視点からの設計が必要です。

第三に、継承の問題があります。その「善意の独裁者」が去ったとき、後継者は同じ価値観を共有するでしょうか?権力構造は残りますが、それを行使する人物は変わります。

ネットワーク効果という見えない鎖

「もし今のプラットフォームが気に入らないなら、別のを使えばいい」——市場原理主義者は、こう主張するかもしれません。

しかし、SNSプラットフォームには「ネットワーク効果」という強力な力学が働いています。プラットフォームの価値は、そこにいるユーザーの数に比例します。あなたの友人、フォローしたい著名人、参加したいコミュニティが全員Twitter(X)にいるなら、あなたもそこにいざるを得ません。

これは「ロックイン効果」とも呼ばれます。技術的には移動可能でも、社会的・実用的には身動きが取れないのです。

Facebook、Instagram、WhatsAppを所有するMetaの例を考えてみましょう。もしFacebookに不満があっても、InstagramやWhatsAppに移行すれば、結局同じ企業のエコシステム内です。真の選択肢は、限られているのです。

広告モデルという構造的制約

多くのSNSプラットフォームは、無料で提供されています。では、どうやって利益を得ているのでしょうか?答えは、広告です。

2021年、Twitter の収入の約90%が広告から来ていました。Facebook(Meta)も同様に、収入の大部分を広告に依存しています。

ここに根本的な矛盾があります。あなたは顧客ではなく、「商品」なのです。 本当の顧客は、あなたの注意(アテンション)を買う広告主です。

この構造は、プラットフォームの設計に深い影響を与えます。アルゴリズムが「エンゲージメントの最大化」を目指すのは、それがユーザーをプラットフォームに長く留め、より多くの広告を見せられるからです。

センセーショナルなコンテンツ、感情を刺激する投稿が優遇されがちなのは、それらが高いエンゲージメントを生み出すからです。穏やかで建設的な議論よりも、激しい論争の方が、ビジネスモデルに適合するのです。

所有形態を超えた問題

私たちが見てきたこれらの問題——中立性の不可能性、権力集中のリスク、ネットワーク効果、広告モデルの制約——は、所有者が誰であるかに関係なく存在します。

上場企業であれ、私企業であれ、非営利組織であれ、これらの構造的課題は残ります。真の変化は、所有者を変えることではなく、システムのアーキテクチャそのものを再考することから始まるのかもしれません。

では、別のアーキテクチャは可能なのでしょうか?


別の未来——分散という選択肢

答えは「はい」です。そして、その未来は既に始まっています。

Mastodon:コミュニティが運営する連邦制SNS

2016年、ドイツのソフトウェア開発者オイゲン・ロホコが、Mastodonを立ち上げました。表面的にはTwitterに似ていますが、根本的な構造が異なります。

Mastodonは単一のウェブサイトではありません。何千もの独立した「インスタンス(サーバー)」から構成される連邦制ネットワークです。あなたは好きなインスタンスでアカウントを作成しますが、他のインスタンスのユーザーとも自由にやり取りできます——まるでGmailからYahoo!メールにメールを送れるように。

この仕組みを可能にしているのが「ActivityPub」というプロトコルです。2018年にW3C(World Wide Web Consortium)によって標準化されたこの技術は、異なるプラットフォーム間でのコミュニケーションを可能にします。

2022年、Twitter買収の混乱の中で、Mastodonのユーザー数は急増しました。現在、約870万人のユーザーがこのネットワークに参加しています。MetaのThreadsも、ActivityPubへの対応を進めており、将来的にはMastodonユーザーとThreadsユーザーが相互にやり取りできるようになる可能性があります。

Mastodonの利点:

  • 単一企業による支配がない
  • 各コミュニティが独自のモデレーションルールを設定可能
  • オープンソースで透明性が高い
  • 広告に依存しない運営(多くは寄付やボランティア)

課題:

  • 初心者にとって「インスタンス選び」がハードルになる
  • インスタンス間でユーザー体験に差がある
  • サーバー運営は個人やボランティアに依存
  • 検索機能が限定的(プライバシー保護のため)
Bluesky:ポータビリティを実現する新しいプロトコル

Blueskyは、Twitter共同創業者のJack Dorseyが2019年に立ち上げたプロジェクトとして始まりました。現在は独立企業として、「AT Protocol(Authenticated Transfer Protocol)」という新しい仕組みを開発しています。

AT Protocolの革新性は、**アカウントの完全な可搬性(ポータビリティ)**にあります。Mastodonでは、インスタンスを移動すると過去の投稿履歴の引き継ぎが難しいのですが、Blueskyでは、あなたのデータは「PDS(Personal Data Server)」に保存され、どのサービスに移動してもそのまま持っていけます。

まるで、メールアドレスをそのままに、メールプロバイダーを自由に変更できるようなものです。これは、ロックイン効果への根本的な解決策を提供します。

2024年2月に一般公開されたBlueskyは、急速に成長しています。2025年10月現在、約3500万人のユーザーが登録しており、アクティブユーザー率も比較的高い水準を保っています。

Blueskyの利点:

  • アカウントとデータの完全な可搬性
  • ユーザーが自分のアルゴリズムを選択可能(将来的に)
  • 洗練されたユーザーインターフェース
  • 技術的に高度な設計

課題:

  • まだ企業主導のプロジェクト(分散化は進行中)
  • 現時点では、主要なサーバーはBluesky社が運営
  • ActivityPubとの互換性がない(ただしBridgy Fedなどのブリッジが開発中)
Nostr:最小限の設計で検閲耐性を実現

Nostr(Notes and Other Stuff Transmitted by Relays)は、2020年に匿名の開発者「fiatjaf」によって作られた、最もラディカルな分散型プロトコルです。

Nostrには、サーバーという概念がありません。代わりに「リレー」と呼ばれる単純なメッセージブロードキャスターが存在します。あなたは複数のリレーにメッセージを送信し、フォロワーは複数のリレーからメッセージを受信します。

あなたのアイデンティティは、暗号鍵のペアによって定義されます。 サーバーに紐付いたユーザー名ではなく、数学的に証明可能な公開鍵があなたの「名前」です。これにより、誰もあなたのアカウントを削除したり、検閲したりすることができません。

Jack Dorseyや内部告発者エドワード・スノーデンが支持を表明したことで、Nostrは注目を集めました。Bitcoin コミュニティでも人気があります。

Nostrの利点:

  • 最も高い検閲耐性
  • シンプルで理解しやすいアーキテクチャ
  • 完全にサーバーレス
  • 誰もあなたのアイデンティティをコントロールできない

課題:

  • ユーザー体験がまだ粗削り
  • リレーの運営コストと持続可能性
  • スケーラビリティの問題(グローバルな規模では未検証)

「プラットフォーム」から「プロトコル」へ

これらの試みに共通するのは、「プラットフォーム」ではなく「プロトコル」を中心に据えるという発想です。

TwitterやFacebookは、プラットフォーム——単一企業が運営するサービス——です。一方、ActivityPub、AT Protocol、Nostrは、プロトコル——誰でも実装できるオープンな規格——です。

この違いは、HTTPとウェブサイトの関係に似ています。HTTPは誰でも使えるプロトコルです。それを使って、Google、Wikipedia、個人ブログなど、無数のウェブサイトが存在します。もしGoogleが消えても、ウェブそのものは続きます。

プロトコルベースのSNSでも、同じことが可能になります。特定のサービスが消えても、あなたのアイデンティティ、データ、人間関係のグラフは残ります。

データは誰のものか?——ポータビリティという思想

従来のSNSでは、あなたの投稿、フォロワー、人間関係は、すべてプラットフォームが所有するデータベースに保存されています。あなたは、それを「借りている」だけです。

分散型SNSは、この関係を逆転させます。データは、あなたのものです。 プラットフォームは、そのデータを表示し、配信するためのサービスを提供しているだけです。

もしサービスが気に入らなければ、データを持って別のサービスに移動できます。これは、Gmail からOutlook に移動するときに、過去のメールをすべてエクスポートできるのと同じです。

相互接続の可能性——一つのアカウント、複数のネットワーク

興味深い展開として、これらの異なるプロトコル間をつなぐ「ブリッジ」も登場しています。

Bridgy Fedは、ActivityPub(Mastodon等)とAT Protocol(Bluesky)の間でメッセージをやり取りできるようにするツールです。Openvibeは、Mastodon、Bluesky、Nostr、そしてThreadsのアカウントを一つのアプリで管理できるようにします。

これらのツールは、私たちに新しい可能性を示しています。将来、あなたは一つのアイデンティティで、複数の異なるソーシャルネットワークに参加できるかもしれません。 まるで、一つの電話番号でどの通信会社とも通話できるように。

課題は残る——分散型も万能ではない

しかし、正直に言えば、分散型SNSにも課題があります。

**技術的ハードル:**一般ユーザーにとって、「インスタンスを選ぶ」「秘密鍵を管理する」といった概念は、まだ複雑すぎるかもしれません。

**モデレーションの複雑さ:**誰が、どのように有害なコンテンツを取り締まるのか?分散型では、この問題はより複雑になります。

**持続可能性:**多くの分散型プロジェクトは、寄付やボランティアに依存しています。長期的に運営を続けられるでしょうか?

**ネットワーク効果の壁:**どんなに優れた技術でも、人々がそこにいなければ価値はありません。既存のプラットフォームからユーザーを移行させるのは、容易ではありません。

それでも、これらの実験は続いています。完璧ではないかもしれませんが、別の未来は可能だということを、私たちに示しているのです。


設計された権力、選択する私たち

2022年10月27日、440億ドルで「広場の鍵」が手渡されたあの日から、まもなく3年が経とうとしています。

この3年間で私たちが学んだ最も重要な教訓は、何でしょうか?

それは、プラットフォームは「場」ではなく「設計物」であるということです。中立な空間などというものは存在しません。すべてのタイムライン、すべてのアルゴリズム、すべてのモデレーションポリシーは、誰かの価値判断を体現しています。

所有者が変わっても、この本質は変わりません。上場企業であれ、私企業であれ、非営利組織であれ、プラットフォームには必ず設計者がいます。そして設計とは、常に「何を優先し、何を犠牲にするか」という選択の連続なのです。

しかし、だからといって絶望する必要はありません。むしろ逆です。

プラットフォームが設計物であるということは、別の設計が可能だということを意味します。 ActivityPub、AT Protocol、Nostrといった分散型の試みは、まだ完璧ではありませんが、構造そのものを再考できることを示しています。

そして何より重要なのは、私たち自身が選択できるということです。

私たちに問われていること

あなたが日々使うプラットフォームは、誰の価値観で設計されているでしょうか?

そのアルゴリズムは、何を「価値あるコンテンツ」と判断しているのでしょうか?エンゲージメント?質?多様性?それとも、広告収入?

あなたのデータは、誰のものでしょうか?あなたが10年間積み重ねてきた投稿、つながり、記憶は、プラットフォームを離れるときに持っていけますか?

もしそのプラットフォームが明日消えたら、あなたのオンライン上のアイデンティティはどうなりますか?

これらは、技術的な問いではありません。民主主義、表現の自由、そして人間の尊厳に関わる、根源的な問いです。

今日からできること——段階的な4つのステップ

では、私たちは何ができるでしょうか?ここでは、誰でも今日から始められる、段階的なアクションを提案します。

ステップ1:意識的な選択(最も穏やか)

まず、自分が使っているプラットフォームについて、意識的になることです。

  • このアプリを開くとき、自分は何を求めているのか?
  • タイムラインに表示されるコンテンツは、誰が選んだのか?
  • 自分はこのプラットフォームに依存しすぎていないか?

意識することは、変化の第一歩です。

ステップ2:依存の分散

すべての卵を一つのカゴに入れない——これは、オンラインの世界でも有効です。

  • 複数のプラットフォームを併用する
  • 重要な連絡先とは、プラットフォーム外でもつながる方法を確保する(メール、電話番号など)
  • 定期的にデータをバックアップする(多くのプラットフォームには、データエクスポート機能があります)

一つのプラットフォームに完全に依存しない状態を作ることで、選択の自由を保てます。

ステップ3:新しい「広場」の探索

分散型SNSを試してみることは、それほど難しくありません。

  • Mastodonで、自分の興味に合ったインスタンスを探してみる(https://joinmastodon.org)
  • Blueskyのアカウントを作成して、既存のフォロワーを探してみる(https://bsky.app)
  • Nostrの仕組みを学び、実験してみる

最初は戸惑うかもしれません。でも、かつて私たちがTwitterを初めて使ったときも、同じように戸惑ったのではないでしょうか?

ステップ4:アーキテクチャの変革に参加する

より積極的に関わりたい人には:

  • オープンソースプロジェクトに貢献する(技術者でなくても、翻訳、ドキュメント作成、バグ報告などができます)
  • 分散型プラットフォームの運営を支援する(寄付、ボランティアなど)
  • プラットフォーム規制について、議論に参加し、政策立案者に声を届ける

一人ひとりの行動は小さくても、集まれば大きな変化を生み出せます。

私たちは歴史の転換点にいる

活版印刷が登場したとき、既存の権力構造は脅威を感じました。「一般人が聖書を読めるようになったら、教会の権威はどうなるのか?」

しかし歴史は、情報へのアクセスの民主化が、最終的には社会全体を豊かにすることを示しました。識字率の向上、科学革命、民主主義の発展——これらはすべて、印刷技術という「プラットフォーム」の変化から始まったのです。

今、私たちは同じような転換点にいます。デジタル時代の「広場」をどう設計するか——この問いへの答えは、これからの世代の民主主義のあり方を形作るでしょう。

2022年10月27日に手渡された「鍵」は、一人の人物の手にありました。しかし、未来の「広場」の鍵を誰が持つかは、まだ決まっていません。 それは、プロトコルという形で、私たち全員が共有できるかもしれないのです。

私たちが選ぶ未来

技術は、私たちの選択を反映します。集中型のプラットフォームが支配的なのは、それが唯一の選択肢だからではありません。それが、これまで私たちの多くが選んできた道だからです。

しかし、選択は変えられます。

あなたは、どんな「広場」で対話したいですか? 誰の価値観で設計された空間で、声を上げたいですか? あなたのデータ、あなたのアイデンティティ、あなたのつながりは、誰のものであるべきですか?

これらの問いに、唯一の正解はありません。大切なのは、私たち一人ひとりが意識的に考え、選択し、行動することです。

「広場」の未来は、私たち自身の手の中にあります。 そして、その未来を創るのは、今日から始まる小さな選択の積み重ねなのです。


【Information】

用語解説

アルゴリズム(Algorithm) コンピュータが特定のタスクを実行するための手順や計算方法。SNSにおいては、どのコンテンツをどの順番で表示するかを決定するプログラムを指します。

レコメンデーション(Recommendation) ユーザーの過去の行動や好みに基づいて、関心を持ちそうなコンテンツを提案すること。機械学習により、個人に最適化されます。

モデレーション(Moderation) プラットフォーム上のコンテンツを監視し、規約に違反する投稿を削除または制限すること。人間のモデレーターとアルゴリズムの両方が使われます。

ActivityPub W3Cによって標準化された、分散型ソーシャルネットワークのためのオープンプロトコル。異なるプラットフォーム間でのメッセージのやり取りを可能にします。

AT Protocol(Authenticated Transfer Protocol) Blueskyが開発した、アカウントの完全な可搬性を実現する新しいプロトコル。ユーザーが自分のデータを完全にコントロールできます。

フェディバース(Fediverse) ActivityPubなどのオープンプロトコルを使用する、相互接続された分散型ソーシャルネットワークの総称。「Federation(連邦)」と「Universe(宇宙)」を組み合わせた造語。

ネットワーク効果(Network Effect) サービスの価値が、利用者の数に比例して増大する現象。SNSでは、友人や著名人が多いプラットフォームほど価値が高くなります。

ロックイン(Lock-in) ユーザーが特定のサービスから離れにくくなる状態。データの移行が困難、代替サービスがない、学習コストが高いなどの理由で発生します。

ゲートキーパー(Gatekeeper) 情報の流れをコントロールする役割。従来はメディアの編集者が担っていましたが、現代ではアルゴリズムがこの役割を果たしています。

プロトコル(Protocol) コンピュータ同士が通信するための共通の規約。HTTPはウェブページの配信、SMTPはメールの送信のためのプロトコルです。SNSにおいても、オープンなプロトコルが重要性を増しています。

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、あなたと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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