Amazonがパレスチナ人エンジニア解雇—Project Nimbus巡りテック業界に波紋

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Amazonは10月13日、イスラエル政府との契約に抗議したパレスチナ人エンジニアAhmed Shahrourを解雇した。Shahrourはシアトルのホールフーズ事業部で働いており、9月に社内Slackへの投稿が原因で停職処分を受けていた。

Amazonは調査の結果、行動規範や書面コミュニケーションポリシー違反があったとし、イスラエル・パレスチナ紛争に関する業務外メッセージの投稿で会社リソースを不正使用したと主張した。

Shahrourは、AmazonとGoogleがイスラエル政府・軍にAIツールやインフラを提供する12億ドルのProject Nimbus契約の破棄を求めていた。同日、ハマスはイスラエル人人質7人を解放し、トランプ大統領が仲介した停戦合意の第一段階が実施された。Microsoft、Googleも同様の抗議活動で従業員を解雇しており、テクノロジー業界全体でイスラエル軍とのビジネス取引への批判が高まっている。

From: 文献リンクAmazon fires Ahmed Shahrour for protesting company’s work with Israel

【編集部解説】

今回のAhmed Shahrour解雇は、テクノロジー企業が直面する倫理的ジレンマの象徴的な事例として、業界全体に波紋を広げています。この問題の核心にあるのは、2021年に締結されたProject Nimbusという12億ドル規模の契約です。

Project Nimbusは、AmazonとGoogleがイスラエル政府および軍に対して、クラウドコンピューティングインフラ、AI、機械学習技術を提供する7年間の契約です。イスラエル財務省は契約発表時、これを「政府、防衛機関、その他に包括的なクラウドソリューションを提供する」と説明しました。しかし、契約の具体的な内容や技術の用途については、両社とも詳細を明かしていません。

特筆すべきは、この契約の構造そのものに問題が内包されている点です。The Interceptが入手した内部文書によれば、Googleは契約締結前から、この技術がヨルダン川西岸地区を含むパレスチナ人の人権侵害に使われる可能性を認識していました。さらに、契約には「ボイコット圧力があってもサービスを継続する」という条項が含まれており、従業員の抗議活動があっても契約を打ち切ることができない仕組みになっています。

もう一つの重大な問題は、Googleが標準の利用規約ではなく、イスラエル政府との間で特別に調整された「修正版利用規約」を適用している点です。この修正版の内容は公開されておらず、Googleの通常のAI倫理原則や人権保護規定がどこまで適用されるのか不透明です。つまり、企業は自らの倫理基準を迂回する契約構造を構築したと言えます。

2023年10月7日のハマスによる攻撃とそれに続くガザでの戦闘により、この問題はさらに先鋭化しました。ガザ保健省によれば、イスラエルの攻撃で67,000人以上のパレスチナ人が死亡しており、その多くが民間人です。このような状況下で、自社の技術が軍事作戦に使われている可能性に対し、テクノロジー企業の従業員たちは沈黙を保てなくなっています。

Shahrourのケースは孤立した事例ではありません。Googleは2024年4月に28人の従業員を、Microsoftは2025年8月に複数の従業員を、同様の抗議活動を理由に解雇しています。注目すべきは、これらの企業が従業員を解雇する際の理由づけです。Amazonは「会社リソースの不正使用」や「行動規範違反」を挙げていますが、これは本質的には、従業員が自社の倫理的問題について内部で声を上げたことを処罰しているに等しいのです。

この状況は、テクノロジー企業における「言論の自由」の限界を浮き彫りにしています。米国では、民間企業の従業員には憲法修正第1条の言論の自由は適用されません。ただし、全米労働関係法(NLRA)は、労働条件に関する従業員の「協調的活動」を保護しています。しかし、パレスチナ問題のような地政学的問題が「労働条件」に該当するかは法的に曖昧です。

興味深いのは、これらのテクノロジー企業が過去には従業員の声に耳を傾けてきた実績がある点です。2018年、Googleは従業員の大規模な抗議を受けて、国防総省のProject Maven契約を更新しないことを決定しました。この時の成功体験が、現在の従業員活動の原動力となっています。しかし今回、企業側の対応は明らかに硬化しています。

この背景には、クラウド市場における激しい競争があります。Amazon Web Services、Microsoft Azure、Google Cloudは、政府契約を成長戦略の柱としています。Project Nimbusは金額的には小さくても、軍事・防衛分野への参入という戦略的意義を持っています。Googleにとって、この契約は巨大なクラウド市場でAmazonやMicrosoftに対抗するための重要な足がかりなのです。

しかし、この問題は単なるビジネス判断では済まされません。AI技術の軍事利用は、顔認識、物体追跡、感情分析など、監視や標的選定に直結する能力を含んでいます。実際、Associated Pressの調査によれば、イスラエル軍はAIモデルを使用してガザでの爆撃標的を選定していたことが明らかになっています。

これは「Tech for Human Evolution」という理念に照らして考えるべき重大な問題です。技術は人類の進化を促進する力を持ちますが、同時に破壊的な目的にも使われ得ます。テクノロジー企業は、自社の技術がどのように使われるかに対して責任を持つべきです。しかし現状では、企業は利益を優先し、技術の使途に対する監視能力を意図的に放棄しているように見えます。

今回の解雇劇は、テクノロジー業界における構造的な問題を露呈しました。従業員は自社製品の倫理的影響について声を上げる権利を持つべきですが、現実には報復のリスクに直面します。企業は透明性と説明責任を謳いながら、重要な契約の詳細を秘匿しています。そして最も重要なのは、最先端技術が戦争や監視に使われる可能性について、社会全体での議論が不足している点です。

【用語解説】

Project Nimbus(プロジェクト・ニンバス)
2021年にAmazonとGoogleがイスラエル政府と締結した12億ドル規模のクラウドコンピューティング契約。イスラエル政府機関および軍に対して、クラウドインフラ、AI、機械学習技術を7年間提供する。契約には「ボイコット圧力があってもサービスを継続する」という条項が含まれており、従業員の抗議があっても契約を打ち切れない構造になっている。

Slack(スラック)
ビジネス向けのコミュニケーションプラットフォーム。チャンネルベースのメッセージング機能を持ち、企業内の情報共有やコラボレーションに広く使われている。今回の事案では、Shahrourがこのプラットフォームを通じて社内で抗議メッセージを発信した。

No Tech for Apartheid(ノー・テック・フォー・アパルトヘイト)
GoogleとAmazonの従業員が中心となって組織した活動グループ。Project Nimbusの中止を求めて2021年から抗議活動を展開している。Google従業員200人以上が積極的に関与し、座り込みやデモ、請願書の提出などを行っている。

全米労働関係法(NLRA: National Labor Relations Act)
1935年に制定された米国の連邦法。従業員の団結権、団体交渉権を保護し、労働条件に関する「協調的活動」を企業による報復から守る。ただし、地政学的問題に関する抗議活動が保護対象となるかは法的に曖昧である。

at-will employment(随意雇用)
米国で一般的な雇用形態。雇用主は人種、宗教、性別などの違法な理由を除き、いつでも理由を問わず従業員を解雇できる。逆に従業員もいつでも退職できる。この制度により、企業は従業員の政治的発言を理由とした解雇が比較的容易である。

修正版利用規約(Adjusted Terms of Service)
Googleがイスラエル政府との契約のために特別に作成した利用規約。通常の利用規約とは異なり、その内容は機密扱いで公開されていない。これにより、Googleの標準的なAI倫理原則や人権保護規定がどこまで適用されるかが不透明となっている。

【参考リンク】

Amazon Web Services (AWS)(外部)
Amazonが提供するクラウドコンピューティングサービス。Project Nimbusでイスラエル政府にインフラを提供

Google Cloud Platform(外部)
Googleが提供するクラウドサービス。AmazonとともにProject Nimbusを共同実施している

Whole Foods Market(外部)
Amazonが所有するオーガニック食品スーパー。解雇されたShahrourの所属部門

National Labor Relations Board (NLRB)(外部)
米国連邦政府機関。労働者の団結権や団体交渉権を保護し、不当労働行為を監督する

No Tech for Apartheid(外部)
GoogleとAmazonの従業員による抗議運動の公式サイト。活動の詳細や情報を掲載

【参考記事】

Project Nimbus – Wikipedia(外部)
契約の概要、12億ドル規模、従業員抗議の経緯を包括的に解説した記事

Documents Contradict Google’s Claims About Project Nimbus(外部)
Google標準利用規約でなく修正版を適用と暴露。契約の透明性欠如を指摘

Google Worried It Couldn’t Control How Israel Uses Project Nimbus(外部)
内部文書により契約前から人権侵害リスクを認識。監視できない構造的問題

Project Nimbus Contract Ties Google, Amazon to Israel Arms Firms(外部)
イスラエル兵器メーカーとの繋がりを報道。軍事用途否定の主張に疑問を提示

Exclusive: Google Workers Revolt Over $1.2 Billion Israel Contract(外部)
Google従業員200人以上が抗議運動に関与。Eddie Hatfield解雇事例を詳述

What is Project Nimbus and Why Are Google Workers Protesting?(外部)
背景と従業員抗議理由を平易に解説。2024年4月の28人解雇の経緯を報道

Microsoft Workers Protest Supplying AI Technology to Israeli Military(外部)
Microsoft従業員の同様抗議活動。Unit 8200のAzure使用監視疑惑を掲載

【編集部後記】

私たちが日常的に使うクラウドサービスやAI技術が、どこでどのように使われているか、考えたことはあるでしょうか。今回の事案は、テクノロジー企業で働く人々が、自分たちの作る技術の行く末に真剣に向き合っている姿を映し出しています。便利さや効率性の裏側で、技術がどんな影響を及ぼしているのか。そして、声を上げることのリスクと意義について。これは遠い国の出来事ではなく、私たち全員が関わるテクノロジーの未来を問う問題です。皆さんは、この状況をどう捉えますか。

投稿者アバター
Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、あなたと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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