トランプ大統領、抗議者に対する不適切なAI動画を公開 700万人参加の「No Kings」運動に反発

[更新]2025年10月22日13:30

 - innovaTopia - (イノベトピア)

ドナルド・トランプは土曜日の夜、「King Trump」と書かれた戦闘機を操縦し、抗議者に茶色い汚泥を投下する自身を描いたAI生成動画をTruth Socialに再投稿した。

これは同日に全米50州で開催された「No Kings」抗議運動への反論と見られる。19秒の動画にはタイムズスクエアと思われる場所が映され、ケニー・ロギンスの楽曲「Danger Zone」が使用されていた。月曜日、ロギンスは使用許可を出していないとして削除を要求する声明を発表した。

トランプは10月初旬にもチャック・シューマーやハキーム・ジェフリーズを描いたディープフェイク動画を投稿しており、JD・ヴァンス副大統領は「面白い」と擁護した。金曜日には上院共和党がシューマーのディープフェイク攻撃広告を投稿している。

トランプは日曜日、記者団に対し「私は王ではない」と述べ、抗議運動を「冗談だ」「非常に小規模で効果がなかった」と評した。

From: 文献リンクDonald Trump reposted an AI-generated video of him flying a fighter plane emblazoned with the words “King Trump” and dumping brown sludge on to protesters

【編集部解説】

2025年10月18日、全米50州で開催された「No Kings」抗議デモは、米国史上最大規模の単日抗議運動となりました。主催者の発表によれば約700万人が参加し、独立系データジャーナリストの推計でも440万〜610万人が集まったとされています。これは米国総人口の約2%に相当する規模で、6月に開催された第1回「No Kings」デモから200万人増加した計算です。

この大規模な抗議運動に対し、トランプ大統領は同日夜、AI生成動画をTruth Socialに投稿して応答しました。動画では王冠を被ったトランプが「King Trump」と書かれた戦闘機を操縦し、抗議者たちに茶色い汚泥を投下する様子が描かれています。この19秒の動画には、映画「トップガン」で使用されたケニー・ロギンスの楽曲「Danger Zone」が無断で使用されていました。

ロギンスは月曜日に声明を発表し、「誰も私の許可を求めなかった。求められていたら拒否していただろう」として、動画からの削除を要求しました。彼は「私たちを分断することだけを目的として作られたものに、なぜ誰かが自分の音楽を使用されることを望むのか想像できない」と述べ、音楽が政治的対立の道具として利用されることへの懸念を表明しています。

この動画投稿は、トランプ政権が採用している「ミーム戦争(Memetic Warfare)」と呼ばれる戦略的コミュニケーション手法の一環です。2015年ごろから存在するこの概念は、インターネット上のミーム(画像や動画、文章などの文化的コンテンツ)を政治的・社会的な目的で利用し、世論操作や情報拡散を意図して行われる活動のことです。近年では、AI生成画像や動画によって安易にミームを作成できるようになり、支持者を動員しながら反対者を嘲笑する現代的な情報戦争が加速しています。

トランプ陣営は2024年の大統領選挙キャンペーン中からAI生成コンテンツを積極的に活用してきました。テイラー・スウィフトが自身を支持しているかのような偽画像を投稿したり、民主党議員をソンブレロ姿で描いた人種差別的なディープフェイク動画を共有したりと、その使用は物議を醸してきました。今回の動画も、10月初旬に投稿されたチャック・シューマー上院議員やハキーム・ジェフリーズ下院議員を揶揄するディープフェイク動画に続くものです。

共和党内部では、マイク・ジョンソン下院議長が「風刺」として擁護し、JD・ヴァンス副大統領も「面白い」とコメントするなど、こうしたAI動画の使用を正当化する動きが見られます。一方で、民主党や市民社会からは「大統領職の品位を貶める行為」として強い批判が寄せられています。

注目すべきは、トランプ自身が抗議運動の前後で「私は王ではない」と繰り返し主張しながら、王冠を被った自身の姿を描いたAI動画を投稿している矛盾です。この矛盾は、ミーム戦争の特徴である「何も真剣に受け止めない態度」を体現しています。カート・センギュル研究員によれば、この戦略では「怒る人は冗談が通じない」というフレーミングによって、批判そのものを無効化しようとする意図があります。

技術的な観点から見ると、生成AIツールの民主化が政治コミュニケーションの様相を根本的に変えつつあります。かつては専門的なスキルが必要だったディープフェイク動画の制作が、今では誰でも簡単に行えるようになりました。2024年の選挙サイクルでは、AI生成コンテンツによる大規模な混乱は避けられましたが、専門家は技術の進歩とともに2026年や2028年の選挙ではより深刻な影響が出る可能性を警告しています。

著作権の観点からも重要な問題が浮上しています。ロギンスの削除要求は、ザ・ホワイト・ストライプス、セリーヌ・ディオン、ABBAなど、トランプ陣営による無断使用に抗議してきた多くのアーティストに続くものです。政治キャンペーンにおける著作物の使用は、フェアユースの範囲を巡る法的グレーゾーンですが、今回のような挑発的な文脈での使用は、アーティストの意図と大きく乖離する可能性があります。

より広い文脈で見ると、この事案は民主主義社会における言論の自由と品位のバランスという根本的な問題を提起しています。大統領という立場にある人物が、憲法で保障された抗議活動を行う市民を汚泥で攻撃する様子を描いた動画を公開することの是非について、米国社会は深刻な分断を抱えています。

抗議運動の参加者たちは「1776年以来、王はいらない」というスローガンを掲げ、米国建国の理念である共和制の原則を訴えました。一方、トランプ陣営はこうした抗議を「反米集会」と位置づけ、参加者を「過激派」として描こうとしています。この対立は、事実認識そのものが分断されている現代米国の姿を象徴的に示しています。

今後、AI技術の進歩により、さらに精巧で検出困難なディープフェイクが登場することは確実です。それに伴い、何が真実で何が虚構なのかを見極めることがますます困難になるでしょう。この「現実の構造的な不確実性」は、民主主義の基盤である共有された事実認識を侵食する可能性があります。

【用語解説】

ミーム戦争(Memetic Warfare)
ソーシャルメディア上でミーム(画像や動画を使ったユーモアコンテンツ)を戦略的に拡散させることで、世論形成や政治的影響力を行使する現代的な情報戦争の手法。NATOの戦略コミュニケーションセンターが正式に研究対象としている概念である。

No Kings運動
トランプ政権の権威主義的な政策に反対する米国の市民運動。2025年6月14日のトランプ誕生日に第1回が開催され、10月18日の第2回では全米50州で約700万人が参加した。「1776年以来、王はいらない」というスローガンで、米国建国の共和制理念を訴えている。

【参考リンク】

Truth Social(外部)
トランプが2022年に立ち上げたソーシャルメディアプラットフォーム。主流SNSからの追放後に設立され、今回の動画もここで最初に投稿された。

Indivisible(外部)
No Kings運動を主催する進歩派市民団体。草の根レベルでの政治参加を促進し、全米規模の抗議活動を組織している。

American Civil Liberties Union (ACLU)(外部)
米国自由人権協会。No Kings運動の共催組織として参加し、憲法上の権利保護と市民的自由の擁護を目的とする非営利団体。

NATO Strategic Communications Centre of Excellence(外部)
NATOの戦略コミュニケーション研究機関。ミーム戦争を情報戦の重要概念として研究し、対抗策を開発している。

【参考動画】

引用元:https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/115398251623299921

【参考記事】

No Kings protests (October 2025) – Wikipedia(外部)
2025年10月18日の抗議運動の詳細。主催者発表で約700万人が参加した米国史上最大規模の単日抗議運動の記録。

Trump posts AI video showing him dumping on No Kings protesters(外部)
トランプが投稿した19秒のAI動画とケニー・ロギンスによる削除要求を詳報。

Second “No Kings Day” protests the largest single-day political protest ever(外部)
データジャーナリストによる参加者数の独立推計。中央値500万人、上限650万人と算出。

Online humour meets AI: How the Trump administration engages in ‘memetic warfare’(外部)
トランプ政権のミーム戦争戦略をKurt Sengul研究員の分析を基に解説する記事。

Trump posts fake video dumping brown substance on rally(外部)
トランプの「私は王ではない」発言と王冠姿のAI動画投稿の矛盾を指摘する報道。

Trump and MAGA embrace AI deepfake videos that blur fact and fiction(外部)
トランプ政権によるAI動画の常態化とディープフェイクへの社会的感覚の変化を分析。

‘No Kings’ Protests Draw Millions Across U.S.(外部)
バーニー・サンダース、ビル・ナイら著名人が参加した抗議運動の現場レポート。

【編集部後記】

AI技術が政治コミュニケーションの様相を変えつつある今、私たちは重要な岐路に立っています。ユーモアや風刺として受け入れるべきか、民主主義への脅威として警戒すべきか。その境界線をどこに引くべきでしょうか。より本質的な問いは、AIが生成する無数のコンテンツに囲まれた世界で、私たちはどのようにして真実を見極め、共有された現実認識を保つことができるのかということです。技術の進化は止められませんが、その使い方を決めるのは私たち自身です。みなさんはこの変化をどう捉えますか?

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Satsuki
テクノロジーと民主主義、自由、人権の交差点で記事を執筆しています。 データドリブンな分析が信条。具体的な数字と事実で、技術の影響を可視化します。 しかし、データだけでは語りません。技術開発者の倫理的ジレンマ、被害者の痛み、政策決定者の責任——それぞれの立場への想像力を持ちながら、常に「人間の尊厳」を軸に据えて執筆しています。 日々勉強中です。謙虚に学び続けながら、あなたと一緒に、テクノロジーと人間の共進化の道を探っていきたいと思います。

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