ウィキメディア財団のマーシャル・ミラー氏は2025年10月17日、ブログ投稿で、Wikipediaの人間によるページビューが過去数か月間で2024年の同時期と比較して8%減少したと発表した。
この減少は、GoogleやBingなどの検索エンジンにおけるAI生成要約の普及と、ソーシャルメディア動画プラットフォームの人気拡大が原因であるとミラー氏は指摘している。検索エンジンはWikipediaのコンテンツに基づいて検索者に直接回答を提供するようになっており、ユーザーがリンクをクリックする可能性が低下している。また、今年5月と6月の異常に高いトラフィックの多くが、検出を回避するために構築された高度なボットによるものであることも判明した。
Pew Researchが900人の米国成人の閲覧データを調査した結果、AI生成要約が表示された場合、ユーザーがリンクをクリックする可能性が低くなることが明らかになった。
From: Wikipedia says it’s losing traffic due to AI summaries, social media videos
【編集部解説】
このニュースは、インターネットの知識インフラを支えてきたWikipediaが、生成AIの台頭によって存続の危機に直面している現実を浮き彫りにしています。検索エンジンがWikipediaのコンテンツを学習し、ユーザーに直接回答を提供することで、本家のサイトへの訪問が不要になるという皮肉な状況が生まれています。
この問題の本質は、AIが「知識を消費するだけで、貢献しない」という一方通行の関係にあります。Wikipediaは世界中のボランティア編集者と個人寄付者によって支えられており、訪問者数の減少は編集者の減少と資金難に直結します。Pew Researchの調査では、AI要約が表示されると従来の検索結果に比べてクリック率が大幅に低下することが実証されており、この傾向は今後さらに加速する可能性があります。
特に注目すべきは、若年層がソーシャル動画プラットフォームへ情報源をシフトしている点です。TikTokやInstagram Reelsなどの短尺動画は、テキストベースの百科事典とは全く異なる情報消費体験を提供しており、世代間で情報アクセスの様式が根本的に変化しつつあります。
また、検出回避型ボットの高度化も深刻な課題です。2025年5月と6月の異常なトラフィックスパイクがボットによるものだったという事実は、AIトレーニング目的のスクレイピングが常態化していることを示唆しています。
この状況は、デジタルコモンズ(共有財産)の持続可能性という重要な問いを投げかけています。無料でアクセス可能な知識基盤を維持するには、それを利用する企業やプラットフォームが何らかの形で貢献する仕組みが必要です。ウィキメディア財団が求める「訪問者の促進」は、単なる要望ではなく、オープンな知識エコシステムを守るための切実な訴えといえるでしょう。
CNETの親会社Ziff DavisがOpenAIを著作権侵害で提訴している事実も、この問題が出版業界全体に広がる構造的課題であることを物語っています。AI時代における知的財産の扱いと、コンテンツ制作者への公正な還元モデルの確立が、今後の大きな論点となっていきます。
【用語解説】
ウェブクローラー(Web Crawler)
インターネット上のウェブページを自動的に巡回し、情報を収集するプログラム。検索エンジンのインデックス作成やAIの学習データ収集に使用されるが、近年は検出を回避する高度なボットも増加している。
LLM(Large Language Model / 大規模言語モデル)
膨大なテキストデータで訓練された大規模な言語処理AIモデル。文脈を理解し、人間のような自然な文章を生成できる。GPT-4やClaude、Geminiなどが該当する。
Pew Research
米国の非営利調査機関。世論調査、人口統計学的研究、メディア分析などを行い、客観的なデータに基づく社会動向の調査結果を発表している。
デジタルコモンズ(Digital Commons)
インターネット上で共有される知識や情報資源を指す概念。Wikipediaはその代表例であり、誰もが自由にアクセスでき、集合知によって維持される公共財としての性質を持つ。
【参考リンク】
Wikipedia(ウィキペディア)(外部)
世界最大のオンライン百科事典。ボランティア編集者による集合知で構築され、300以上の言語で6000万以上の記事を無料提供している。
Wikimedia Foundation(ウィキメディア財団)(外部)
Wikipediaをはじめとするウィキメディアプロジェクト群を運営する非営利組織。個人寄付とボランティアによって支えられている。
Pew Research Center(外部)
米国の非党派的な調査研究機関。社会問題、世論、人口動態、メディア利用などに関する客観的なデータ分析を提供している。
Google Search(外部)
世界最大の検索エンジン。2024年からAI Overviews機能を導入し、検索結果の上部に生成AIによる要約を表示するようになった。
CNET(外部)
テクノロジーニュースとレビューを提供する大手メディア。Ziff Davis傘下にあり、2025年4月に親会社がOpenAIを提訴している。
【参考記事】
New user trends on Wikipedia (Wikimedia Diff Blog)(外部)
ウィキメディア財団の公式ブログ記事。5月と6月の異常なトラフィックスパイクが検出回避型ボットによるものであったことなど詳細なデータを提供。
People click links less frequently when AI summary appears on Google search, Pew study shows(外部)
Pew Research調査結果。900人の米国成人の閲覧データを分析し、AI要約表示時のクリック率低下を実証した研究。
【編集部後記】
私たちが日常的に検索エンジンを使うとき、AI要約で満足してしまい、元のサイトを訪れなくなっていることに気づいていますか?この便利さの裏側で、情報を提供してくれている人たちへの貢献が途絶えているかもしれません。
Wikipediaのような集合知のプラットフォームは、ボランティアと寄付で成り立っています。私たちが情報だけを消費し続けると、いずれその源泉が枯渇してしまうのではないでしょうか。AIと人間の知識がどう共存していくべきか、一緒に考えていきませんか。