インドの国連常駐代表P・ハリシュ氏は、国連安全保障理事会の小型武器に関する公開討論で演説し、パキスタンが国境を越えてテロリストに武器を供与している問題について安保理の注意を喚起した。
ハリシュ氏は、インドがドローンを含む違法な武器密輸による越境テロリズムの被害を受けていると指摘し、こうした武器の量と精巧さの増加は、テロ組織が外部からの支援や資金提供なしには存続できないことを示していると述べた。
ハリシュ氏は国名を明示しなかったものの、パキスタンを指していることは明白であり、安保理に対してテロリズムとそのスポンサーに対するゼロ・トレランスの姿勢を堅持するよう求めた。
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India draws UNSC attention to Pakistan arming terrorists using drones, demands zero-tolerance
【編集部解説】
今回のインド国連常駐代表による発言は、単なる二国間の対立を超えた、現代のテロリズムとテクノロジーの融合がもたらす新しい脅威を国際社会に提起する重要な声明です。
インドとパキスタンの間では、2025年5月にドローンを主戦力とする大規模な武力衝突が発生しました。この「Operation Sindoor」では、インドが4月のパハルガム・テロ攻撃(26名の民間人が犠牲)への報復として、パキスタン内のテロ組織インフラを攻撃。これに対しパキスタンは300〜400機のドローンを36箇所に展開したとされています。この衝突は「核保有国間初のドローン戦争」と呼ばれ、新しい戦争形態の到来を示しました。
今回の国連安保理での発言は、こうした背景を踏まえて行われました。特に注目すべきは、ハリシュ代表が指摘した「武器の量と精巧さの増加」という点です。テロ組織が高度な武器を保有している事実は、国家レベルの支援なしには不可能であり、これは国家によるテロ支援の証左となります。
さらに、グテーレス国連事務総長は同じ会議で、3Dプリント技術によるテロリストの武器製造という新たな脅威について警告しました。デジタル設計図の共有により、世界中どこでも武器が製造可能になるという、規制が極めて困難な問題が浮上しています。
ハリシュ代表はまた、世界中に推定10億丁の小型武器が流通しており、そのうち8億5000万丁が民間人の手にあると指摘しました。小型武器取引は「最も透明性の低い武器システムの一つ」とされ、テロ組織への流入を防ぐことが喫緊の課題となっています。
この問題が示唆するのは、ドローン技術の民主化がもたらす安全保障上のパラダイムシフトです。かつては国家の専有物だった空中攻撃能力が、今や非国家主体でも容易に入手できる時代となりました。インドは実際に、パンジャブ州やカシミール地方でパキスタンから飛来するドローンによる武器や麻薬の投下を繰り返し確認しています。
インドは対抗策としてS-400防空システムやIDDISカウンタードローンシステムを配備し、米国からMQ-9B Predatorドローン31機(40億ドル)を調達するなど、急速にドローン防衛体制を強化しています。しかし、小型ドローンの飽和攻撃に対する防御は技術的にも経済的にも困難であり、攻撃側が有利な状況が続いています。
この問題は南アジアに限定されません。ウクライナ戦争でドローンが戦場の主力となったように、世界中で同様の脅威が拡大する可能性があります。国際社会が今、求められているのは、ドローン技術の拡散を規制する国際的な枠組みと、テロ支援国家に対する実効的な制裁メカニズムの構築です。
インドの今回の提起は、テクノロジーの進化が安全保障環境をいかに急速に変化させているかを示す象徴的な事例といえるでしょう。
【用語解説】
ゼロ・トレランス(Zero-tolerance)
「不寛容」を意味し、特定の行為に対して一切の妥協や例外を認めない厳格な姿勢を指す。テロリズムの文脈では、テロ行為やその支援に対して例外なく厳しい対処を求める方針である。
国連安全保障理事会(UNSC)
国際連合の主要機関の一つで、国際平和と安全の維持に主要な責任を持つ。常任理事国5カ国(米国、ロシア、中国、英国、フランス)と非常任理事国10カ国で構成される。
小型武器(Small Arms and Light Weapons)
個人が携帯・使用できる軍用武器の総称。拳銃、小銃、機関銃、携帯型ロケットランチャーなどが含まれる。世界中に推定8億5000万丁が流通している。
3Dプリント武器
3Dプリンター技術を用いて製造される銃器や武器部品。デジタル設計図があれば誰でも製造可能なため、規制が困難な新たな脅威として認識されている。
Operation Sindoor
2025年5月7日にインドが実施した対パキスタン軍事作戦。パハルガム・テロ攻撃への報復として、パキスタン内のテロ組織インフラを標的としたミサイル攻撃を行った。
P・ハリシュ(Parvathaneni Harish)
インドの国連常駐代表。1990年にインド外務省に入省し、ドイツ大使、ベトナム大使などを歴任。2024年9月1日から現職。機械工学の金メダリストという異色の経歴を持つ外交官である。
【参考リンク】
インド国連政府代表部(外部)
ニューヨークに所在するインドの国連常駐代表部の公式サイト。
国連安全保障理事会(外部)
国連安保理の公式サイト。会議のスケジュールや決議を公開している。
国連軍縮部(外部)
国連の軍縮に関する取り組みを統括する部門の公式サイト。
【参考記事】
The Use of Drones Marks a New Phase in India-Pakistan Hostilities(外部)
2025年5月のインド・パキスタン間のドローン紛争を詳細に分析。
Military Lessons from Operation Sindoor(外部)
カーネギー財団によるOperation Sindoorの軍事的教訓の分析。
2025 India–Pakistan conflict(外部)
2025年5月の紛争に関する包括的な情報をまとめた記事。
India draws UNSC attention to Pakistan arming terrorists using drones(外部)
今回の安保理発言とグテーレス事務総長の警告を報じた記事。
Have India and Pakistan started a drone war?(外部)
アルジャジーラによる2025年5月のドローン攻撃の詳細報道。
【編集部後記】
ドローン技術の進化が、国家間の紛争やテロリズムの様相を根本から変えつつあります。かつては軍事大国の専有物だった空中攻撃能力が、今や比較的安価に入手可能となり、非国家主体でさえ数百機規模のドローン攻撃を仕掛けられる時代が到来しました。
南アジアで起きているこの変化は、決して遠い国の出来事ではありません。技術の民主化は、それを悪用する者にも等しく機会を与えてしまいます。3Dプリント技術による武器製造、ドローンを使った越境攻撃、AIによる自律兵器システム——これらの技術革新は、私たちの安全保障環境をどう変えていくのでしょうか。
innovaTopia編集部としては、こうしたテクノロジーの光と影の両面を、読者のみなさんと一緒に考え続けていきたいと思います。技術は中立ですが、その使われ方は人間が決めるものです。みなさんは、このドローン時代の安全保障について、どのようにお考えでしょうか。

























