米国地方裁判所のEumi K. Lee判事は11月24日、OpenAIに対してAI動画生成アプリSoraで「Cameo」という名称の使用を一時的に禁止する差止命令を出した。命令は「cameo」のほか「Kameo」や「CameoVideo」といった類似表現も対象とし、12月22日まで有効である。
セレブリティのパーソナライズ動画を販売するプラットフォームCameoが10月にOpenAIを商標侵害で提訴したことを受けた措置だ。OpenAIのSoraは、ユーザーが自分や他者のキャラクターを生成して動画に挿入できる機能を「Cameo」と名付けていた。
Cameo CEOのSteven Galanisは声明で裁判所の決定を歓迎し、恒久的な使用停止を求めた。一方、OpenAIは「cameoという言葉に独占的所有権を主張できるとは考えない」と反論している。恒久的差止の可否を判断する審問は12月19日に予定されている。
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OpenAI temporarily blocked from using ‘Cameo’ after trademark lawsuit – CNBC
【編集部解説】
今回の差止命令は、AI企業と既存サービス企業の商標権を巡る重要な衝突を示しています。この問題の核心は「消費者混乱の可能性」という商標法の基本原則にあります。
Cameoは2017年に設立され、セレブリティが有料でパーソナライズ動画メッセージを提供するプラットフォームとして成長してきました。同社は2017年5月に商標登録を申請し、2020年7月に正式に登録されています。パンデミック期間中には急成長を遂げ、一時はユニコーン企業の地位を獲得しました。現在は従業員約60名規模のシカゴ拠点企業です。
一方のOpenAIは、2025年9月30日にSora 2という次世代AI動画生成モデルを発表しました。その目玉機能として「Cameo」という名称で、ユーザーが自分の似顔を動画に挿入できる機能を導入しました。この機能により、ユーザーは一度だけ自分の動画と音声を録画すれば、AI生成されたあらゆるシーンに自分を登場させることができます。
裁判所の判断は明確でした。Eumi K. Lee判事は、OpenAIが連邦登録商標を侵害している可能性が高いと判断しました。判決文では「被告の唯一の反論は、差止命令がOpenAIのSoraアプリの立ち上げを妨げるというものだが、その損害は被告自身が連邦登録商標を侵害した結果である」と指摘しています。
この事案が特に注目される理由は、規模の違いにあります。Cameoは従業員60名規模の企業である一方、OpenAIは評価額5000億ドル以上という巨大企業です。まさにダビデとゴリアテの構図と言えるでしょう。
OpenAIの立場も理解できます。同社は「『cameo』という言葉に誰もが独占的所有権を主張できるとは考えない」と主張しています。確かに「cameo」は元々「名場面への短い出演」を意味する一般的な英単語です。しかし、商標法では特定の分野において登録された商標は保護されます。
今回の判決は、AI業界全体に大きな影響を与える可能性があります。生成AIは驚異的なスピードで新機能を展開できますが、商標クリアランスや知的財産権の確認には時間がかかります。この時間差が、今後のAI企業にとって戦略的リスクとなるでしょう。
12月19日の審問が極めて重要です。そこで一時的差止が恒久的なものになるか、それともOpenAIが使用を継続できるかが決まります。この判断は、AI生成コンテンツにおける商標権の扱いについて、重要な判例となる可能性が高いのです。
GoogleのVeo、MetaのVibesなど、他の大手テック企業も同様のAI動画生成機能を展開しています。今回の判決を受けて、これらの企業は自社の機能名称や商標戦略を見直す必要に迫られるかもしれません。
AI時代における商標法の適用は、まだ発展途上の段階です。消費者混乱の可能性をどう判断するか、AIが生成したコンテンツにおける責任の所在はどこにあるのか、といった問題は今後さらに議論が深まるでしょう。今回の事案は、その議論の出発点として記憶されることになるはずです。
【用語解説】
一時的差止命令(Temporary Restraining Order)
裁判所が正式な審理前に発行する短期間の命令で、特定の行為を一時的に禁止するもの。通常は数週間から1カ月程度の効力を持ち、その間に本格的な審理の準備が行われる。今回の事例では12月22日まで有効とされた。
商標侵害(Trademark Infringement)
他者の登録商標または確立された商標を無断で使用し、消費者に混乱を与える行為。米国のランハム法(Lanham Act)では、商標の所有権、商業上の無断使用、消費者混乱の可能性の3要件が必要とされる。
消費者混乱(Consumer Confusion)
商標法における中心的概念で、消費者が商品やサービスの出所、スポンサー、関連性について誤認する可能性を指す。商標侵害の判断において最も重要な要素の一つである。
Sora 2
OpenAIが2025年9月30日に発表した次世代AI動画生成モデル。テキストプロンプトから最大20秒の動画を生成でき、同期された音声、対話、効果音を含む。物理法則をより正確に再現できる点が特徴である。
Baron App, Inc.
Cameoの運営企業。シカゴに拠点を置き、2017年に設立された。複数の「Cameo」関連商標を米国特許商標庁に登録している。
【参考リンク】
OpenAI(外部)
ChatGPTやSoraなどAIモデルを開発するサンフランシスコ拠点の人工知能研究企業
Sora(外部)
OpenAIのAI動画生成アプリ。テキストや画像から短編動画を作成できる
Cameo(外部)
セレブリティによるパーソナライズ動画メッセージを購入できるプラットフォーム
米国特許商標庁(USPTO)(外部)
米国の商標登録を管理する連邦政府機関。商標検索や登録情報の確認が可能
【参考記事】
OpenAI is launching the Sora app, its own TikTok competitor(外部)
OpenAIがSora 2発表と同時にリリースしたソーシャルアプリの詳細を解説
Chicago-based Cameo gets temporary restraining order against OpenAI(外部)
シカゴ拠点のCameoの企業背景と現在の経営状況について詳述した記事
Cameo wins restraining order against OpenAI in trademark lawsuit(外部)
Lee判事の判決内容とSoraアプリでのCameo機能の使用実態を報じる
OpenAI Temporarily Blocked From Using ‘Cameo’ in Sora IP Lawsuit(外部)
Bloomberg Lawによる法的観点からの分析。11月11日の審問の詳細を報告
The Risks of Trademarks in the Artificial Intelligence Age(外部)
AI時代における商標リスク全般を解説。消費者混乱の新形態について論じる
Trademarks in the Age of AI: The Emerging Legal Battlefield(外部)
生成AI時代の商標法の課題を包括的に分析。責任の所在について詳述
The Impact of AI on Trade Mark Law and Practice(外部)
2025年の商標法におけるAIの影響を分析。消費者混乱の判断基準の変化を論考
【編集部後記】
AI技術の進化スピードと、商標法のような既存の法制度との間に生まれるギャップ——この事案はその典型例かもしれません。OpenAIのような巨大企業でさえ、こうした法的リスクに直面する時代です。みなさんがもしAIツールを使って新しいサービスや製品を開発する立場にあるなら、ネーミング一つにも慎重な検討が必要になるでしょう。一方で、「cameo」のような一般的な英単語が特定企業に独占されることへの違和感も理解できます。この裁判の行方は、AI時代における商標権のあり方を示す重要な指針となるはずです。12月19日の審問結果にも、ぜひ注目していただければと思います。
























