10月7日【今日は何の日?】バーコード特許登録の日──流通革命を起こした「縞模様」の70年史

 - innovaTopia - (イノベトピア)

1952年10月7日、後に世界の流通システムを根底から変革する発明が、米国特許商標庁に登録されました。それがバーコードです。

今日、私たちが何気なく目にしているこの「縞模様」は、人類の商取引の歴史において、貨幣の発明に匹敵するほどのインパクトをもたらしたイノベーションと言えるでしょう。本記事では、バーコードという技術がいかにして誕生し、進化し、そして私たちの社会を変えてきたのかを紐解いていきます。

バーコード登場前の世界──手作業が支配した商品管理

バーコードが存在しなかった時代、小売店や倉庫での商品管理は想像を絶する労働集約的な作業でした。

1950年代までの典型的なスーパーマーケットでは、店員が一つひとつの商品の値札を確認し、レジで価格を手入力していました。在庫管理は紙の台帳に手書きで記録され、棚卸しには膨大な時間と人手が必要でした。この方法では人為的ミスが避けられず、在庫の正確性は常に課題となっていました。

配送センターや工場でも状況は同様でした。出荷される製品一つひとつに対して、作業員が伝票を照合し、数量を確認し、記録する必要がありました。この非効率性は、サプライチェーン全体の速度を制限する大きなボトルネックとなっていたのです。

砂浜での閃き──バーコードの誕生秘話

バーコードの起源は、1948年にフィラデルフィアの食料品店チェーンの社長が発した一つの要望にさかのぼります。彼はドレクセル工科大学の学長に「レジでの会計プロセスを自動化する方法はないか」と相談しました。

この話を偶然耳にしたのが、同大学の大学院生だったバーナード・シルバーです。シルバーは同級生のノーマン・ジョセフ・ウッドランドとともに、この課題に取り組み始めます。

ウッドランドは後に、決定的なアイデアが浮かんだ瞬間を次のように振り返っています。フロリダの祖父の家を訪れていた彼は、浜辺の砂に指を這わせ、モールス信号のような線を描いていました。その時、「点と線を使えるなら、太い線と細い線でも情報を表現できるのではないか」という発想が生まれたのです。

この閃きをもとに、ウッドランドとシルバーは同心円状のパターンを持つバーコードの原型を開発しました。そして1949年10月20日に特許を申請し、1952年10月7日、「Classifying Apparatus and Method(分類装置および方法)」という名称で、米国特許第2,612,994号が正式に登録されました。

技術の成熟を待った20年──実用化への長い道のり

しかし、特許登録から実際の商用利用まで、バーコードは約20年もの歳月を要しました。

1950年代の技術では、バーコードを読み取るスキャナーは巨大で高価であり、小売店に導入できるレベルではありませんでした。初期のシステムは500ワットの電球を使用し、その熱で紙が焦げることもあったと言います。

なお、ウッドランドとシルバーが取得した最初の特許は、実用化に至らず1969年に失効しています。二人はこの特許を1952年に15,000ドル(当時のレートで約540万円)で売却しました。

転機が訪れたのは1960年代です。レーザー技術の発展により、小型で正確なスキャナーの開発が可能になりました。同時に、コンピュータの小型化と低価格化も進み、バーコードシステムの実用化に必要な技術的基盤が整い始めたのです。

1973年、米国の流通業界が統一規格として「Universal Product Code (UPC)」を採用しました。この標準化こそが、バーコードの普及に向けた最も重要なマイルストーンとなります。

そして1974年6月26日、オハイオ州トロイのマーシュスーパーマーケットで、人類史上初めてバーコードを使った商品スキャンが行われました。最初にスキャンされた商品は、リグレーのジューシーフルーツガム10パックでした。この歴史的な瞬間を記録したガムのパッケージは、現在スミソニアン博物館に保管されています。

バーコードの仕組み──白と黒が語る数字の言語

バーコードの基本原理は、驚くほどシンプルです。

一般的なUPCバーコードは、白と黒の縦線のパターンで構成されています。黒い線(バー)は光を吸収し、白い部分(スペース)は光を反射します。スキャナーはこの反射光の強弱パターンを読み取り、デジタル信号に変換します。

標準的なUPCバーコードは12桁の数字を表現しています。最初の6桁は製造業者コード、次の5桁は商品コード、そして最後の1桁はチェックデジット(誤読を検出するための検証用数字)です。

バーコードの精度を支えているのが、この「チェックデジット」の仕組みです。他の11桁から数学的に算出される値が最後の桁と一致しない場合、システムは読み取りエラーを検知します。この単純ながら効果的な仕組みにより、バーコードは99.9%以上の精度で情報を伝達できるのです。

進化するバーコード──2次元への飛躍

バーコード技術は、その後も進化を続けました。

1980年代には、製造業や物流業界のニーズに応じて「Code 39」や「Code 128」など、より多くの情報を格納できる1次元バーコードが開発されました。これらは英数字や特殊文字も表現でき、より複雑な情報管理を可能にしました。

しかし真の革命は、1994年に日本のデンソーウェーブ(当時のデンソーの開発部門)が開発した「QRコード」によってもたらされました。

QRコードは2次元のマトリックス構造を持ち、従来の1次元バーコードと比較して圧倒的に多くの情報を格納できます。標準的なUPCバーコードが12桁の数字しか持てないのに対し、QRコードは数千文字の情報を含むことができます。さらに、どの角度からでも読み取れる設計や、一部が破損しても読み取り可能なエラー訂正機能を備えています。

当初は自動車部品の製造管理用に開発されたQRコードですが、2000年代のスマートフォンの普及により、その用途は爆発的に拡大しました。決済システム、マーケティング、チケット管理、パンデミック時の接触追跡まで、現代社会の至る所でQRコードが活用されています。

バーコードがもたらした社会変革

バーコードの影響は、単なる業務効率化にとどまりません。この技術は、現代社会の構造そのものを変えたのです。

流通革命の起点

バーコードの導入により、レジでの処理時間は劇的に短縮されました。1970年代の調査では、バーコードスキャナーを使用することで、手入力と比較して会計時間が30〜40%削減されたと報告されています。これは消費者にとっての利便性向上だけでなく、小売業者の人件費削減にも直結しました。

リアルタイム在庫管理の実現

バーコードとコンピュータシステムの連携により、販売と同時に在庫が自動更新される「Point of Sale (POS)システム」が確立されました。これにより、企業は需要予測の精度を高め、過剰在庫や品切れを最小化できるようになりました。

日本のコンビニエンスストアチェーンは、このPOSデータを徹底的に分析することで、「いつ、何が、どれだけ売れるか」を予測する高度な在庫管理システムを構築しました。この「日本式コンビニモデル」は、バーコード技術を最大限に活用した成功例として世界中で研究されています。

グローバルサプライチェーンの基盤

国際的な商品流通において、バーコードは共通言語として機能しています。世界中どこでも同じ方式でスキャンできる標準化されたシステムがあることで、国境を越えた複雑なサプライチェーンが円滑に機能するようになりました。

現代の巨大物流センターでは、1日に数十万個の商品がバーコードによって自動的に仕分けされ、追跡されています。Amazonのような企業が実現する「翌日配送」も、バーコードによる精密な物流管理なしには不可能でした。

データ駆動型ビジネスの礎

バーコードが生成する膨大な販売データは、ビジネスインテリジェンスの重要な源泉となりました。企業は消費者の購買パターンを分析し、マーケティング戦略を最適化できるようになりました。この「データに基づく意思決定」という概念は、現代のデジタルビジネスの根幹をなすものです。

次世代技術との融合──バーコードの未来

70年以上の歴史を持つバーコードですが、その進化は今も続いています。

RFIDとの共存

無線で情報をやり取りする「Radio Frequency Identification (RFID)」タグは、バーコードの次世代技術として注目されてきました。RFIDは複数のタグを同時に読み取れる利点がありますが、コストの問題から、完全にバーコードを置き換えるには至っていません。現在は、両技術が用途に応じて使い分けられる「共存の時代」となっています。

スマートフォンカメラの活用

高性能なカメラを搭載したスマートフォンの普及により、専用スキャナーなしでもバーコードやQRコードを読み取れるようになりました。これにより、消費者が店頭で商品情報を即座に検索したり、価格比較をしたりすることが当たり前になりました。

見えないバーコード

最新の研究では、人間の目には見えない紫外線インクや赤外線反射パターンを使った「不可視バーコード」の開発が進んでいます。これらは製品デザインを損なうことなく、偽造防止や追加情報の埋め込みを可能にします。

AI画像認識との統合

人工知能による画像認識技術の進歩により、バーコードなしで商品を識別できる「コンピュータビジョン」システムも登場しています。しかし、現時点では認識精度やコストの面で、バーコードの信頼性と効率性には及びません。当面は、AIとバーコードが補完的に機能する形が続くと考えられます。

バーコードが示す「シンプルさの力」

バーコードの歴史を振り返ると、一つの重要な教訓が浮かび上がります。それは、複雑な問題の解決には、必ずしも複雑な技術が必要なわけではないということです。

白と黒の線という極めてシンプルな視覚パターン。その背後にある原理は中学生でも理解できるレベルです。しかし、この「単純さ」こそが、バーコードを世界中で採用可能な普遍的技術にした要因でした。

低コストで製造でき、特別な訓練なしで使用でき、故障しにくく、メンテナンスも容易。これらの特性により、バーコードは先進国だけでなく、発展途上国の小さな商店でも活用されています。

技術史の中で、これほど長期間にわたって第一線で活躍し続けているイノベーションは稀です。トランジスタからマイクロプロセッサへ、フロッピーディスクからクラウドストレージへと、多くの技術が世代交代を繰り返す中で、バーコードは基本構造を保ちながら進化を続けています。

おわりに──見過ごされたイノベーションの偉大さ

私たちは毎日、何十回もバーコードを目にしています。しかし、その背後にある歴史や、この技術が可能にした社会変革について考える機会は少ないでしょう。

1952年10月7日に登録されたあの特許から70年以上が経過した今、世界中で毎日数十億回ものバーコードスキャンが行われています。砂浜での閃きから始まったアイデアは、現代社会のインフラストラクチャーとして不可欠な存在になりました。

バーコードの物語は、イノベーションが必ずしも派手である必要はないことを教えてくれます。真に価値あるテクノロジーとは、私たちの生活に自然に溶け込み、その存在すら意識されないほど当たり前になるものなのかもしれません。

次にレジで商品をスキャンする時、あるいはQRコードを読み取る時、この小さな縞模様が秘めた大きな歴史を思い出してみてください。それは、人類の進化を支える無数の「見えないテクノロジー」の一つなのですから。

投稿者アバター
さつき
社会情勢とテクノロジーへの関心をもとに記事を書いていきます。AIとそれに関連する倫理課題について勉強中です。ギターをやっています!

読み込み中…
advertisements
読み込み中…