1952年10月7日、米国特許商標庁に一つの発明が登録されました。 それがバーコード──後に世界の流通システムを根底から変える「縞模様」です。
今日、私たちが何気なく目にするこの技術は、人類の商取引において貨幣にも匹敵する革新をもたらしました。
砂浜での閃き
物語は1948年、フィラデルフィアから始まります。食料品店チェーンの社長が、ドレクセル工科大学の学長に「レジの会計プロセスを自動化できないか」と相談しました。
この話を偶然耳にしたのが、大学院生のバーナード・シルバーです。同級生のノーマン・ジョセフ・ウッドランドとともに、彼はこの課題に取り組み始めます。
決定的な瞬間は、フロリダの浜辺で訪れました。ウッドランドは後にこう振り返っています──砂に指を這わせ、モールス信号のような線を描いていた時、「点と線を使えるなら、太い線と細い線でも情報を表現できるのではないか」という発想が浮かんだと。
1949年10月20日、二人は同心円状のパターンを持つバーコードの特許を申請。1952年10月7日、米国特許第2,612,994号として正式に登録されました。
技術の成熟を待った20年
しかし、特許登録から実用化まで約20年を要しました。
1950年代の技術では、スキャナーは巨大で高価でした。初期のシステムは500ワットの電球を使用し、その熱で紙が焦げることもあったと言います。ウッドランドとシルバーはこの特許を1952年に15,000ドルで売却し、特許は1969年に失効しています。
転機は1960年代です。レーザー技術の発展とコンピュータの小型化が、バーコードシステムの実用化を可能にしました。
1973年、米国流通業界が「Universal Product Code (UPC)」を統一規格として採用。 この標準化が、バーコード普及の決定打となります。
そして1974年6月26日、オハイオ州トロイのマーシュスーパーマーケットで、人類史上初のバーコードスキャンが実行されました。 最初にスキャンされたのは、リグレーのジューシーフルーツガム10パック。このガムのパッケージは現在、スミソニアン博物館に保管されています。
白と黒が語る言語
バーコードの仕組みは驚くほどシンプルです。
黒い線は光を吸収し、白い部分は光を反射する。スキャナーはこの反射光のパターンを読み取り、デジタル信号に変換します。
標準的なUPCバーコードは12桁の数字を表現──最初の6桁が製造業者コード、次の5桁が商品コード、最後の1桁がチェックデジット(誤読検出用)です。この単純な仕組みにより、バーコードは99.9%以上の精度で情報を伝達できます。
2次元への飛躍
1980年代には、より多くの情報を格納できる1次元バーコード(Code 39、Code 128など)が登場しました。
真の革命は1994年、日本のデンソーウェーブが開発した「QRコード」によってもたらされました。
QRコードは2次元のマトリックス構造を持ち、従来の1次元バーコードが12桁の数字しか持てないのに対し、数千文字の情報を格納できます。 どの角度からでも読み取れ、一部が破損しても機能するエラー訂正機能を備えています。
当初は自動車部品の製造管理用でしたが、2000年代のスマートフォン普及により、その用途は爆発的に拡大しました。決済、マーケティング、チケット管理、パンデミック時の接触追跡──現代社会の至る所でQRコードが活用されています。
変わった世界
バーコード以前、小売店では店員が商品の値札を一つひとつ確認し、価格を手入力していました。在庫管理は紙の台帳への手書き記録。棚卸しには膨大な時間と人手が必要でした。
バーコードの導入により、レジでの処理時間は30〜40%短縮されました(1970年代の調査)。販売と同時に在庫が自動更新される「Point of Sale (POS)システム」が確立され、企業は需要予測の精度を高め、過剰在庫や品切れを最小化できるようになりました。
日本のコンビニエンスストアチェーンは、POSデータの徹底分析により「いつ、何が、どれだけ売れるか」を予測する高度なシステムを構築。この「日本式コンビニモデル」は、バーコード技術を最大限に活用した成功例として世界中で研究されています。
国際的な商品流通において、バーコードは共通言語として機能しています。現代の巨大物流センターでは、1日に数十万個の商品がバーコードによって自動的に仕分けされ、追跡されています。 Amazonが実現する「翌日配送」も、この精密な物流管理なしには不可能でした。
進化は続く
70年以上の歴史を持つバーコードですが、その進化は止まりません。
RFID(Radio Frequency Identification)タグは複数のタグを同時に読み取れる利点がありますが、コストの問題から完全な置き換えには至っていません。現在は両技術が用途に応じて使い分けられています。
スマートフォンの高性能カメラにより、専用スキャナーなしでもバーコードやQRコードを読み取れるようになりました。消費者が店頭で商品情報を即座に検索し、価格比較する──それが当たり前の光景になっています。
最新の研究では、人間の目には見えない紫外線インクや赤外線反射パターンを使った「不可視バーコード」の開発が進んでいます。製品デザインを損なうことなく、偽造防止や追加情報の埋め込みが可能になります。
AI画像認識技術により、バーコードなしで商品を識別する「コンピュータビジョン」システムも登場していますが、現時点では認識精度やコストの面で、バーコードの信頼性と効率性には及びません。
見過ごされた偉大さ
私たちは毎日、何十回もバーコードを目にしています。 しかし、その背後にある歴史や、この技術が可能にした変革について考える機会は少ないでしょう。
白と黒の線という極めてシンプルなパターン。中学生でも理解できる原理。しかしこの「単純さ」こそが、バーコードを世界中で採用可能にしました──低コストで製造でき、特別な訓練なしで使用でき、故障しにくく、メンテナンスも容易。
砂浜での閃きから70年以上が経過した今、世界中で毎日数十億回ものバーコードスキャンが行われています。 トランジスタからマイクロプロセッサへ、フロッピーディスクからクラウドストレージへと、多くの技術が世代交代を繰り返す中で、バーコードは基本構造を保ちながら進化を続けています。
次にレジで商品をスキャンする時、あるいはQRコードを読み取る時、この小さな縞模様が秘めた歴史を思い出してみてください。
Information
参考リンク
- GS1 US – The History of the Barcode
- Smithsonian Magazine – The History of the Bar Code
- DENSO WAVE – QRコード開発ストーリー
用語解説
UPC (Universal Product Code) 米国で1973年に標準化されたバーコード規格。12桁の数字で製造業者と商品を識別する。
POS (Point of Sale) システム 販売時点で商品情報を記録し、在庫管理や売上分析を行うシステム。バーコードとの連携により実用化が進んだ。
RFID (Radio Frequency Identification) 電波を用いて非接触で情報をやり取りする技術。バーコードと異なり、複数のタグを同時に読み取れる。
QRコード 1994年に日本で開発された2次元バーコード。従来の1次元バーコードより格段に多くの情報を格納でき、エラー訂正機能を持つ。
































